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「伝統」とは何かを、まず伝統主義者が理解すること ──あらためて女性差別撤廃委員会騒動について [女帝論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


 今回の国連女性差別撤廃委勧告騒動をめぐる日本側の反応について、あらためて考えたいと思う。


▽1 小林よしのり氏「差別に決まっている」

 漫画家の小林よしのり氏は、「(皇位継承の)男系男子限定は女性差別に決まっている」と決めつけている。

 小林氏はその根拠を説明し、明治の典憲体制づくりに深く関わった井上毅を引き合いに出し、井上が女系論を潰したと解説している。

 なるほど明治の典範制定過程では女帝容認論が少なくなかったのは事実だし、それが井上らによって最終的に否定されたのも事実であろう。

 けれども、その事実は今回の問題とは無関係である。

 国連機関の見解案は旧典範ではなくて、現行の皇室典範を問題にしているからである。小林氏の論点はずれている。

 ただ、所詮は原稿用紙数枚程度のブログである。小林氏にとってみれば、言い尽くせないところがあるのかも知れない。


▽2 茂木健一郎氏「典範改正は将来、必要かも」

 脳学者の茂木健一郎氏は、皇室典範の男系継承主義と男女平等原則は「論理的に独立である」とさすがに冷静である。

 しかし、「皇室の安泰の視点から、女性宮家を認め、そこでお生まれになった男子に皇位継承を認める皇室典範の改正は、近い将来に必要になるかもしれないと私は考える」というご主張は何の説明もなく、意味が分からない。

「皇室の安泰」はもっともであるが、そのことを誰よりも強く願ってきたはずの皇室自身が「皇家の家法」として古来、固持されてきたのが男系継承なのであろう。

 むろん「近い将来」を考えることも重要である。だが、その前に、なぜ男系継承が守られてきたのか、をまず探求すべきではないのだろうか。

 単に「皇室の安泰」が目的なら、明治人は「皇男子孫の継承」を憲法に明記することはなかっただろう。ましてや過去の歴史にない「女性宮家」を創設し、皇室の伝統を破る目的は何だろうか。

 茂木氏は何をもって天皇のお役目だとお考えなのだろう。憲法の国事行為をなさり、ご公務をお務めになる立憲君主が天皇だというのであれば、男性だろうが女性だろうが問題はないだろうけれど、そのようにお考えなのだろうか。


▽3 中田宏氏「余計なお世話」

 前衆議院議員の中田宏氏は、やはりみずからのブログで、「余計なお世話」と突き放している。

 いわく、「男系男子に皇位継承されることは日本の歴史や伝統が背景にあって、差別を目的とするものではありません」。小林氏とは異なり、安倍総理の姿勢を支持している。

 そのうえで、安倍総理に対して、「女系・女性天皇について……日本国内でもおかしな方向に行かないように、いまだからこそこの議論にも手を付けるべきだ」と勧めている。

 中田氏は一夫多妻の国があることやローマ教皇が男性であることをあげて、「きちんとした見識もないまま人の国の文化・歴史・伝統に勝手に踏み込むと余計なお世話だと言われざるを得ません」と断じている。

 もともと、古代の日本から歴史的に形成されてきた皇位継承の男系主義を、現代人類社会の普遍的原理としての男女同権主義をもって、云々するところに無理があると私は思う。中田氏の意見はもっともであり、いまこそ議論すべきだという主張も同意できる。

 だが、であればなおのこと、「余計なお世話」では済まないのではないか。


▽4 竹田恒泰氏「理由などどうでもよい」

 その点、竹田恒泰氏に私は期待したのである。

 竹田氏の場合、お三方とは少し異なり、天皇=「祭り主」と理解する伝統的立場に立っている。皇室の歴史と伝統を十分に踏まえたうえで、なぜ男系男子継承なのか、を説明しうる立場におられると思う。

 それで見つけたのが前回、取り上げたコラムだった。

 ところが、期待に反して、竹田氏は「理由などどうでもよい」と回答を拒否している。これでは中田氏のように「余計なお世話」と反発するのと大差がない。

「歴史と伝統」を楯に突き放し、「文句を言うのは文句を言う相手に非がある」と言わんばかりに原因を転嫁するなら、開き直りとしか見えないだろう。

 きちんとした説明がなければ、正しい理解に導き、納得させ、批判者を理解者に転換することはできない。逆に「差別」を認めたと受け止められ、さらなる反発を呼び、敵を増やすことにならないか。

 こちらの「歴史と伝統」を相手が「きちんとした見識」(中田氏)をもって理解してくれるとは限らないし、現代の普遍的原理にどっぷりと浸かっている人たちの方がはるかに多いのである。

 他者を理解させるには、自分がより深く理解することが先決である。伝統主義者たちは、何が「伝統」なのか、わが祖先たちが何を「伝統」として選択してきたのか、を読み直す必要があるのではないか。

タグ:女帝論
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「理由はどうでもよい」では済まされない ──竹田恒泰氏の女帝否認論を読む [竹田恒泰天皇論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


 当メルマガのコメント欄に匿名の書き込みがある。堂々と名乗りを上げての意見でもなく、単にリンクを張っただけだが、「なぜ男系継承でなくてはならないか」という見出しに興味を持った。

 そうなのである。「なぜ男系継承なのか」と発問し、きちんと説明してくれる識者がなかなか見当たらないのである。

 だから、その結果として、先般の国連女性差別撤廃委員会勧告騒動のようなゴタゴタが起きるのだと私は考える。


▽1 説明を放棄している

 リンク先はある神社のサイトに載った竹田恒泰氏の皇室論の第3回だった。いつごろの執筆かは分からない。

 問題関心を共有できる筆者にやっと出会えた喜びで、期待を膨らませて読んでみたが、正直、裏切られた。

 竹田氏は「なぜ」と問いかけたものの、その直後、「もはや理由などどうでもよい」と論理的に説明することを放棄してしまっている。

 現代人にとって、男女平等は普遍的な原理である。だから男系男子に限られている皇位継承は女性差別となり、男女に関わりのない長子継承に変えるべきだという主張もされるのである。

 そんなことは竹田氏にとって先刻承知だろうし、読者としては竹田氏の知識と見識に期待が高まるはずだ。

 ところが、竹田氏は、「経験と知識に基づいて成立してきたものは、存在理由を言語で説明できない」「特定の理論に基づいて成立したのではない」「天皇そのものが理屈で説明できない」と問題を投げ出している。


▽2 古いものに価値がある

 竹田氏は歴史的事実の重みを強調する。

「理論よりも前に、存在する事実がある。男系継承の原理は古から変更されることなく、現在まで貫徹されてきた。これを重く捉えなくてはいけない」

 古くから続いてきたものには価値がある。だから「もはや理由などどうでもよい」「特定の目的のために作られたものよりも、深く、複雑な存在理由が秘められていると考えなくてはいけない」というわけである。

 つまり、「理由がない」のではなくて「考えつかない」ということだろうか。

 古いものに価値がある、長く続いてきたものには重要な意味がある、というのは認められる。しかしだからといって、存在理由を探求することを放棄してしまっては、「差別」の烙印を押されても仕方がないだろう。

 知的探求をみずから停止する開き直りとさえ映る。

 なぜそうなってしまうのだろうか。探求の仕方に問題があるのかもしれない。


▽3 「王朝」による支配

 竹田氏は皇位の「男系継承」について説明し、性別の問題ではなくて、「家の領域の問題」だと述べる。

 つまり、いくつかの王朝が興亡交替するのではなく、皇室という1つの「王朝」によって日本という国が古来、一貫して統治されてきたという歴史である。

 過去に女性天皇は存在したが、女性天皇の子孫に皇位が継承される歴史はなかった。

 イギリス王室なら、女王が王位を継承すれば、そのあとは王朝が変わり、父方の王朝名を名乗る。そのようにして王制は続いてきた。

 だが、日本はそうではない。

 小嶋和司東北大学教授(憲法学。故人)は、皇族身分を取得する条件が異なることを指摘している。

 ゲルマン法体系によれば、(1)父および母が王族であること、(2)父母の正式婚姻の子であること、が要求される。生まれてくる子に王位継承資格が否定される、民間女性との婚姻は許されない。

 だから、王統に属さないシンプソン夫人との結婚を選んだエドワード8世は退位のやむなきに至ったのである。

 けれども日本では、母方には皇族性を求めない代わりに、父系の皇族性が厳格に要求される。ここに女性天皇認否の核心があると小嶋先生は説明するのだが、なぜそうなのか。


▽4 男性を締め出す制度

 竹田氏は、その質問に答える代わりに、男系継承が女性蔑視ではないことを解説する。

 いわく、皇室は民間出身の女性を后妃として受け入れてきたけれども、内親王・女王と結婚した民間男性が皇族となった歴史はない。つまり「女性を締め出すのではなく、男性を締め出す制度」だというのである。

 なるほど、日本では、民間の女性でも婚姻によって、皇族となり、皇后となって、天皇と同様に「陛下」とも尊称される。さらに、現行皇室典範によれば、天皇に代わって国事行為を行う摂政ともなり得る。これは差別とは言いがたい。

 けれども、こうした竹田氏の説明はやはり舌足らずである。

「男性を締め出す」のは皇室という王朝の支配原理が重要だからだろう。

 ところが、この王朝の原理がなかなか理解されない。小嶋教授が述べているように、明治の典範は臣籍出身の后妃をも「皇族」とし、皇位継承資格者としての「皇族」と待遇身分としての「皇族」とを混同させたからだ。

 竹田氏も同様に混同していると思われる。

 民間女性が婚姻によって皇族となるのは、あくまで「皇族待遇」に過ぎないのであって、皇位継承資格者としての「皇族」ではないのである。


▽5 天皇のお役目は何か

 竹田氏は「男系継承の原理は簡単に言語で説明できるものではないが、この原理を守ってきた日本が、世界で最も長く王朝を維持し現在に至ることは事実だ。……何でも好き勝手に変えてよいということはない」とコラムを締めくくっている。

 だが、単に皇室制度が長く続いてきたというのでなくて、どういう制度として続いてきたのか、が重要なのではないか。

 天皇とはどういう存在として、何をお役目として続いてきたのか、そのことと男系継承とはいかなる関係にあるのか、が合理的に説明されていない。その結果、「女性差別」という議論が続いているのではないだろうか。

 価値判断の物差しが異なる異文化圏の人々にはなおのこと、理解できないだろう。

 自分たちの物差しで「差別」と断じる人たちの言説が受け入れがたいのは当然だが、竹田氏のように「天皇弥栄」を唱える側の皇室研究の不十分さが誤解や曲解を野放しにし、拡大されている可能性はないかと憂えるのである。

 竹田氏が言い切るように、「理由などどうでもよい」では済まされないのである。


▽6 夫や乳幼児のいる女性天皇はいない

 竹田氏はコラム・シリーズの「第2回 『女帝』とは何か」で、「なぜ天皇は男性であることが原則なのだろうか」と問いかけ、「日本の天皇は『祭り主』であり、権威的存在であるため」と説明し、「宗教的権威を男性に限り、男系によって継承する考え方は、世界の宗教の常識であり、特別変わった考え方ではない」と擁護している。

 問題はここである。なぜ「祭り主」ならば男性に限られるのか、である。女性天皇も存在したのに、男系継承が固持されたのはなぜだろうか。

 3つのポイントを指摘したい。

 1つは、「女性が皇位に就くと、生涯未亡人、もしくは未婚を貫かなければならない不文律があった」と竹田氏が指摘しているように、皇配がおられる女性天皇、皇子を子育て中の女性天皇は日本の歴史には存在しないことである。

 女性が皇位を継承できなかったのではなく、夫や乳幼児のいる女性による皇位継承が認められなかった。それは女性差別とはいえないと思うが、なぜそうだったのか。


▽7 「無私」のお立場ゆえに

 2番目は、竹田氏は、ローマ教皇、ダライ・ラマなど男性の宗教的権威の継承を例示しているが、日本の天皇との際だった違いがある。それは「天皇、即位したまわんときにはすべて天神地祇祭れ」(養老令)とされたのみならず、仏教の外護者となり、近代の皇室はキリスト教の社会事業を支援されたことである。

 天皇はローマ教皇やダライ・ラマ法王とは異なり、特定宗教の「祭り主」ではないのであった。まさに「天皇無私」なのである。

 3番目は、天皇は古来、「祭り主」とされたが、近代には立憲君主となり、大元帥ともされた。戦後、天皇は軍服を脱がれたが、今日、政府・宮内庁は天皇が「祭り主」であるというお立場を公的に認めていない。祭祀はあくまで「私的行為」である。

 憲法の国事行為を行い、ご公務をなさる天皇ならば、男性でも女性でも何の問題もないだろう。けれども、「すべて天神地祇祭れ」とされる「祭り主」なればこそ、「無私」のお立場を貫くため、独身もしくは寡婦を貫かざるを得ない。しかしそのことを内親王殿下に要求申し上げるのはしのびない。

 これは「差別」だろうか。私はむしろ逆だと思う。

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深まらない皇室論議 ──国連女子差別撤廃委員会騒動をめぐって [女帝論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


 皇位継承をめぐる議論が、いつまで経っても深まらないように見える。なぜだろうか?


▽1 突如、盛り込まれた見直し勧告

 報道によると、国連女子差別撤廃委員会なる機関が、「皇位は男系の男子が継承する」と定め、女子の継承を認めていない皇室典範について、見直しを求める内容の最終見解を今月7日に発表しようとしていたという。

 2月に行われた委員会の審査会合では、皇室典範は議題にもならなかった。ところが、3月上旬に示された見解案で、突如、盛り込まれたらしい。

 最終見解案は、「委員会は既存の差別的な規定に関するこれまでの勧告に対応がされていないことを遺憾に思う」と前置きしたうえで、「とくに懸念を有している」ポイントとして、「皇室典範に男系男子の皇族のみに皇位継承権が継承されるとの規定を有している」ことを挙げた。

 そしてさらに、母方の系統に天皇を持つ女系の女子にも「皇位継承が可能となるよう皇室典範を改正すべきだ」と女系継承容認までも勧告していたというのである。

 これに対して、日本政府はジュネーブ代表部公使が同委員会副委員長に面会し、「女子差別を目的としていない」「審査で取り上げられていない内容を最終見解に盛り込むのは手続き上、問題がある」などと抗議し、最終的に該当部分は削除されたと伝えられる。

 反論しなければ、そのまま掲載されるという切羽詰まった状況だったらしい。

 その一両日後、メディアは、外務省関係者への取材で事実関係が判明した、と報道したのだった。


▽2 リークしたのは誰か?

 国連の一機関が文明の根幹に関わる、わが国固有の皇位継承問題に口を挟むこと自体異様で、その経緯も怪しげだ。政府の対応は当然だが、所詮、終わった話である。

 それがなぜ明るみに出ることになったのだろう。

 ニュースになれば、議論はぶり返される。最終見解に盛り込めず唇をかんだ人たちには、逆転打となり得る。逆転を狙ってリークした人物がいるということだろうか?

 国連の委員会は、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(1981年発効。85年に日本批准)の履行を監視するため、国連人権委員会が設置する組織らしい。

 同委員会委員長は、2008年1月から委員に就任してきた林陽子弁護士で、2015年2月から2年間、委員長の職にあるという。

 林氏は、長年、女性問題に取り組み、『女性差別撤廃条約と私たち』などの著作もある。夫婦別姓制度導入にも熱心らしい。

 まさか委員長直々の情報提供だろうか?


▽3 さっそく反応した小林よしのり氏

 邪推はほどほどにしよう。問題は、男系男子による皇位継承制度と両性の平等に関する議論である。

 案の定、さっそく女帝容認論者が反応した。

 漫画家の小林よしのり氏は自身のブログで、「女性差別ではない」という安倍首相の主張は「無知ゆえの弁解」と一刀両断にしている。

 小林氏の「男系男子限定は女性差別に決まっている。日本の伝統でも何でもない」という批判は単純明快だが、冷静な検討を要する。

 小林氏はまず、明治の典憲体制づくりに深く関わった井上毅を引用している。

「井上毅が『男を尊び、女を卑しむの慣習、人民の脳髄を支配する我国において、女帝を立て皇婿を置くの不可なるは、多弁を費やすを要せざるべし』と主張して、女系論を潰した」というのである。

 これは私が理解するのと事実関係が異なる。

 明治の憲法制定作業に伴って、「不文の大法」とされた「皇位継承」が明文化されることになったとき、女系容認論も根強かったが、井上は猛反対し、反対意見書「?具意見」を書いた。

 反対意見書には井上の政敵であるはずの嚶鳴社の島田三郎と沼間守一の女帝反対論が引用され、女系継承否認の論拠とされた。

 小林氏のいうように「井上が主張」ではなくて、嚶鳴社の論客の主張ということではなかろうか。もし私に間違いがあるなら、「無知」だと切り捨てずに、ご指摘いただきたい。


▽4 女性差別なのか

 一般に、女帝問題には大きな誤解があると思う。

 歴史を顧みれば、8人10代の女性天皇が存在したことは多くの人は知っている。けれども、すべて独身または寡婦であって、皇配がおられる女性天皇、皇子を子育て中の女性天皇は日本の歴史には存在しない。

 女性が皇位を継承できなかったのではなく、夫や乳幼児のいる女性による皇位継承が認められなかったのである。

 それは直ちに女性差別というべきなのだろうか?

 明治の典範制定過程において、島田三郎は論じている。男女同権の時代に男系に固執するのは時代に反するという議論があるのに対して、島田は、日本の皇統史に存在する女帝と海外の女帝とは異なる。古来、日本の女帝は登極ののち、独身を保たれたが、道理人情にかなう制度ではない。採用すべきではない、と主張したのだが、これは女性差別であろうか?


▽5 戦後憲法が抱える矛盾か

 戦後の憲法では、明治の時代とは異なり、皇室典範は1法律という立場になった。そして、憲法の規定は「皇位は皇男子が継承」から「世襲」と変わったが、典範第1条は旧皇室典範と同様、男系男子による皇位継承を定めている。

 現行憲法は第24条で両性の本質的平等を定めているが、小林氏が主張するように、「男系男子限定は女性差別に決まっている」とすれば、憲法は最初から大きな矛盾を内部に抱えていることになるだろう。

 しかし、むろんそうではない。

 小嶋和司東北大学教授(憲法学。故人)が指摘しているように、およそ天皇制や皇位の世襲制は平等原則の例外であって、そもそも平等原則を持ち出すのは合理的ではないからだ。平等原則を第一に追求するのなら、憲法第一章は破棄されなければならないだろう。


▽6 茂木健一郎氏が指摘した「危険」

 その意味では、脳科学者の茂木健一郎氏が、Facebookで「皇室典範と、男女の平等は、関係ない」「論理的に独立」であり、「1つの認知的錯誤だと考える」と主張するのはまったく正しいと思う。

 しかし、茂木氏の主張が注目されるのはそこではない。茂木氏によれば、国連の動きに反発する日本人のなかにも「認知的錯誤」があるというのである。

 つまり、皇室典範擁護者には男女平等推進に消極的な人がいる。

「『皇室典範は人権などの普遍的価値とは無関係』であると特に言及せずに無視することであり、国連のあり方や国際的な情勢に対する反発に結びつけることは危険である」というのである。

 たしかに、そういう人たちはいるだろう。だから、誤解されるのである。

 けれども、もっと「危険」なのは、なぜ皇位が男系男子によって継承されてきたのか、を合理的に説明する努力を、保守派の人々が怠ってきたことではないのか?

 安倍首相は国会で、「今回のような事案が二度と発生しないよう、日本の歴史や文化について正しい認識を持つよう(各機関に)あらゆる機会を捉えて働きかけていく」と述べたが、「日本の歴史や文化」だけでは「差別の歴史や文化」と誤解されかねない。

 妻であり、母である女性天皇はなぜ認められないできたのか、を解明し、説明されるべきだと思う。そうでないと「認知的錯誤」は続くだろう。


▽7 明治人が女帝を否認した理由

 さて、小林氏がこう指摘している。

「(安倍首相は)今後、世界に『男系継承は女性差別ではない、日本の伝統だ』と説得して回るという。そんなことをしたら実は女系継承を認めるしか、皇室の弥栄はないと判明した時に、大変なことになる。日本は伝統を壊したと誤解されてしまう」

 つまり、皇統の危機を迎えて、男系男子継承に固執することは得策ではないし、逆効果だとの主張であろう。

 だとすると、明治人はまことに愚かな選択をしたことにならないか?

 小嶋教授が指摘したように、憲法草案起草当時、女帝認否問題は「火急の件」だった。明治天皇に皇男子はなく、皇族男子は遠系の4親王家にしかおられなかったからだ。しかも、4親王家の存続も問われていた。

 もし4親王家の皇族性が否認されれば、女帝を認めるほかはない。そこまでいかなくても、遠系男子と近系女子のいずれを選ぶのか、迫られていた。

 しかし結局、女帝は否認された。いや女帝が否認されたのではない。女系継承が容認されれば、王朝が交替し、万世一系の皇統が保てないと判断されたのだ。

 この明治人の判断は誤りだったのだろうか?


▽8 天皇とは何か

 そもそも天皇とは何をなさる方なのだろうか?

 首相を任命し、国会を召集するという国事行為をなさる方なのか。被災地に出かけ、国民と親しく交わり、励まされることだろうか。諸外国を訪問され、国際親善を深められることだろうか?

 もしそうだとしたら、皇族女子が皇位を継承しても、夫がいても、子育て中でも、べつに問題はないだろう。

 女帝が認められないとしたのは、天皇のお役目が別のところにあると考えられてきたからだろう。

 それなら、天皇のお務めとは何か、天皇とは何か、がいまこそ究明されるべきなのではないか?

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