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陛下の「無私の心」は何に由来するのか?──宮中祭祀にも「女性宮家」にも言及しない前侍従長インタビュー [天皇・皇室]

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 陛下の「無私の心」は何に由来するのか?
 ──宮中祭祀にも「女性宮家」にも言及しない前侍従長インタビュー
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▽1 「戦後70年」の「遺言」

 今年は戦後70年。日経ビジネスオンラインは特別企画として、戦後のリーダーたちが未来に託す「遺言」を連載しています。〈http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20141212/275083/

 2月4日、第10回目に登場したのは、渡辺允・前侍従長でした。〈http://business.nikkeibp.co.jp/article/interview/20150203/277071/?P=1

 記事をまとめた中川記者によるプロフィール紹介では、前侍従長の曾祖父・渡辺千秋氏は明治天皇崩御時の宮内大臣で、父は「昭和天皇最後のご学友」として知られる渡辺昭氏。現役の川島裕侍従長をのぞけば、唯一存命の侍従長経験者とされています。

 皇室ときわめて関係の深いキーパーソンだというわけです。

 けれども、もしそうだとすると、じつに不思議です。記事には天皇第一のお務めであるはずの祭祀も、ついこの間、国民的な大議論を巻き起こした、いわゆる「女性宮家」問題も、すっぽりと抜け落ちているからです。

 前侍従長ら側近はご在位20年をひかえて、ご高齢になった陛下のご健康をおもんぱかり、ご負担軽減に取り組み、その結果、簡略化され、お出ましが激減したのが祭祀でした。

 ご公務のご負担が大きいから、ご負担軽減のために、女性皇族にもご公務のご分担を求めたいということが、「女性宮家」創設の趣旨で、ご在位20年を機に前侍従長が提案したことが、激論の発端だったはずです。

 あれだけの嵐を呼び起こしながら、嵐が過ぎ去ると、何事もなかったかのように、黙して語らないのは、なぜなのか。それとも聞き手の側に、問題関心がないのか?


▽2 前侍従長の「象徴」と陛下の「象徴」の違い

 前侍従長は、冒頭、こう語ります。

「10年半で私が感じたことというと、やっぱり一番は天皇陛下の無私の心です。一言で言ってしまえば、そういうことなんだと思うんですよ」

「天皇に私なし」とは古来、いわれてきたことですが、不思議ですね、

「10年半、侍従長を務めました」

「一般の方々に比べて、普段の陛下のお姿を拝見する機会が多かったわけです」

 とみずから語る「天皇家の執事」が、陛下の「無私の心」が何に由来するのか、を深く追究していないようなのです。

 前侍従長はまず日本国憲法を引用します。

「陛下は日本国の象徴であり、国民統合の象徴であるというお立場でいらっしゃいます。これは寝ても覚めてもそうで、一時たりともそのお立場でない時間は無いわけですね」

 前侍従長の説明は、陛下の「無私の心」が現行憲法の「象徴天皇」制度に基づいているかのような錯覚を覚えさせます。けれども、そんなことはあり得ません。

 当メルマガの読者なら、先刻ご承知のように、天皇とは古来、公正かつ無私なる祭り主なのであって、今上陛下は、歴代天皇と同様、国と民のため、天神地祇にひたすら祈る宮中祭祀を重ねられることによって、「無私の心」を磨いてこられたのです。

 陛下はけっして単純な護憲派ではありません。70年弱の歴史しかない日本国憲法が、悠久の歴史を重ねてきた天皇の精神の根拠となるはずはありません。

 たとえば御即位20年の記者会見で、憲法が定める「象徴」という地位についての質問を受けた陛下は、

「長い天皇の歴史に思いを致し,国民の上を思い,象徴として望ましい天皇の在り方を求めつつ,今日まで過ごしてきました」

 とお答えになっていることからも明らかです〈http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h21-gosokui20.html〉。

 前侍従長の「象徴」はあくまで現行憲法的「象徴」ですが、陛下はこれとは異なります。「長い天皇の歴史」すなわち祭祀王としての歴史が重要なのです。

 長年、お側に仕えた側近中の側近なら、そんなことは容易に理解できるだろうと思いますが、現実は違うようです。なぜなのか。なぜ祭祀を避けようとするのでしょうか?

 天皇の祭祀の重要性を理解していたのなら、このインタビューでも言及するでしょうが、どこにも触れられていません。もっとも、少しでも理解しているのなら、ご健康問題、ご負担軽減を名目に、祭祀が簡略化されるということもなかったでしょう。


▽3 社会的に活動なさるのが天皇ではない

 前侍従長はインタビュー記事のなかで、「無私の心」の現れとして、陛下のご活動に言及しています。

 若いころに親族と離ればなれになったハンセン病患者の療養所を訪ねられ、老後を心配され、1人1人に親しく声をかけられ、そのお姿に看護師たちがもらい泣きするというエピソードは、じつに感動的です。

 宮崎県の西都原古墳群では、あるとき住民が通りかかったところ、突然、地面が陥没し、新たな古墳が発見された、という県知事の説明を受けた陛下は、

「通りかかった方に、ケガはありませんでしたか?」

 と質問されました。ふつうの人なら古墳についてもっと知ろうとするだろうけれども、陛下は違っていました。前侍従長は、

「とても小さいことだけど、だからこそ、普段からそういう発想をしていなければ出てこない言葉だと思う」

 と解説し、

「この方はこういうものの考え方なんだな」と納得しています。

 けれども、これはまったく間違っています。

 第一に、古来、社会的に活動なさることが、天皇の天皇たるゆえんではないからです。天皇が各地に行幸され、国民と親しく交わるようになったのは近代以後のきわめて新しい現象です。陛下が国民1人1人に寄り添おうとなさるのは、むしろ祭祀王だからです。

 古来、天皇統治とは「しらす」政治、すなわち「知る」政治といわれ、歴代の天皇は、多様なる民の多様なる声に耳を傾け、多様な心を知り、喜びや栄光のみならず、悲しみや憂いを分かち合おうと、神々に食を捧げ、みずから召し上がり、神々と民と命を共有する祭祀を厳修されたのです。今上陛下の人間的個性ではないのです。

 中川記者によると、前侍従長は退任後、「畏れ多いことながら」としつつ、両陛下の普段の姿を広く知ってもらうために、講演活動を重ねているとのことですが、天皇の祭祀について語らない情報発信は誤解を拡大させることにならないか、と心から心配します。


▽4 天皇は社会的弱者のための存在ではない

 前侍従長が仰せの現行憲法的「象徴」天皇論を、百歩譲って認めたとして、国民に寄り添う陛下の行動と、「憲法の定める国事に関する行為のみを行う」と規定する現行憲法とは、いかなる関係にあるのか、少なくとも私にはほとんど理解不能です。

 前侍従長は「象徴」について、こう語ります。少し長いですが、引用します。

「『象徴』とは何かと聞かれると答えにくいですよね。でも陛下がされていることというのは、要は求心力を働かせるということではないでしょうか。これは非常に嫌なことではありますけど、社会から遠心力が働いて外周部に追いやられてしまいがちな方々が実際にはいらっしゃる。もうずっと以前からハンセン病や障害者スポーツなどに関わる方と陛下は親交をもってこられましたが、そういう方々に求心力を働かせて、遠心力ではじき飛ばされることがないようにする。それがまさに『日本国民統合の象徴』として、陛下がされていることなんじゃないでしょうか」

 これも間違いだと思います。天皇は社会的弱者のために活動する存在ではないし、為政者の不始末を尻ぬぐいするのがお役目ではないからです。

 古来、国と民をひとつに統合するのが天皇の第一のお役目であり、それが祭祀です。天皇の「求心力」は「遠心力」を前提にしているのでもないでしょう。

 前侍従長は、「もう1つ印象に残ったこと」として、日銀総裁によるご進講の逸話を紹介しています。陛下は

「この頃、格差ということを聞くようになりましたけど、それについてはどうですか?」

 とお尋ねになったというのです。

 そのときの総裁の答えがピントはずれと感じた前侍従長は、ご進講のあと、総裁に

「陛下がああいうことをおっしゃっていたのは、要するに格差で落ちこぼれる人が出てきているというふうに自分は理解していると。その人たちのことはどうするんですかということだったんだと私は思いますよ」

 と申し上げたというのです。

 前侍従長の理解では、「遠心力」ではじかれた「弱者」を救済し、「求心力」を働かせるのが天皇のお役目だということになるのでしょうか。そうではなくて、もっと高い次元にあるのが皇位というものはないでしょうか? 

 天皇にとっては、強者であれ、弱者であれ、すべての民が「赤子」のはずだし、国民に寄り添う天皇のお出ましが、社会的不満のガス抜きに利用されてはなりません。


▽5 「国平らかに安らけく」

 前侍従長はこの連載企画の趣旨に沿って、「陛下のメッセージ」に言及しています。

「僕が推測するに、天皇陛下がもし仮にここで次の世代に伝えたいことがあったら何かという質問があったら、先の大戦のことをおっしゃると思うんです。80歳のお誕生日のときに、80年で一番印象に残っていることは何かという質問に対して、やっぱりそれは大戦のことだとおっしゃっていますから」

「絶対に戦争のことが忘れられないように語り継がれてほしいと。これは陛下が後世に伝えたい非常に大事なメッセージだと思います」

 編集部の注釈によると、インタビューは昨年12月1日に行われたそうです。陛下はひと月後、「戦後70年」となる今年の年頭の感想文で、こう述べられました。

「満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」

 前侍従長がインタビューで語った推察どおりだということでしょうか。けれども、私は違うと思います。

 前侍従長はインタビューのなかで、「終戦のとき小学校3年」だったという戦争の「体験」「記憶」を強調しています。しかし陛下の場合は、けっして個人的な「体験」だけではないと私は思うのです。

 陛下が「戦争の歴史」を重視なさるのは、歴代天皇と同様に、

「国平らかに安らけく」

 と祈る祭祀王だからでしょう。

 いつの世も平和だとは限りません。遠く神代の時代に、皇祖天照大神から国の統治を委任されたというお立場であれば、天皇は国と民のために、真剣な祈りを捧げざるを得ない。それが天皇の祭りです。

 曾祖父は宮内大臣、父は「昭和天皇のご学友」、それほどご立派なお血筋の前侍従長に、なぜそれが理解できないのでしょうか?

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