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25年間で対象者が大幅に拡大された「お茶・茶会」 ──ご公務ご負担軽減を検討しなかった有識者会議? 3 [ご公務ご負担軽減]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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25年間で対象者が大幅に拡大された「お茶・茶会」
──ご公務ご負担軽減を検討しなかった有識者会議? 3
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 陛下のご公務ご負担について、分析を続けます。

 前回は、平成3年、今上陛下57歳時の「お茶・茶会」24件について、対象者によって、〈1〉認証官、〈2〉帰朝大使夫妻、〈3〉外国大使夫妻、〈4〉外国要人、〈5〉国内学術・芸術功労者、〈6〉外国ご訪問関連、〈7〉その他、に分類できることを指摘しました。

 今回は、平成27年、陛下82歳時の「お茶・茶会」です。有識者会議最終報告の参考資料では平成27年の「お茶・茶会」は57件ですが、宮内庁HP上に公表されている「ご日程」では53件です。

 何が増えているのでしょうか。

御活動の概況と推移.png


▽1 退官認証官と外国ご訪問関連以外は軒並み増える

〈1〉退官認証官 計2件(3年は4件)
 お茶(退職認証官)(御所) 2件[7月23日(木)天皇陛下。7月31日(金)天皇陛下。]

 退官認証官の「お茶」は、平成3年には4件ありましたが、2件に減りました。

 3年には宮殿で行われていましたが、27年にはお住まいの御所で行われるようになりました。2週続けての「お茶」ですが、広い部屋のある宮殿なら1度に済まされ、ご負担が軽減されるかも知れません。

〈2〉赴任・帰朝大使夫妻 計17件(3年は帰朝大使夫妻のみで、3件)
1 お茶(帰朝大使夫妻)(御所) 計10件[1月27日(火)天皇皇后両陛下(ミクロネシア兼マーシャル,ドミニカ共和国兼ハイチ,ミャンマー,ジンバブエ)。2月3日(火)天皇皇后両陛下(ペルー,スペイン,スーダン,イスラエル)。2月23日(月)天皇皇后両陛下(ウィーン国際機関日本政府代表部,モザンビーク,エジプト,ボツワナ)。7月2日(木)天皇皇后両陛下(パプアニューギニア兼ソロモン,バチカン,イタリア兼アルバニア兼サンマリノ兼マルタ,欧州連合日本政府代表部)。7月13日(月)天皇皇后両陛下(ベルギー,フィリピン,チリ,東ティモール)。8月6日(木)天皇皇后両陛下(ノルウェー兼アイスランド,リビア,コートジボワール兼トーゴ兼ニジェール,アルジェリア)。8月17日(月)天皇皇后両陛下(インドネシア,ウクライナ兼モルドバ,メキシコ,サウジアラビア)。8月19日(水)天皇皇后両陛下(タンザニア,ガボン兼サントメ・プリンシペ兼赤道ギニア,南アフリカ兼ナミビア兼スワジランド兼レソト,アンゴラ)。9月4日(金)天皇皇后両陛下(ナイジェリア,アラブ首長国連邦,カメルーン兼中央アフリカ兼チャ���鼻ぅ肇鵐♤法�9月7日(月)天皇皇后両陛下(ハンガリー,ジャマイカ兼ベリーズ兼バハマ,オーストラリア,ボスニア・ヘルツェゴビナ)。]

2 お茶(赴任大使夫妻)(御所) 計7件[8月5日(水)天皇皇后両陛下(マーシャル,ルワンダ,チュニジア,リトアニア)(チュニジア大使からは併せて前任地のイラクからの帰国報告をご聴取)。9月16日(水)天皇皇后両陛下(コロンビア,スロベニア,ルーマニア)。10月6日(火)天皇皇后両陛下(ギニア,スウェーデン,イラク)。11月13日(金)天皇皇后両陛下(ラトビア,オマーン,エクアドル)。11月20日(金)天皇皇后両陛下(インド,キューバ,ラオス)。12月7日(月)天皇皇后両陛下(ボリビア,ドイツ,エストニア,アイルランド)(ドイツ大使からは併せて前任地のインド兼ブータンからの帰国報告をご聴取)](御所)。12月11日(金)天皇皇后両陛下(在ジュネーブ国際機関日本政府代表部,ロシア,イスラエル)(御所)]

 平成3年時は帰朝大使夫妻のお茶は宮殿で行われていましたが、27年にはお住まいの御所で行われるようになりました。御所なら、宮殿まで移動する必要はありませんから、その分、ご負担は軽くなります。

 しかし、集まれる人数は限られるでしょう。3年も27年もだいたい4人の大使が対象とされ、27年8、9月にはわずか数日後に「お茶」が繰り返されています。宮殿で10人の大使を対象とすれば件数は減るはずです。

 また、27年には帰朝大使のみならず、赴任大使についても「お茶」が行われるようになりましたから、それだけご負担は倍加したことになります。

 3(1991)年当時、166か国だった国連加盟国数は、27(2015)年には193か国と、16%増えていますから、単純計算で、ご公務件数は2.33倍に増えることになります。ご負担軽減に逆行する状況がなぜ生まれたのでしょうか。

〈3〉新任外国大使夫妻 計9件(3年は4件)
 お茶(新任外国大使夫妻)(御所) 計9件[1月26日(月)天皇皇后両陛下(エストニア,スウェーデン,マケドニア旧ユーゴスラビア共和国)。1月30日(金)天皇皇后両陛下(欧州連合代表部,ケニア,セネガル)。6月9日(火)天皇皇后両陛下(マレーシア,ギリシャ,パナマ)。7月7日(火)天皇皇后両陛下(アルジェリア,タイ,エジプト)。7月30日(木)天皇皇后両陛下(メキシコ,サモア,サウジアラビア)。8月21日(金)天皇皇后両陛下(タンザニア,コスタリカ,ベトナム)。11月4日(水)天皇皇后両陛下(スーダン,カンボジア,デンマーク)。11月18日(水)天皇皇后両陛下(ザンビア,ルワンダ,グアテマラ)。12月2日(水)天皇皇后両陛下(ベルギー,ミャンマー,スリランカ)](御所)。]

 新任外国大使夫妻の「お茶」は、3年時は宮殿で、4件、行われていましたが、27年は御所で行われるようになり、件数も2倍以上に増えました。

 月1回に抑制すれば、6件に減らせます。

〈4〉外国要人 計8件(3年は3件)
1 お茶(ペーター・マウラー 赤十字国際委員会総裁)(御所) 1件[2月12日(木)天皇皇后両陛下]
2 お茶(ウィリアム・ジェファソン・クリントン元アメリカ合衆国大統領)(御所) 1件[3月18日(水)天皇皇后両陛下]
3 お茶(アメリカ合衆国大統領夫人)(御所) 1件[3月19日(木) 天皇皇后両陛下]
4 お茶(ジョージ・良一・アリヨシ 元ハワイ州知事夫妻)(御所) 1件[5月12日(火)天皇皇后両陛下]
5 茶会(第7回太平洋・島サミット首脳会議に出席する各国首脳夫妻等(21名))(宮殿) 1件[5月21日(木)天皇皇后両陛下]
6 茶会(第7回日本・メコン地域諸国首脳会議に出席する各国首脳等)(宮殿) 1件[7月3日(金)天皇陛下]
7 お茶(エドゥアルド・フレイ・ルイス=タグレ元チリ大統領夫妻)(御所) 1件[10月6日(火)天皇皇后両陛下]
8 お茶(ダニエル・エルナンデス・ルイペレス サラマンカ大学学長他)(御所) 1件[11月5日(木)天皇皇后両陛下]

 憲法は、外国大使・公使の接受以外、外交上の権能を天皇に認めていませんが、実際は国際親善を名目に国連機関代表者や元元首、王族などとの「お茶」が行われています。

 3年は3件でしたが、27年には2倍以上に増えました。

 首脳会議が頻繁に行われる時代となり、出席者の「茶会」が設定されることになったこと、対象者が文化人にまで拡大されたこと、などがその要因でしょうか。

〈5〉国内学術・芸術功労者 計8件(3年は6件)
1 お茶(日本学士院第一部長始め学士院第一部会員)(御所) 1件[1月29日(木)天皇皇后両陛下] 注、平成3年は7月9日に行われた
2 お茶(日本学士院第二部長始め学士院第二部会員)(御所) 1件[2月26日(木)天皇皇后両陛下] 注、平成3年は行われていない。一部だけでなく、二部にも広がった
3 お茶(日本芸術院第一部長始め芸術院第一部会員)(御所) 2件[4月22日(水)天皇皇后両陛下。10月21日(水)天皇皇后両陛下] 注、平成3年は年1回だったが、春秋2回行われるようになった
4 茶会(日本学士院賞本年度受賞者及び新会員等)(宮殿) 1件[6月1日(月)天皇皇后両陛下] 注、平成3年は「お茶」だった
5 茶会(日本芸術院賞平成26年度受賞者及び新会員等)(宮殿) 1件[6月22日(月)天皇皇后両陛下] 注、平成3年は「お茶」だった
6 茶会(文化勲章受章者及び文化功労者等)(宮殿) 1件[11月4日(水)天皇皇后両陛下] 注、平成3年は「お茶」だった
7 お茶(新認定重要無形文化財保持者夫妻)(宮殿) 1件[12月1日(火)天皇皇后両陛下]

 平成3年には学術・芸術功労者の「お茶」は6件でしたが、対象者が拡大されただけでなく、いくつかは宮殿での「茶会」に変わりました。

 芸術院第一部会員の「お茶」が2回行われているのはなぜでしょうか。

〈6〉外国ご訪問関連 計2件(3年は3件)
1 茶会(パラオご訪問尽力者)(宮殿) 1件[6月29日(月)天皇皇后両陛下] 注、陛下は27年4月、パラオを訪問され、戦没者を慰霊された
2 お茶(政策研究大学院大学学長,政策研究大学院大学特別教授及び東北大学大学院医学系研究科教授(フィリピンご訪問につき,本年6月同国大統領閣下ご来日[国賓]宮中晩餐に招かれた日比関係尽力者とのご懇談))(御所) 1件[11月4日(水)天皇皇后両陛下] 注、陛下は28年1月、皇后陛下とともにフィリピンを訪問された

 憲法は外交大使・公使の接受を除いて、天皇には外交上の権能はありませんが、外国ご訪問の機会が昭和の時代と比較して格段に増えました。

 けれども、3年は外国ご訪問の首席随員や関係国の友好親善団体役員との「お茶」がありましたが、27年には行われませんでした。

〈7〉その他 計7件(3年は1件)
1 お茶(新旧警察庁長官)(御所) 1件[3月5日(木)天皇皇后両陛下]
2 お茶(歌会始詠進歌選者)(御所) 1件[3月6日(金)天皇皇后両陛下]
3 茶会(元長官,元参与,元側近奉仕者,元御用掛,松栄会会員等)(宮殿) 1件[10月20日(火)皇后陛下お誕生日。天皇皇后両陛下]
4 茶会(ご進講者等ご関係者)(御所) 1件[10月20日(火)皇后陛下お誕生日。天皇皇后両陛下]
○ お茶(平成27年度「ねむの木賞」受賞者(4名))(御所) 1件[11月9日(月)皇后陛下]
5 茶会(燈光会会員(燈光会創立100周年に当たり))(宮殿) 1件[12月3日(木)天皇皇后両陛下] 注、燈光会は大正4年に設立された、航路標識つまり灯台に関する集まりらしい。
6 茶会(元長官,元参与,元側近奉仕者,元御用掛,松栄会会員等)(宮殿) 1件[12月23日(水)天皇陛下お誕生日。天皇皇后両陛下]
7 茶会(ご進講者等ご関係者)(御所) 1件[12月23日(水)天皇陛下お誕生日。天皇皇后両陛下]

 皇后陛下お誕生日、天皇陛下お誕生日に元職員たち、御進講関係者の「茶会」が行われることは平成3年にもあったと思われますが、宮内庁HPの「ご日程」には記載がありませんでした。

 3年は衆参両院の役員との「拝謁・お茶」が行われただけでしたが、27年には対象者が増えました。また、3年には皇后陛下のみの「お茶」はありませんでしたが、新たに設けられるようになりました。


▽2 退位問題に走らなくても軽減できるご負担

 以上、総評すると、御在位20年のあと、宮内庁はご公務ご負担軽減策を打ち出したはずですが、実際にはご公務の件数は逆に増えました。とくにここで検証した「お茶・茶会」にそのことがはっきり読み取れます。

 ただ、ご負担軽減策の効果がなかったのかどうかは、3年と27年との比較だけでは分かりません。

 陛下の「お気持ち」を受けて、有識者会議は軽減等について検討したことになっていますが、結局、退位問題に終始しました。なぜ具体的にご公務のあり方を検討しなかったのでしょうか。

「退位」以外に、ご公務を整理し直すことで、少なくとも「お茶・茶会」については軽減を図ることができるのではないかと思われます。

 それとも、陛下は「全身全霊」で、ご公務に務められたのであり、国民もこれを支持しているのだから、軽減を図るくらいなら、退位の方が望ましいという結論になるのでしょうか。私には大袈裟すぎるような気がします。

 次回は、ご負担軽減が始まったご在位20年前後の「お茶・茶会」について、分析してみたい。ご公務が拡大した時期をより明確化し、ご負担軽減策の効果の有無を検証したいからです。


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「2つの柱」は1つ ──「女性宮家」創設の本当の提案理由 4 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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「2つの柱」は1つ
──「女性宮家」創設の本当の提案理由 4
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋、転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第5節 「女性宮家」創設の本当の提案理由──政府関係者はきちんと説明すべきだ

▽4 「2つの柱」は1つ
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 森暢平氏の記事によれば、「女性宮家」とは「女性天皇」と同じなのでした。

「女性天皇を認めた場合、一般の女性皇族にも皇位継承権があり、基本的には結婚しても皇室に残ることになる。つまり、必然的に女性宮家が認められる。いわば、女性天皇と女性宮家は表裏の関係で、検討案の『2つの柱』は、突き詰めると1つと見なせる」

 つまり、何のことはありません、まさに女性天皇・女系継承容認と一体のかたちで、「女性宮家」創設論は生まれたのです。

「象徴天皇制度」を安定的に継続させるには、女性天皇・女系継承を認める必要がある。したがって女性皇族にも皇位継承権が認められ、結婚しても皇室に残る。そのため「女性宮家」が必然的に認められる、という論理です。

 確かに現行憲法が規定するように、天皇は、主権の存する国民の総意に基づいて、国と国民統合の象徴という地位にあり、内閣総理大臣や最高裁長官の任命、憲法改正や法律、政令などの公布、国会の召集など、国事行為のみを行う一国家機関であるならば、機関の安定性を確保するには、純粋な論理だけでいえば、男子でも、女子でもかまいません。

「世襲」とはただ血がつながっていればいいというのなら、男系でも女系でもかまわない。「1.5代」象徴天皇論者たちの論理は、じつに単純です。

 現行憲法を議論の出発点とするなら、女性天皇のみならず、過去の歴史にない女系継承は容認されるべきであり、したがって、過去に例のない「女性宮家」も認められるべきであるという論理の展開になります。現行憲法を最優先する、新たな「象徴天皇制度」の下での「皇統の備え」です。

 こうした考え方はいつ生まれたのでしょうか。

 森氏の記事とは別に、皇位継承論議に詳しい産経新聞の阿比留瑠偉記者によれば、平成8年に宮内庁内で皇位継承制度にかかわる基礎資料の作成が始まったことが、独自に入手した極秘文書によって分かるといいます(「女性・女系天皇、『容認』2年前に方針、政府極秘文書で判明」=「産経新聞」平成18年2月17日など)。

 翌9年4月から12年3月まで、内閣官房が加わった非公式の「特別研究会」が2期に分かれて設置され、第1期メンバーには、工藤敦夫元内閣法制局長官、古川貞二郎内閣官房副長官(当時)、大森政輔内閣法制局長官(同)らのほか、元宮内庁幹部らが名を連ねています。

 第2期研究会には、やはり小泉内閣時代に皇室典範有識者会議の委員(副座長)となり、野田内閣時代に「女性宮家」検討担当内閣官房参与を務めることになる、園部逸夫元最高裁判事が加わりました。

 研究会は12年3月にいったん閉じますが、宮内庁内では資料の作成、整理が続けられました。

 森氏の記事はちょうどこの段階で書かれています。

 かつて自民党総裁選の公開討論で、

「女性が天皇になるのは悪くない。皇室典範はいつ改正してもいい。必ずしも男子直系にはこだわらない」

 と発言した小泉内閣の時代でした。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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内閣法制局の極秘プロジェクト ──「女性宮家」創設の本当の提案理由 3 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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内閣法制局の極秘プロジェクト
──「女性宮家」創設の本当の提案理由 3
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第5節 「女性宮家」創設の本当の提案理由──政府関係者はきちんと説明すべきだ


▽3 内閣法制局の極秘プロジェクト
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 国立国会図書館のデータベースで、「女性宮家」をキーワードに検索すると、所功教授の提案からさらに遡ることができます。

 検索でヒットするのは、有識者ヒアリングが行われていたころ、30数件ありました。

 古い順に並べると、もっとも古いのが10年前、元毎日新聞記者で、CNN日本語サイト編集長だった森暢平氏が執筆した、

(1)「女性天皇容認!内閣法制局が極秘に進める。これが「皇室典範」改正草案──女帝を認め、女性宮家をつくるための検討作業」(「文藝春秋」2002年3月号)

 でした。

 次が2年後、先述した所教授のコメントが載る、

(2)「お世継ぎ問題 結婚しても皇籍離脱しない道 雅子さま救う『女性宮家』考」(「週刊朝日」2004年7月9日号)、
その次が同時期に所教授自身が書いた、

(3)「“皇室の危機”打開のために──女性宮家の創立と帝王学──女帝、是か非かを問う前にすべき工夫や方策がある」(「Voice」2004年8月号)

 と続きます。

 所教授の突出した存在感があらためて確認できますが、教授に先駆ける提案者がいたことがはっきりと分かります。

 森氏の記事を読んでみると、内閣法制局が皇室典範改正の極秘プロジェクトを進めていたのでした。その基本方針には、つぎの「2つの柱」がありました。

(1)女性天皇容認

(2)女性宮家創設容認

 平成14年4月に33歳をお迎えになる紀宮(のりのみや)清子(さやこ)内親王殿下の結婚問題を背景にして、安倍晋三内閣官房副長官ら官邸筋もからみ、早期改正が視野に入っている、と記事は指摘しています。

 それなら、内閣法制局の官僚たちが考える「女性宮家」とは何でしょうか?


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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所功教授以前の提案者 ──「女性宮家」創設の本当の提案理由 2 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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所功教授以前の提案者
──「女性宮家」創設の本当の提案理由 2
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第5節 「女性宮家」創設の本当の提案理由──政府関係者はきちんと説明すべきだ


▽2 所功教授以前の提案者
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 これまでの考察を簡単に振り返ると、私の第一の疑問は、議論の中味に統一性がない、概念が明確でない、ということです。皇位継承問題として議論としている論者がきわめて多いのですが、宮内庁関係者はそういう議論ではないと否定しています。

 これではまともな議論は不可能です。いつ、誰が、何の目的で「女性宮家」創設を言い出したのか、はっきりさせる必要があります。

 今回の議論のきっかけは、衆目の一致するところでは、平成23年11月、

「宮内庁が、皇族女子による『女性宮家』創設の検討を、『火急の案件』として野田首相に要請したことが分かった」

 と伝える読売新聞の「スクープ」です。

 しかし、当代随一の皇室ジャーナリスト、岩井克己朝日新聞記者(当時)によると、羽毛田信吾宮内庁長官は「女性宮家創設を提案したと報じられた」ことについて、「長官は強く否定している」のでした。

 岩井記者によれば、「女性宮家」創設の提案者は羽毛田長官ではなくて、渡邉允前侍従長なのでした。前侍従長は数年前から「私案」としてたびたび公言し、「週刊朝日」誌上の対談でも表明してきたと指摘されています。

 前侍従長の提案理由は「皇室の御活動」論でしたが、その後の「女性宮家」論議は、皇位継承問題に終始し、小泉内閣時代の皇室典範改正論議と同様、男系派と女系派の熱い議論がふたたび始まりました。

 というのも、最初に皇位継承問題としての「女性宮家」創設を訴える識者がいたからです。それは所功京都産業大学教授でした。

 小泉内閣時代、平成16年12月に設置された、「安定的で望ましい皇位継承」のための方策を追求する皇室典範有識者会議に招かれた所教授は、明確に「女性宮家」創設を提言しました。

 所教授の発言は、有識者会議の報告書を先取りする内容でしたが、報告書には「女性宮家」という表現はなぜか消えました。

 そして、たいへん興味深いことに、所教授はご自身が「女性宮家」創設の最初の提唱者であることを認めていません。

 じつは所教授以前に、たしかに「女性宮家」創設の提案者がいるのです。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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読者からいただいたお叱り ──「女性宮家」創設の本当の提案理由 1 [天皇・皇室]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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読者からいただいたお叱り
──「女性宮家」創設の本当の提案理由 1
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第5節 「女性宮家」創設の本当の提案理由──政府関係者はきちんと説明すべきだ


▽1 読者からいただいたお叱り
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 メルマガの読者お二人からメールをいただきました。

 お一方は、

「個人攻撃のような口調や策謀は慎むべきだ」

 というお叱りでした。

 もし渡邉允前侍従長(いまは元職)や敬愛する所功先生に対する個人攻撃のように受け取られたのでしたら、私の本意ではありません。

 いみじくも所先生が「WiLL」平成23年10月号掲載の論考の冒頭で、

「近年は、皇室を敬愛する人々の間で、激しい論争がエスカレートしている。しかし、どんなに立場が違っても、議論の内容と直接に関係のないことで相手を非難するようなことは、厳に慎むべきであろう。まして本質的に理念を共有すると思うならば、多少見解を異にしても、相手への常識的な配慮を忘れてはならない」

 と書いておられますが、まったく同感です。

 私の文章が皇室論とは別次元の、特定の個人に対する論難だと理解されたとすれば、それは私の筆力のなさであり、心から恥じるほかはありません。

 私が訴えたいのは、「女性宮家」創設をめぐる議論の異様さです。誰が、いつ、何を目的として、創設論を言い出したのか、杳(よう)として知れない。提案理由も中味も分からないから、当然のことに、議論は混迷する。甲論乙駁をよそに、事態は確実にある方向に向かって進んでいきました。

 私は、当代随一の皇室ジャーナリスト、岩井克己朝日新聞記者の記事を材料に、渡邉允前侍従長が平成23年秋ごろから、「女性宮家」創設を明確に主張していることを突き止めました。目的は「皇室のご活動」を確保するためです。

 けれども、朝日新聞のデータベースによると、提案者は所功京都産業大学教授であるという結論に達します。平成17年6月の第7回皇室典範有識者会議に有識者として招かれた先生は、これまた明確に「女性宮家」創設を訴えています。しかしこちらは、前侍従長とは異なり、「安定的で望ましい皇位継承」が目的で、両者は意味が異なります。

 つまり、中味の異なる「女性宮家」創設論が世の中に存在するわけで、これでは混乱は必至です。

 もうお一方からのメールは、「女性宮家」創設論は、もっと遡ることができるのではないか、という指摘でした。

 そうなのです。さらに何年も前から、国民の知らないところで、「女性宮家」創設は密かに進んできた。しかし、提案者たちはいっこうに名乗り出ようとせず、当然、その中味を明らかにしようともしない。それでいて、まるでアリバイ証明のように、野田政権下で有識者と称される人たちのヒアリングが始まりました。

 これでは混乱するのは必然です。皇位の継承、天皇のお務めは国の基本に関わる重要事なのに、なにやら陰謀めいた臭いさえします。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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宮内官僚と皇室研究家のアウンの呼吸? ──最初の提案者であることを否定する研究者 4 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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宮内官僚と皇室研究家のアウンの呼吸?
──最初の提案者であることを否定する研究者 4
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第4節 最初の提案者であることを否定する研究者──所功教授の雑誌論考を手がかりに


▽4 宮内官僚と皇室研究家のアウンの呼吸?
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 雑誌「WiLL」平成23年10月号から始まった、所功先生の連載「『皇室典範』改正問題の核心」の第2回「改正をどう進めるか」(同誌同年11月号)には、次のように書かれています。

「(皇族の数が激減する)こうした危機を回避するには、皇族女子も男子と同様に、宮家を創立して継承できるよう、現行皇室典範第12条を改正するほかない。

 このような案は、すでに前侍従長(現侍従職御用掛)の渡邉允氏が、平成21年11月11日付『日本経済新聞』朝刊に掲載されたインタビュー記事の中で、『皇統論議は将来の世代に委ね……女性宮家設立に合意できないものか』と述べておられる(翌22年1月31日放映のテレビ朝日「サンデー・プロジェクト」録画対談、および「週刊朝日」同年12月31日号の特別対談でも同趣の発言があった)」

 所先生のいう「日経のインタビュー記事」は不正確です。

 日経は御在位20年企画として、21年11月6日から社会面に、編集委員の井上亮、常広文太記者が担当する「平成の天皇 即位20年の姿」という連載を載せていたのです。11日は連載の最後、5回目で、「皇統の悩み 『女系』巡り割れる議論」でした。

 記事は

「宮内庁には『このままでは宮家がゼロになる』との危機感から、女性皇族を残すため女性宮家設立を望む声が強い。しかし『女系天皇への道筋』として反発を招くとの意見もある」

 と述べ、そのあとに渡邉允前侍従長(いまは元職)の私見と断ったうえで、既述の「女性宮家設立」案を語らせています。

「渡邉前侍従長は私見として『皇統論議は将来の世代に委ね、今は論議しないという前提で、女性宮家設立に合意できないものか。女系ありきではなく、さまざまな可能性が残る』と話す」

 所先生の「女性宮家」論と渡邉侍従長の「女性宮家」論は、少なくとも表向きは異なります。一方は皇位継承論であり、一方の目的は「皇室の御活動」の確保です。けれども、いずれにせよ、女系継承容認に至ることはいわずもがなです。

 結局のところ、いったい誰が「女性宮家」を最初に言い出したのか、宮内官僚と皇室研究者とメディアとのアウンの呼吸でしょうか。所先生の「WiLL」連載はちょうど、読売が「女性宮家」創設を「スクープ」し、前侍従長が文庫本の「後書き」を書いていた時期と不思議に符合します。

 渡邉前侍従長によれば、「女性宮家」創設論は皇位継承問題とは「別の次元」の問題とされています。「別の次元」と先手を打って、女性天皇・女系容認反対論を封じ込め、一方では研究者による理論武装および国民への「啓蒙」も着々と進行する。じつに用意周到な、賢い戦術です。

 さすが世界的に有能な、日本の官僚ならでは、と感心しますが、なぜ猫だましのような姑息な手法を弄してまで、皇室の歴史にない、「女性宮家」創設に走らなければならないのでしょうか?

 きちんと説明しても、国民は納得しないとの読みでもあるのでしょうか。それほど日本国民の民度は低いのでしょうか。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります



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「週刊朝日」に名指しされた提案者 ──最初の提案者であることを否定する研究者 2 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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「週刊朝日」に名指しされた提案者
──最初の提案者であることを否定する研究者 2
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第4節 最初の提案者であることを否定する研究者──所功教授の雑誌論考を手がかりに

▽3 「週刊朝日」に名指しされた提案者
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 何のことはない、「会議で検討された」のではなくて、所先生ご自身が提案者なのではありませんか。とすると、なぜ先生は、

「『女性宮家』を誰が言い出したのか、知らない」

 などと、私の質問に答えなければならないのでしょうか?

 それだけではありません。

 朝日新聞のデータベースで、「女性宮家」をキーワードに検索すると、もっとも古い記事は「週刊朝日」2004(平成16)年7月9日号に掲載された

「雅子さま、救う『女性宮家』考」

 という、高橋淳子記者による、4ページの記事であることが分かります。

 さっそく記事を読むと、そのリードには、

「皇太子さまの異例発言を受け、盛り上がる皇室典範改正論議。『女性天皇』が認められれば、皇太子妃雅子さまの悩みも軽減される──というわけでもないらしい。愛子さまのプレッシャーを軽くするには『女性宮家』の創設が先だとする研究者もいる」

 と書かれています。

 高橋記事が言及する「女性宮家」創設を提案する皇室「研究者」とは誰か、といえば、ほかならぬ所先生で、次のようなコメントが載っています。

「雅子さまや愛子さまの身になって考えれば、いま、いきなり女性天皇にいってしまうのは重圧が大きすぎると思われます。天皇になると、男性でも過酷な重労働を一生続けなければなりません。まずは女性皇族が結婚しても皇族の身分でいられる制度を整えるべきだと思います」

 雑誌記事が出てから約半年後、16年12月27日に設置されたのが皇室典範有識者会議であり、17回の会合を経て、その報告書は翌17年11月24日、小泉首相に提出されました。

 少し調べれば、これだけの資料が出てくるのに、所先生は自分が提唱者だとはおっしゃいません。

 それどころか、所先生は、「女性宮家」創設案の提唱者がご自身ではなく、渡邉允前侍従長であるかのように説明しています。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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皇室典範有識者会議で創設を唱えたご本人 ──最初の提案者であることを否定する研究者 2 [女性宮家創設]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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皇室典範有識者会議で創設を唱えたご本人
──最初の提案者であることを否定する研究者 2
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第4節 最初の提案者であることを否定する研究者──所功教授の雑誌論考を手がかりに


▽2 皇室典範有識者会議で創設を唱えたご本人
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 所功先生の論考が理解しがたい2点目は、「女性宮家」の概念です。

 先述したように、最初の提唱者も、その中味も、よく分からないのが「女性宮家」です。ところが、所先生にとっては、その概念はきわめて鮮明です。

 所先生の「正論」掲載記事には、こう説明されています。

「この『女性宮家』案は、8年前『皇室典範有識者会議』で検討し、その報告書に『皇族女子は、婚姻後も皇室にとどまり、その配偶者も皇族の身分を有することとする必要がある』としている」

 つまり、先生は、「女性宮家」とは皇族女子が婚姻後も皇室にとどまることを意味するとお考えのようです。けれども、小泉内閣時代に「安定的で望ましい皇位継承」のための方策を追求した同会議が「女性宮家」について検討した形跡はありますが、報告書には「女性宮家」という表現はありません。

 所先生は、女性皇族が婚姻後も皇室にとどまることが、「女性宮家」創設と同義であるとお考えなのかも知れません。しかし、宮家にとどまりつつ、いわゆる婿養子を迎えるという方策も、発想的にはあり得ますから、「宮家」創設は必ずしも皇族身分継続の要件ではありません。

 皇室にとどまることと、宮家の創設とは必ずしも同じではありません。史上、存在してきた「宮家」がそのようなものでないことは、歴史家の先生なら十分にご承知のはずです。

 にもかかわらず、なぜ、

「有識者会議で検討された」

「報告書に載っている」

 と主張しなければならないのでしょうか?

 じつは、皇室典範有識者会議で「女性宮家」創設を唱えたのは、所先生その人だったのです。同会議は識者からのヒアリングを行っていますが、先生は平成17年6月8日、会議に招かれ、こう述べています。

「皇族の総数が現在かなり極端に少なくなってきております。しかも、今後、少子化が進み更に減少するおそれがあります。このような皇族の減少を何とかして食い止めるためには、まず女性皇族が結婚後も宮家を立てられることにより、皇族身分にとどまられることができるようにする必要があります」〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/dai7/7siryou3.html

 まさに皇室典範有識者会議の報告書を先取りする発言です。報告書は「宮家を立てて」が脱落しただけです。ただ、厳密には「女性宮家」という先生の発言はありません。

 けれども、先生が当日配布した資料には、

「女系継承の容認と女性宮家の創立」

 と明記され、

「現在極端に少ない皇族の総数を増やすためには、女子皇族も結婚により女性宮家を創立できるように改め、その子女も皇族とする必要があろう」

 などと記されています〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/dai7/7gijisidai.html〉。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります

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宮内庁長官は「女性宮家」創設を提案していない ──最初の提案者であることを否定する研究者 1 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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宮内庁長官は「女性宮家」創設を提案していない
──最初の提案者であることを否定する研究者 1
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。

 ところで、おかげさまで、当「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンが[メルマ!]の総合ランキングで14位、ニュース&情報部門で5位となりました。

 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。

 それでは本文です。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第4節 最初の提案者であることを否定する研究者──所功教授の雑誌論考を手がかりに

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 前節では、岩井克己朝日新聞記者による「週刊朝日」の記事などを資料として、「女性宮家」創設の最初の提案者は渡邉允前侍従長(いまでは元職)であり、著書の文庫版(平成23年12月発行)の「後書き」(平成23年10月執筆)に、「宮家創設」案が明記されていることを突き止めました。

 けれども、創設論はどうやら、さらに数年、さかのぼれそうです。前侍従長の提案と決めつけることも出来ないようです。

 それなら、いつ、だれが、何の目的で言い出したのでしょうか。誰が言い出したのかも分からない、その目的も中味もよく分からない、したがってまともには論ずるに値しないはずの「女性宮家」創設論の、言葉だけが独り歩きしています。


▽1 宮内庁長官は「女性宮家」創設を提案していない

 雑誌「正論」平成24年3月号に、所功京都産業大学教授(当時)の記事「宮家世襲の実情と『女性宮家』の要件」が掲載されました。

 所先生はたいへんまじめで温和な、人間的にいい方ですが、先生の論考は私の理解能力を超えています。

 まず、論考のテーマについてです。

 先生は論考の冒頭で、「象徴」「世襲」の天皇制度を可能なかぎり強化するよう努めなければならない。そのために「女性宮家」の創設が創設される必要があると訴えているのですが、私が理解に苦しむのはその次です。

 先生は、読売新聞の「スクープ」と同様に、平成23年10月に羽毛田信吾長官が野田佳彦首相に「女性皇族が婚姻により皇室を離れる」ので、皇族の数が少なくなるから、「皇室のご活動に支障を来す」。制度改正が遅れれば「姉妹間で差異を生じる」ことを説明したと述べ、そのあと皇位継承論を展開しています。

 先生の理解では、「女性宮家」創設論の発端は、一般の理解と同様、羽毛田長官の発言に置かれています。なるほどそのような報道もあるのですが、実際に長官が「女性宮家」創設を提案したかどうかは不明です。

 先生の文章の最後は

「解説したという」

 となっていますから、何かの引用なのでしょうか。何か特定の資料をもとに、「女性宮家」創設の提唱者は羽毛田長官である、と先生はお考えなのでしょうか?

 しかし、それはこれまでの私の考察とは異なります。すでにお話ししたように、当代随一の皇室ジャーナリスト・岩井克己記者の雑誌記事によれば、野田首相に「女性宮家」創設を「火急の件」として提案したと伝えられていることについて、「長官は強く否定」しているからです(「週刊朝日」平成23年12月30日号)。

 もっとも、所先生の記事は、羽毛田長官が「女性宮家」創設を提案した、とは書いていません。記事には参考文献などは示されていませんが、長官を最初の提唱者とする特別の資料があるのかも知れません。

 ということで、久しぶりにご本人に直接、お話しし、うかがってみることにしました。

 すると、意外な答えが返ってきました。

「複数の資料を見た」

 と仰せなのです。そして「女性宮家」を誰が言い出したのか、については

「知らない」

 と述べられるのでした。

 だとすると、先生は、いつ、誰が、何の目的で言い出したのか、その内容も明らかにしないまま、「女性宮家」創設支持の議論を展開しているということになります。そんなことがあり得るのでしょうか。私たちは暇つぶしに、世間話をしているわけではないのです。

 羽毛田長官はおそらく「女性宮家」創設を野田首相に語ってはいないのでしょう。それかあらぬか、所先生の論考でも、「女性宮家」問題ではなく、「皇室の御活動」問題として述べられています。

 であるならば、女性皇族が皇籍離脱したあとの「皇室の御活動」をどう確保すべきか、ということが所先生の論考のテーマになるはずです。

 ところが、先生の論考はいきなり皇位継承論に飛んでしまうのです。

 今回の「女性宮家」創設の提唱者と目される渡邉允前侍従長は、「女性宮家」創設は皇位継承問題とは「別の次元の問題」だと再三繰り返していますが、なぜ先生は、「女性宮家」創設論を皇位継承問題として展開されるのでしょうか?


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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制度を変更させなければならない理由は何か ──ねじ曲げられた渡邉前侍従長の「私見」 9 [女性宮家創設論]

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制度を変更させなければならない理由は何か
──ねじ曲げられた渡邉前侍従長の「私見」 9
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第3節 ねじ曲げられた前侍従長の「私見」──岩井克己朝日新聞記者の「内親王家」創設論


▽9 制度を変更させなければならない理由は何か
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 それなら、「女性宮家」創設の先にあるものは何でしょうか?

 園部逸夫元最高裁判事は、先に引用した岩井克己記者による「週刊朝日」の記事のなかでずばり、「男系皇統は終わり」を示唆しています。

 私が一貫して指摘してきた宮中祭祀簡略化問題の問題点は、歴代天皇がもっとも重視してきた祭祀より、法的に明文化されているわけでもない御公務なるものを優先させ、御公務を削減せずに祭祀へのお出ましを激減させたところにありました。

 それと同様に、国家機関としての天皇はいざ知らず、皇族方の社会的活動をも確保したいがために、悠久なる皇室の歴史と伝統のみならず、男系男子によって継承されてきた皇統を断絶させかねない策動は、本末転倒であると同時に、天皇制度の変更なのです。

 なぜ変更させなければならないのか、説明が必要なのです。

 逆に、皇族の減少に対応する代案はあるのか。戦後唯一の神道思想家といわれる葦津珍彦(あしづう・ずひこ)は女帝論に関連して、かつてこう語りました。

「女統継承論を掲げ、伝統的な日本人の君臣の意識を動揺させるよりも、まず男統の絶えない制度を優先的に慎重に考えるべきではないか」(『大日本帝国憲法制定史』)

 不思議なことに、前侍従長らが男系拡大のために知恵を絞ったという形跡はありません。男系の拡大を真っ先に模索しようとしない理由は、何でしょうか?

 もう1点、指摘すると、不思議なことに、「女性宮家」創設反対派から前侍従長批判が聞こえてきません。なぜでしょうか?


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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