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国を治むるに正法をもってせよ──古代の天皇が重んじた仏典の中身 [天皇・皇室]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です

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 国を治むるに正法をもってせよ
 ──古代の天皇が重んじた仏典の中身
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 前回、歴代の天皇が自然災害に苦しむ民に心を寄せられ、御仁慈を示されたこと、それが皇室の伝統であること、について書きました。それなら、歴代天皇はなぜそうされたのか、何がそうさせたのか、について、考えてみます。

 伝統的な考え方からすると、天皇統治は、皇祖天照大神の委任を受け、その血統を受け継いだ、万世一系の天皇による統治です。天皇のお役目は、「しらす」(民意を知って統合を図ること)であり、天皇は神々と民と命を共有する神人共食の儀礼を第一のお務めとされてきました。

 天皇は民の喜びや悲しみのみならず、命をも共有しようとされます。その精神は神人共食の祭祀によって磨かれます。天皇=祭祀王というのが伝統的な考え方なのでした。第八十四代順徳天皇は「およそ禁中の作法は神事を先にし、他事を後にす」(『禁秘抄』)と書き記されています。

 けれども、神道的な祭祀をなさるのだけが天皇ではありません。それどころか、歴代の天皇はしばしば仏教に帰依されました。

 興味深いのは、その帰依のあり方です。


▽ とくに重んじられた天武・持統天皇の時代

 なかでも重んじられたのが金光明経(こんこうみょうきょう)でした。金光明経は、仁王経、法華経とともに、国家安泰を願って用いられる護国三部経のひとつとされています。

 たとえば、『日本書紀』によれば、金光明経が最初に用いられたのは、天武天皇5年11月20日のことで、「使いを四方の国に遣わして、金光明経・仁王経を説かしむ」とあります。

 天武・持統期には、金光明経がとりわけ重視されたようです(松本信道「天武・持統朝の護国経典の受容について」)。

 それはなぜなのでしょうか?

 国を揺るがす壬申の乱後に即位された第四十代天武天皇は、神道儀礼を整備され、伊勢神宮の斎宮制度を確立され、式年遷宮を定められたほか、一世一度の大嘗祭を斎行されました。

 その一方で、仏教を推進され、百済大寺を遷立して、高市大寺と改称され、皇后(第四十一代持統天皇)の病気平癒祈願のために薬師寺建立を発願され、さらに金光明経を宮中などで講説・読誦させたのでした。病気平癒祈願がその目的のひとつとされます。

 つづく持統天皇は薬師寺を完成させて、勅願寺とされました。そして先帝のために内裏で営まれたのが金光明経斎会(さいえ)でした。金光明最勝王経(唐の義浄による金光明経の漢訳)を講ずる法会(ほうえ)です。

 みずから出家され、僧形となられた最初の天皇は第四十五代聖武天皇ですが、聖武天皇もまた金光明経に注目された天皇でした。

 聖武天皇の治世は、自然災害が多発し、疫病が流行した時代でした。天皇は諸社に奉幣されて神々に祈り、大赦を実施されて罪人を放免しました。

 他方、深く仏教に帰依され、盂蘭盆(うらぼん)供養を宮中行事とされ、金光明経を写経して全国に弘通し、国分寺建立、東大寺盧遮那仏(るしゃなぶつ)建立の詔を発せられました。

 つづく第四十六代孝謙天皇(重祚して第四十八代称徳天皇)の場合は、たいへん興味深いことに、その宣命(せんみょう)において、神祇と三宝の順位が逆転し、とくに金光明経が重んじられていることが指摘されています。内親王時代から何度も写経され、座右の経典とされていたというのです(勝浦令子『日本古代の僧尼と社会』)。

 政治的な転換期、災害が多発する混乱期に、天皇が金光明経に重きを置き、みずからの指針とされていたことが理解されるのですが、それならどのような内容の経典なのでしょうか?


▽ 世の悪業を黙視してはならない

 壬生台舜大正大学名誉教授が翻訳された『金光明経』を読んでみます。

 冒頭の「序品(じょほん)」以下、31の「品」から構成されるなかで、もっとも注目されるのは「王法正論(おうぼうしょうろん)品・第二十」です。

 人王たるものが国を治め、衆生を安養し、長く王位にとどまるためには、治国の要諦たる王法正論が必要だから、説いてほしいという求めに応じて、世尊(お釈迦様)が説明していくという内容になっています。

 壬生先生の解説を参考にすると、世尊は次のように説明しています。

 なぜ天子というのか、なぜ人間に生まれて人主となり、天上では天王となりうるのか、それは先の善業の力によって天に生じて王となることができ、人中においては人主となるのである。人世にあっても尊勝のゆえに天と名付けられ、諸天が護持するから天子と名付けられる。悲報悪業を滅除すれば天上に生ずることもできる。

 だから人王たるものは世の悪業を黙視してはならない。もし悪を放置すれば、国内は乱れ、怨敵に侵入され、国土は破壊され、富は失われ、天災地変が頻発し、日食・月食が起こり、五穀は実らず、飢饉となり、戦乱が起こり、疫病が流行する。

 そして、国を治むるに正法をもってし、たとい王位を失っても、生命に危害が及ぼうとも、悪法を行ずるなかれ、善をもって衆生を教化せよ、そうすれば国土は安寧を得る、と世尊は説いています。

 善をなせと教えるだけではなく、悪を認めてはならないと世尊は教え、悪政には天罰が下り、悲惨な結末を迎えると警告したのです。

 古来、「天皇に私なし」とされ、天皇は天変地異や乱世で人々が苦しむのを憂い、あまつさえ日食・月食をも災いとし、ひたすら民に心を寄せられ、しばしばご自身の不徳を責められました。なぜそうされたのか、仏教的にも説明できることが理解されます。

タグ:天皇・皇室
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安保法案の議論はなぜ深まらないのか──朝日新聞の社説を読んで思うこと [朝日新聞]

以下は斎藤吉久メールマガジンからの転載です


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 安保法案の議論はなぜ深まらないのか
 ──朝日新聞の社説を読んで思うこと
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 安全保障関連法案(平和安全法制関連法案)の国会審議が最終段階を迎えた。野党は激しく抵抗しているが、よほどのことがない限り、法案は今日中に成立するだろう。

 日本の安全保障政策をめぐる、歴史的な転換点だが、それに見合う、十分な審議が尽くされたのかどうか、大いに疑問が残る。

 試みに朝日新聞の社説を読んでみると、その理由が浮かび上がってくる。

 この数か月、何度も社説のテーマとしてきた朝日だが、この15日からは、以下のように、連日、欠かさず取り上げている。

 15日 安保法案 民意無視の採決やめよ
 16日 安保公聴会 国会は国民の声を聴け
 17日 「違憲立法」採決へ 憲法を憲法でなくするのか
 18日 安保法案、採決強行 日本の安全に資するのか

 今日の社説では、法案の違憲性だけではないとし、「新たな法制で日本はより安全になるのか」と踏み込み、「そこに深刻な疑問がある」と指摘している。

 まさに仰せの通り、問題の核心はそこなのだが、一読者としては、社説が展開する論理にもまた「深刻な疑問がある」と感じざるを得ないのである。


▽ 国際的環境の劇的な変化

 世間のおおかたの議論は、いみじくも朝日新聞が「違憲立法」と呼んでいるように、違憲性の議論にとどまっているから、「それだけではない」と、より深く本質に切り込もうとする朝日の姿勢はさすがである。

 憲法を字面通りに解釈するなら、自衛隊の存在はむろんのこと、法案に反対する憲法学者たちが所属する大学に、もし私学だとすれば、公費を支出することもまた違憲なのだが、実際は違憲論者は一部にとどまる。現実を見定めることによって、あるいは周辺環境の大きな変化に伴って、法的解釈と運用は当然、変わってくる。

 重要なことは、憲法解釈・運用の前提となる、日本の平和と安全をめぐる、「戦後」と呼ばれてきた時代の国際環境の劇的な変化であり、したがって、それに呼応した軍事的・外交的対応の的確性こそが議論されるべきだと思う。ところが、社説の議論は、前提となる環境の変化を見定めていないように見える。

 社説は軍事的な抑止力だけでは不十分で、地域の緊張を緩和させる外交的努力が欠かせないと訴えている。そんなことは当たり前のことで、問題は、社説が指摘しているように、「中国の軍拡や海洋進出」という現実的な環境の変化に対して、日本が「どう向き合うか」である。

 社説は「抑止偏重の法案だけで対応できない」「南シナ海に自衛隊を派遣したとしても解決しない」「日中関係のカギは『共生』だ」「協力の好循環だ」と訴えるだけで、現実離れした青っぽさを禁じ得ない。


▽ 憲法9条ではなく前文

 与野党の対立もそうだが、メディアも含めて、議論が深まらないのは、問題意識が共有されていないからではないか?

 朝日の社説は、戦後日本の安全と地域の安定は「憲法9条がもたらした安全保障」と言い切っている。しかし、そうではないと思う。現実を見定めない「9条」第一主義は、同時に現実への対応を誤らせることになると思う。

 問題は「9条」ではなく、日本国憲法前文である。

 前文は、「日本国民は、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と謳っている。戦後日本の「安全と生存」は「諸国民の公正と信義」に立脚してきた。

 実際、この70年、世界のどこかで戦争の狂気はつねに繰り返されてきたが、東西の冷戦構造の狭間で、奇跡的に、日本は悲惨な戦争を直接、体験することを免れてきた。朝日の社説が主張するように、9条によって守られてきたのではない。

 ところがいまや、憲法前文の「諸国民の公正と信義」という、平和の大前提が崩れている。社説が取り上げる「中国の軍拡や海洋進出」だけではない。要するに、ヤルタ・ポツダム体制が崩壊したのである。

 けれども、その時代認識が共有されていない。混乱の原因はそこにあるのだと思う。

 政府も、なぜいま安保法制なのかをきちんと説明していない。他方、集団的自衛権行使に賛成していたはずの民主党議員は議論の輪に加わろうとしない。

 当然、国会審議は迷走し、理性ぬきの政局化は免れない。これで平和と安全は保てるだろうか?


▽ 覇権主義国家との「共生」は可能か

 朝日の社説は中国との「共生」を強調している。大賛成である。しかし、それなら相手国は日本との「共生」を求めているのだろうか? 相手が望まないのに、一方的な「共生」はあり得ない。逆に世界的な覇権を追求する国との「共生」は可能だろうか? 国際関係は関係論であって、1カ国の政策では決まりようがない。

 社説は、イラク戦争への自衛隊派遣について、日本政府が検証していないと指摘している。まったくその通りだと思う。しかしそれなら、議論を喚起すればいい。それがメディアの責任というものではないだろうか?

 社説は、「貧困、教育、感染症対策、紛争調整・仲介など、日本が役割を果たすべき地球的規模の課題は多い」と指摘している。これもその通りだと思う。しかしそれなら、そのように提言すればいいのである。

 ただ、そうした非軍事的な戦略によって「日本はより安全になるのか」どうかは、まさに社説が「新たな法制で日本はより安全になるのか」と問いかけ、「深刻な疑問がある」と疑いを示しているように、「深刻な疑問がある」。

 日本が敵対視せず、友好を呼びかけても、安保法制が成立したわけでもないのに、「抗日」戦争を戦い続けている国があるくらいである。

 首相が強調する「日本が戦争に巻き込まれることはあり得ない」「自衛隊のリスクは高まらない」を、社説が「新たな『安全神話』」と決めつけるのは自由だが、非軍事的な貢献が「安全」だと考えるのもまた「神話」ではないか?

 国の平和と安全は相手国次第なのであり、戦後日本の平和をもたらしてきた「諸国民の公正と信義」がすでに崩壊している以上、どうすれば国が保てるのか、国民の代表者たちにはそこを真剣に議論してほしかった。
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陛下のお見舞い──皇室の伝統がここにある [天皇・皇室]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です

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 陛下のお見舞い──皇室の伝統がここにある
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 今日も雨である。先週、記録的豪雨の被害を受けたばかりの被災地の人たちには、さぞ恨めしいことだろうと思う。

 大雨が東北・北海道を襲った翌日、陛下は、多数の行方不明者が発生していることに心を痛められ、以前から楽しみにされていたであろう、今日(17日)からの予定だった栃木県へのお出かけをお取りやめになった。関係機関が災害対策に専念できるようにとのお考えだった。

 また、側近を通じて、茨城・栃木両県の知事に対してお見舞いのお気持ちなどをお伝えになった。

 被災地へのお見舞いといえば、平成23年3月の東日本大震災でのビデオ・メッセージが思い出される。

 陛下は犠牲者へのお悔やみ、被災者などへのお見舞いとともに、災害対策に取り組んでいる関係者へのねぎらいのお気持ちを、宮内庁長官を通じて総理大臣にお伝えになり、数日後には国民に直接、語りかけられ、「分かち合い」の精神を訴えられるとともに、復興の先頭に立たれた。各県に金一封を賜り、幾度となく被災者のもとを訪れられ、直接、励まされた。

 しかし、それはけっして大震災だけにとどまるものではない。


▽ 頻発する自然災害

 宮内庁のHPには、陛下の「災害等へのお見舞い」が載っている。21年以後だけを見ても、以下のように、毎年、台風、地震、大雪、噴火のたびに繰り返されている。

 21年7月 中国・九州北部豪雨
 21年8月 台風9号
 23年3月 東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)
 23年11月 前年11月からの大雪等
 23年8月 前月の新潟・福島豪雨
 23年9月 台風12号
 24年3月 前年11月からの大雪等
 24年5月 竜巻
 24年7月 九州北部豪雨
 25年3月 大雪等
 25年10月 台風26号
 26年4月 大雪等
 26年8月 広島県の大雨等
 26年10月 御嶽山の噴火
 26年11月 長野県神城断層地震
 27年3月 大雪等
 27年5月 口永良部島からの島民の避難
 27年9月 台風18号


▽ 民の苦しみはわが苦しみ

 22年以外、毎年、お見舞いがあり、23年、26年は4回を数えた。今年は早くも三度のお見舞いを賜っている。それだけ日本列島は自然災害が多いうえに、近年、とくに頻発しているということであろう。

 現代では防災技術が進歩しているから、災害の規模は以前ほどではないかもしれないが、たとえ被災者が1人であったとしても、陛下のご心痛は変わらないだろう。

 災害に苦しむ民にご仁慈を示されるのは今上陛下だけではない。つねに民に心を寄せられてきたのが古来、皇室の伝統なのである。

 その伝統は、宗教的な精神ともいうべきものである。民の命はわが命であり、民の苦しみはわが苦しみとお考えになり、民が苦しむのは自分に徳がないからだと歴代の天皇はご自身を責められたのである。

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