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「オモテ」「オク」のトップが仕掛け人だった!? ──窪田順正氏が解く「生前退位」の謎 [退位問題]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2016.8.31)からの転載です


 社会に出てすぐ、月刊総合情報誌の編集記者になりました。どこの媒体にも載っていないスクープ記事で全ページを埋め尽くすのが雑誌のコンセプトで、編集業務の最初のステップは新聞・テレビの情報を鵜呑みにせず、裏読みすることでした。

 以来、情報を疑うことが習い性となりました。

 ニュースの多くは中央官庁の記者クラブに垂れ流しされる発表ネタを二次加工したものですから、まともに受け取る方がおかしい。独自取材によるスクープならまだしも、意図的なリークを臭わせる特ダネならなおのことです。

 前回の読売新聞による「女性宮家」創設スクープにしても、今回のNHKによる「生前退位」報道にしても、納得できないものを感じるのは、当時からの勘が働くからです。


▽1 問題意識に答えるリポート

 前々回、陛下の「生前退位」論議には5つの問題がある、と指摘しましたが、私の問題意識に答えてくれるリポートにようやく巡り会うことができました。

 ノンフィクション・ライター窪田順生氏による「宮内庁の完全勝利!?天皇陛下『お気持ち』表明の舞台裏」(DOL特別レポート。2016年8月26日〈http://diamond.jp/articles/-/99848〉)です。

 窪田氏は大胆にも、「宮内庁が仕掛けた、巧妙な情報戦であった可能性が浮かび上がってくる」と指摘しています。

 つまり、陛下みずから率先して「お気持ち」を表明されたというのではなくて、宮内庁幹部が工作した結果であり、側近らが一連の「生前退位」論議の仕掛け人だったということになります。少なくとも「お気持ち」表明までは宮内庁の完勝である、と窪田氏は結論づけています。

 窪田氏のリポートは、5つの謎のうち、(1)歴史にない「生前退位」(「譲位」「退位」ではない)を言い出したのは誰か、(2)NHKにリークしたのは誰か、その目的は何か、(3)なぜ、どのようにしてお言葉が発せられることになったのか、の3つについて、事実は何だったのか、大きな示唆を与えてくれます。

 同時に、窪田氏も同様らしいのは残念ですが、陛下の「お気持ち」が「生前退位」にあるという既成事実化によってどんどん先走りする議論に、慎重さを求めるものといえます。


▽2 「駆け引き」に長けた高級官僚

 窪田氏の分析を要約すると、以下のようになります。

1、(常識論的理解への疑念)NHKの「生前退位」スクープ以後、宮内庁は内部関係者のリークを全否定し、抑え込もうとしたが、やがて陛下に押し切られるように「お気持ち」の表明となった。この場当たり的で、陛下を晒し者にする広報対応は「悪手」と見て取れる。けれども「生前退位」という陛下のお気持ちを国民に届けるという目的遂行からすれば、まったく逆に、かなり練り込まれた「戦略的広報」だといえる。宮内庁は高度な世論形成を行っている。

2、(「生前退位」報道の仕掛け人)「オク」(侍従職)のリークと信じる人が多いようだが、毎日新聞の続報によると、「オモテ」2人と「オク」2人、それに皇室制度に詳しいOB1人による「4+1」会合で、制度的検討が進められてきた。「オモテ」と「オク」のトップが一丸となって「お気持ち」を世に出すことを検討していたとする報道の信憑性は高い。宮内庁がNHKに抗議していないことからすると、NHKのスクープを仕掛けたのはほかならぬ「4+1」会合である可能性がある。NHKと宮内庁が「裏で握ったスクープ」だったのではないか。

3、(宮内庁トップが描いたシナリオ)一連の流れには随所に官僚らしい計算が込められている。NHKが報道し、宮内庁が否定すれば「どっちが本当か」と国民の注目を集めることができ、陛下に「お気持ち」を表明していただく名目が立つ。NHKのスクープから宮内庁の全否定、陛下の「お気持ち」表明は「4+1」会合が描いたシナリオではないか。

4、(マスコミを利用した理由)「お気持ち」表明が目的なら、まどろっこしいプロセスは不要で、「正面突破」的戦略で足りると首をかしげる人がいるかも知れない。だが、国民的議論が起きていないなかで宮内庁が陛下に、皇室典範改正を示唆するような政治的発言を促すことはあり得ない。幹部が陛下のお考えを慮って代弁することもできない。

5、(正攻法では議論は困難)国民も官邸も納得する形で、陛下が「お気持ち」を表明できる状況を作り出すには、報道機関にスクープさせ、これを形式的に否定し、「真実を知りたいという国民の求めに応じる」という大義名分のもとで、陛下ご自身に「お気持ち」を表明していただくことである。手練れの高級官僚ならではの「情報戦」である。

6、(官邸と宮内庁)メディアを手駒にして「情報戦」を繰り広げる一連の動きは、「天皇・皇后両陛下と皇族方の健康維持は国民の願いで何より優先すべき課題」(風岡長官)と言い切る宮内庁が、皇室典範に消極的な安倍政権に対して仕掛けた「緩やかな謀反」と見えなくもない。

 以上、要するに、窪田氏の謎解きの核心は、30年間、「駆け引き」に明け暮れてきた辣腕官僚こそが「生前退位」論議の仕掛け人だという1点に尽きます。


▽3 仕掛け人は「4+1」か

 そうだとして、謎はさらに深まります。まず、本当の仕掛け人は誰なのか、です。

 窪田氏は「4+1」会合が仕掛け人とみています。つまり現在の風岡体制ということですが、私は違うと思います。

 窪田氏も言及する毎日新聞の報道では、「5月半ばから、早朝に会合を行うなど活動が加速。生前退位に伴う手続きの検討」と伝えられています。この情報は風岡体制仕掛け人説を補強するものです。

 ところが、「週刊新潮」7月28日号によれば、平成21年に陛下と皇太子殿下、秋篠宮殿下による3者会談が設けられ、24年2月に心臓手術を受けられ、3月に東日本大震災一周年追悼式にご臨席になったころから、陛下は「天皇としての任を果たせないのならば」と3者会談で漏らされるようになり、6月に風岡長官が就任すると3者会談が定例化し、長官もオブザーバーとして同席するようになったとされています。

 とすれば、風岡体制から1代遡って、羽毛田長官、風岡次長、川島裕侍従長、佐藤正宏侍従次長の時代からすでに動きが始まっていたと見なければなりません。

 24年といえば、陛下の手術と前後して、いわゆる「女性宮家」創設に関する有識者ヒアリングが2月に始まりました。「女性宮家」検討担当内閣官房参与に就任したのは、小泉内閣時代の皇室典範有識者会議で座長代理だった園部逸夫元最高裁判事で、キーパーソンとされました。また、前年暮れに「女性宮家」創設を著書で明確に提案したのは、渡邉允前侍従長(宮内庁参与)でした。

 園部氏はつい最近、新聞インタビューで「天皇といえども人です。……人道主義の観点が必要です」と「生前退位」に賛意を示しています。

 仕掛け人を現在の「4+1」に限定しなければならない理由はどこにもありません。デザインする人と実行する人が同じである必要もありません。

 NHKのスクープは「陛下が天皇の位を生前に皇太子さまに譲る『生前退位』の意向を宮内庁の関係者に示されていることが分かりました」でした。この「宮内庁関係者」はデザイナー自身なのかどうか。


▽4 陛下の本当の「お気持ち」

 次に、「生前退位」が陛下の「お気持ち」とされている点について、考えてみます。陛下の本当の「お気持ち」とは何か、です。そのことは、なぜ「巧妙な情報戦」が仕掛けられたのか、宮内庁当局者たちの戦略を明らかにすることにもつながります。

 窪田氏は「『生前退位』という陛下のお気持ち」に一片の疑いも抱いてはいないようです。最初に陛下の「生前退位」のお気持ちがあり、宮内庁トップは「お気持ち」を国民に届けるためにひたすら知恵を絞った高度なライフハックだったというわけです。

 これではまるで美談のようにも聞こえますが、そうなのでしょうか。

 もともと「生前退位」なる言葉はありません。昭和13年から終戦の年まで、帝国学士院が編纂・刊行した『帝室制度史』にも、戦後、宮内庁書陵部が編纂した『皇室制度史料』にも、「譲位」とあるだけです。

 左翼用語とは決め付けられないまでも、国会審議では30数年前、すなわち昭和天皇の晩年に野党議員が使用したのが最初です。そのことは前回、お話ししました。いまと状況が似ていることも指摘しました。

 けれども、国会で野党議員から「生前退位の検討をしたことがあるか」と質問され、答弁に立った宮内庁幹部は「退位を認めないことが望ましい」「臨時代行で対処できるから典範改正は不要」と否定しただけでなく、「生前退位」という表現すら避けています。いまとは逆です。

 宮内庁の姿勢が一変したのは、終戦60年、平成17年6月のサイパン島御訪問のようです。宮内庁内部から「生前退位」検討の動きが始まったらしいのです。「週刊現代」は、御訪問が閣議決定されたが、強行スケジュールはご高齢の陛下にはかなりのご負担なので、と説明しています(同誌2005年5月21日号)。

 折しも小泉内閣時代、皇室典範有識者会議が開かれているから、「即位」と「退位」の両方について明記すべきではないかという声があると伝えられています。

 宮内庁内部のこの動きが10数年来、ずっと続いているのだとすると、「生前退位」論議はけっして陛下のお気持ちが出発点ではないことになります。陛下のお気持ちと宮内官僚の「生前退位」論には一致しないのであり、今回の1件は陛下のお気持ちを国民に伝えるため、当局者が知恵を絞り、仕掛けたのではなくて、もっと別の動きだという可能性があります。


▽5 「生前退位」ではなく「ご公務のあり方」

 7月13日のNHKのスクープは「天皇陛下『生前退位』の意向示される」でした。

 なぜNHKは「譲位」ではなく、「生前退位」と伝えたのでしょうか。陛下は「生前退位」と表現し、関係者にお気持ちを示されたのでしょうか。なぜスクープはこのタイミングだったのでしょうか。

 まず一点目です。陛下は「生前退位」とはおっしゃっていないのではないでしょうか。

 8月8日のお言葉にはむろん「生前退位」はありません。陛下は「天皇もまた高齢となった場合、どのようなあり方が望ましいか」を問いかけられたのでした。

 身体の衰えから象徴としてのお務めを果たしていくことが難しくなるのではないかと案じられ、一方で、国事行為や公的行為の縮小、摂政を置くことにも疑問を投げかけられ、また、ご大喪関連行事が長期にわたって続くことにも懸念を示されたうえで、象徴天皇の務めが安定的に続くことを念じられました。

 これをNHKは「生前退位の意向が強くにじむ」と伝えていますが、単純すぎるのではないでしょうか。「譲位」のお気持ちがあるとしても、それはあくまでお気持ちの一部なのだろうと私は考えます。

 その意味では、菅官房長官が「ご公務のあり方について、引き続き、考えていくべきものだと思う」と述べているのは正しいと思います。

 つまり片言隻句を捉え、先走って拡大解釈し、歴史に前例のない「生前退位」表明と表現した人物がいるのです。それは宮内庁関係者なのか、それともNHKなのか。

「生前退位」のご意向と報道されれば、それが先入観念となり、現行制度の改革、皇室典範改正が必要だという議論に発展することは必至で、実際、世論はそのように誘導されています。

 窪田氏が分析したように、仕組んだのが宮内庁トップだとすれば、彼らの意図は陛下のお気持ちを国民に伝えるというより、「女性宮家」論議のあと、すっかり下火になっていた皇室典範改正論議に再度、火を付けることにあったのだろうと私は強く疑っています。そして、仕掛けは首尾良く成功し、宮内庁当局者は「完勝」したのです。


▽6 むしろ長期政権への期待か

 それなら、なぜいまなのか。

 なかには参院選で自民党が大勝したのを見て、陛下が改憲阻止に動いたなどと深読みする人もいますが、あり得ないでしょう。むしろ百戦錬磨の官僚たちが長期政権化の兆しを見せる安倍内閣にすり寄り、挑戦的に制度改革への期待をかけたとみるべきでしょう。

 風岡宮内庁長官はお言葉のあと、「(陛下は)今後の天皇のあり方について、個人としての心情をお話になられた」と説明しています。

 長官はさらに、「(陛下は)去年からお気持ちを公にすることがふさわしいのではないかとお考えだった」とも説明しました。どうやら陛下は、昨年からお気持ちを国民にみずから示すことを希望されていたようです。

 なぜ「昨年から」なのでしょう。

 たぶん皇太子殿下の年齢を考慮されたのでしょう。昨年2月、殿下は55歳となられました。ちょうど陛下が即位された年齢です。「象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ」(お言葉)られればこそのタイミングでしょう。

 陛下はそこまで追い詰められているということだろうと拝察します。


▽7 「陛下vs宮内庁」の微妙な関係

 戦後の歴史を振り返ると、日本国憲法施行とともに皇室典範は一般法となり、皇室令はすべて廃止されましたが、これらに代わる法体系はいまもほとんどありません。たとえば、登極令、皇室服喪令、皇室喪儀令、皇室陵墓令に代わるものがない。このため前回の御代替わりは泥縄に終始したのです。

 戦後の象徴天皇制度は昭和天皇と今上陛下が身をもって築かれてきたというより、国民および国民の代表者たちの不作為と怠慢以外の何ものでもありません。だからこそ陛下は国民に問いかけているのです。

 象徴天皇制度がそもそも法的に未整備なら、ご在位20年のあと開始されたご公務ご負担削減策に明確な基準があるはずもありません。しかも陛下は皇室の伝統と憲法の規定の両方を追い求めておられるのに、当局者は憲法第一主義に走り、その結果、祭祀のお出ましばかりが激減したのです。

 窪田氏のリポートは最後に「官邸vs宮内庁」の対立構造を示していますが、むしろ見定めるべきなのは、宮中祭祀とご公務をめぐる「陛下vs宮内庁」の微妙な関係なのではありませんか。

 女系継承容認の皇室典範改正にもご公務ご負担軽減にも失敗した宮内庁当局者は、安倍政権と対立するどころか、陛下のお気持ちを利用し、「生前退位」報道に素直に誘導される世論を味方に付けたうえで、問題を官邸に丸投げして、結果的に皇室典範改正の果実を得ようと仕掛けたのだと私は想像します。そして安倍政権は「生前退位」実現程度でお茶を濁すわけにはいかなくなったのです。

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過去3回、国会で審議された「生前退位」 ──30年前、宮内庁は譲位を容認しなかった [退位問題]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2016.8.28)からの転載です


 この世を長く生きてきたご老体を侮ってはならないとつくづく思った。

 御年80の元参議院議員・平野貞夫氏が、国会で過去に3回、「生前退位」について議論したことがあると誌上座談会で指摘している(「週刊ポスト」2016年9月2日号〈http://www.news-postseven.com/archives/20160824_440504.html〉)。

「マスコミの皆さんは不勉強で知らない人が多いですが、生前退位の話は、昭和天皇崩御より前の昭和59年に、国会の内閣委員会で議論したことがあるんですよ。実際には、これまで3回議論されている。そういった経緯があるわけだから、今になって陛下にああいうことを言わせたら気の毒なんですよ」

 国会議事録で検索すると、なるほど以下の3件がヒットする。

(1)昭和58年3月18日参議院予算委員会

(2)昭和59年4月17日参議院内閣委員会

(3)平成4年4月7日参議院内閣委員会

 いずれも参議院での議論だった。


▽1 皇室典範改正は「デマ」

(1)は、江田五月議員(社民連)が、ウォーターゲート事件、ロッキード事件に触れつつ、当時、「生前退位」問題が話題になっていることを取り上げ、皇室典範改正の可能性を法制局にただそうとしたのだった。

「皇室典範を改めて、皇位の継承を天皇の生前退位によってもできるようにして、そして恩赦を適用して何とか救おうというようなことがいろいろ世上取りざたされておりますが、まず皇室典範、これは国会で改正することができるものであるのかどうかということを、これは法制局になりますか、伺います」

 これに対し、法制局を制して答弁したのは中曽根康弘首相で、「不謹慎なデマだ」と完全否定している。

「いま皇室典範を改正して云々という言葉がありましたが、私はそういうデマに政治家がだまかされてはいかぬと思います。それは非常に不謹慎なデマだと思うのです。事皇室、日本の象徴である皇室に関することについて、いまのようなことを結びつけるということは私は非常に心外であります。そのことだけをまず申し上げて法制局長官から答弁させます」

 この答弁に、江田議員は「いいです。デマであるということをはっきりさせていただければそれで結構です」と応じ、これで質疑応答は終わっている。

 かつて若き日に、同じ国会(昭和27年1月31日衆院予算委)で、「もし天皇が御みずからの御意思で御退位あそばされるなら」と質問し、吉田首相から「非国民」と撃退された中曽根氏だが、のちに自身が首相になると、風見鶏の面目躍如というべきか、皇室典範改正の論議それ自体を封じたのだった。

 蛇足ながら、新聞記事では、私が知るかぎり、「生前退位」に言及した初例は、「朝日新聞」昭和62年12月15日夕刊の皇室関連記事だが、国会ではその5年前、野党議員の質問に登場していた。ただ、政府答弁では「生前退位」の表現は避けられた。


▽2 今日と異なる宮内庁の姿勢

(2)は、ほかならぬ平野氏が座談会で取り上げた国会審議で、この日は皇室経済法の一部改正が議題だった。

 最初に質問に立ったのが公明党の太田淳夫議員で、内廷費・皇族費の改定問題について、山本悟宮内庁次長(のち侍従長)らとのやりとりがあったあと、まさに今日と同様、昭和天皇がご高齢のなか、激務をこなされている現実をあぶり出し、「生前退位」の提案が出ていることを指摘したうえで、宮内庁の考え方を問いかけている。

「天皇陛下も御高齢であられますし、皇太子殿下も銀婚式を迎えられたわけです。満五十歳を超えられていますが、そのためかどうかあれですが、一部には天皇の生前退位ということも考えてはどうかという声もあるわけですけれども、宮内庁としてはこれはどのように考えてみえますか。検討されたことがございますか」

 これに対する山本次長の答弁はじつに興味深い。

 山本氏は、昭和天皇はたいへんお元気である。皇室典範は退位の規定を持たない。天皇の地位を安定させるためには退位を認めないことが望ましいと承知している。摂政、国事行為の臨時代行で対処できるから宮内庁としては皇室典範を再考する考えはない、というのである。今日の議論とは真逆なのだ。


▽3 「天皇の地位安定のため退位を認めず」

 議事録を正確に引用すれば、以下の通りである。

「御指摘のとおり、いろいろな御意見を伺う機会はあるわけでございますが、先ほど来申し上げますように、現在、陛下は御高齢ではいらっしゃっても非常にお元気に御公務をお務めあそばしていられるわけでございます。

 現行の皇室典範は、御指摘のとおりに、生前の退位というものについての規定を全く置かない。置かないということは、制定当時からその制度をとっていないということを申していいのだろうと思います。

 この現行の皇室典範が制定されます際にいろいろな場において議論がされているようでございますが、制定いたしました趣旨としては、退位を認めると歴史上見られたような上皇とか法皇とかいったような存在がでてきてそれが弊害を生ずるおそれがあるのではないか。歴史から見るといろいろな批判があり得たわけでありまして、こういったことは避けた方がいいということが一つ。それから、そういった制度があれば必ずしも天皇の自由意思に基づかないで退位の強制ということがあり得る可能性もないとは言えない。これも歴史の示すところだと思います。それから三番目には、逆に今度は天皇が恣意的に退位をすることができるということになるとそれもまたいかがなものか。こういったようないろいろな観点からの論議がございまして、典範制定当時、そういった制度は置かないということになったと存じております。

 結局、ねらったところは、天皇の地位を純粋に安定させることがいいのだ、それが望ましいというような意味から退位の制度を認めなかったというように承知をいたしているわけでございまして、こういったような皇室典範制定当時の経緯を踏まえて、かつまた身体の疾患または事故等がある場合には現在でも摂政なりあるいは国事行為の臨時代行なりというような制度によりまして十分対処ができるわけでありますので、現在、宮内庁といたしましてこの皇室典範の基本原則に再考を加えるというような考えは持っていないところでございます」


▽4 宮内庁の方向転換の理由は?

 この山本答弁によって分かるのは、今日、「宮内庁関係者」のリークを起点として、皇室典範改正を訴える議論が盛んに展開されているけれども、当時の宮内庁は、退位容認=皇室典範改正の可能性を完全否定し、もっぱら「国事行為臨時代行法による代行の適用」(太田議員)で足りると考えていたことである。「生前退位」という表現も避けられている。

 とすると、それから30余年、宮内庁がいまや、女系継承容認=「女性宮家」創設も含めて、方針を180度転換させたように見えるのはどうしたことなのか。

 陛下の「生前退位」のお気持ちが出発点だから、宮内庁が皇室典範改正にシフトすることは十分、大義名分が立つ、ということだろうか。

 しかし、世上、伝えられているのとは異なり、「生前退位」が陛下のご意向ではなく、宮内庁当局者の発案だったのだとしたら、説明にはならない。

 宮内庁当局は方向転換の理由を、納得のいくよう十分に説明する必要があるだろう。

 いみじくも「週刊ポスト」の座談会で、平野貞夫氏はさらにこう指摘し、「生前退位」をスクープしたNHKの報道姿勢を批判している。

「今回のことで私が問題視しているのは、NHKが勝手に『陛下の意思は生前退位だ』と限定して、それを実行しろと報道していることです。これは大問題です。

 皇室典範で両院議長と総理、最高裁長官などで構成すると規定された皇室会議でまず議論すべきなのに、それを差し置いて、NHKが国権の最高機関であるかのようにふるまっている」

「陛下の意向をNHKに伝えた人間がいて、NHKもそれを切り札に議論をショートカットしようとしている。しかし、天皇は政治に関与してはいけないわけで、陛下のお気持ちは切り離して、国民が自律的、理性的に判断しなければ国民主権とは言えない」

 平野氏はNHKを批判しているが、問われているのは報道したNHKではなくて、意図的に「生前退位」をリークしたと思われる「宮内庁関係者」ではないだろうか。いや、戦後70年、象徴天皇のあり方を真剣に考えてこなかった平野氏ら政治家の責任こそが問われているのではないのか。


▽5 退位が認められない3つの理由

(3)は、平成になってからの審議である。この日のテーマは予算だったが、時あたかも江沢民が中国共産党中央委総書記として初来日した翌日で、午前中は日本の侵略と賠償、請求権問題、天皇の訪中問題などが議題となった。

 午後になり、質問に立ったのが社会党の三石久江議員で、宮尾盤宮内庁次長との間で、加藤紘一内閣官房長官をも交えて、質疑応答が展開された。

 三石議員は単刀直入に、「天皇の生前退位の問題について伺います」と切り出し、歴史上、譲位された天皇がしばしばおられるのに、なぜ認めなくしたのか、と質問している。

 これに対して宮尾次長は、3つの理由があると答弁している。

「これも現在の皇室典範制定当時いろいろな考え方があったようでございますけれども、その制定当時、退位を認めない方がいいではないか、こういうことで、制度づくりをしたときの考え方といたしましては三つほど大きな理由があるわけでございます。

 一つは、退位ということを認めますと、これは日本の歴史上いろいろなことがあったわけでございますが、例えば上皇とか法皇というような存在が出てまいりましていろいろな弊害を生ずるおそれがあるということが第一点。

 それから第二点目は、必ずしも天皇の自由意思に基づかない退位の強制というようなことが場合によったらあり得る可能性があるということ。

 それから第三点目は、天皇が恣意的に退位をなさるというのも、象徴たる天皇、現在の象徴天皇、こういう立場から考えまして、そういう恣意的な退位というものはいかがなものであろうかということが考えられるということ、これが第三番目の点。こういったことなどが挙げられておりまして、天皇の地位を安定させることが望ましいという見地から、退位の制度は認めないということにざれたというふうに承知をいたしております。

 以上でございます」


▽6 誰が「生前退位」といわせているのか?

 三石議員はさらに責め立てる。つまり、「生前退位」は歴史的伝統のはずだが、伝統重視を掲げつつ、現代の国民意識を基準に否認するのは矛盾だと指摘するのだった。

「ただいまの御答弁は、天皇の地位が日本国民の象徴であるという新憲法の趣旨にそぐわない、また生前退位にはいろいろな弊害があるので、伝統として生前退位はあったけれども、現代の国民意識から認めるわけにはいかないということだと思うんです。

 この生前退位は、横田耕一氏の法律時報によりますと、百十三人の天皇のうち六十三人、実に五二・五%なのです。立派に伝統的制度ですが、現代の国民意識のもとでは認められないということのようです。このように皇位継承に関して伝統を重んじるとはいいながら、時代の道徳的判断あるいは趨勢に応じて、あるいは道徳的にも受け入れられない伝統は、現行の皇室典範では外されてきたわけです」

 これに対する宮尾次長の反論が聞きたいところだが、三石議員は話題を男系主義に転じてしまう。それはそれでまた興味深いのだが、今日のテーマとは異なるし、長くなるので、残念だが触れない。

 簡単にいえば、当時の宮内庁の見解では、憲法が定める「皇位の世襲」は男系男子による継承と解釈されていた。宮内庁が女系継承容認へと踏み出すのは、宮尾次長退任後、鎌倉節長官の登場を待ってのことといわれる。女系継承容認=「女性宮家」創設論の浮上が転換点であることは間違いないと思う。

 30年前、宮内庁は退位を制度的に否認し、「生前退位」なる表現をも避けていた。その宮内庁内で、10数年前、「生前退位」検討の動きが生まれたとする報道もあるが、そうだとして、陛下ご自身が「生前退位」のご意向を示されたとされるのは、どう見ても不自然だと思う。

 つまり誰かが「生前退位」と表現させていると考えるほかはない。いったい誰が、何のために?

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これは「生前退位」問題ではない ──陛下のビデオ・メッセージを読んで [退位問題]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2016.8.17)からの転載です


 遅ればせながらですが、今月8日に発表された、陛下のお言葉をあらためて読んでみたいと思います。

 結論から先にいえば、これは巷間伝えられているような、「生前退位」の表明ではないと私は考えます。

 それはお言葉のなかに「生前退位」なる表現がどこにも見当たらないからではありません。制度上の制約を考えれば、「生前退位」の表明などあるはずもないのですが、もともと陛下のお気持ちはほかにあるのだと私は考えます。

 いみじくもお言葉は「象徴としてのお務めについての」と題されています。高齢化社会という現実を踏まえたうえで、「象徴天皇」のあり方について、国民が主権者であるならば、主権者の立場において、国民に深く考えてほしいというのがお気持ちなのでしょう。

 憲法上の制約をわきまえつつ、「個人として」という異例とも思える表現を用いながら、国民に対して呼びかけられたのは、それだけ強い思いがおありなのでしょう。

 それはここ数年の問題というより、戦後70年の「象徴天皇」制度のあり方そのものに対する国民への、じつに率直な問いかけなのだろうと思います。


▽1 歴代3位のご長寿

 議論の前提は「高齢化」です。「天皇もまた高齢となった場合、どのようなあり方が望ましいか」と、陛下は問いかけておられます。

 歴史を振り返ると、推古天皇以後、宝算70歳を超えてご長命なのは12人おられ、そのなかで82歳の今上陛下は、昭和天皇(87歳)、後水尾天皇(84歳)に次いで、歴代3位となられました。

 多くの天皇は若くして退位なさっているため、70歳を超えてなお皇位にあるのは、古代の推古天皇、光仁天皇のほか、昭和天皇、今上天皇のお二方のみであり、75歳を超えられたのは昭和天皇と今上陛下だけです。

 天皇の高齢化はきわめて現代的な現象だということが分かります。明治以後の終身在位制度が重くのしかかっているのと同時に、近代以降の「行動する」天皇のあり方に大きな要因があると考えられます。

 装束を召され、神々の前に端座される祭り主であるだけでなく、洋装し、ときに軍服に身を包むこととなった近代天皇の原理は行動主義です。この原理に立つとき、いずれ否応なしに立ちはだかるのが、ご健康・高齢化問題です。

 実際、「2度の外科手術」をも経験され、お年を召された陛下は、「次第に進む身体の衰えを考慮する時,これまでのように,全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが,難しくなるのではないかと案じて」おられます。


▽2 行動主義

 陛下は「日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましいあり方を、日々模索しつつ過ごしてきた」と仰せです。

 お言葉によれば、天皇のご公務とは、「国事行為」および「象徴的行為」のほか、「伝統」です。「伝統」とはすなわち宮中祭祀でしょうが、慎重な陛下は「祭祀」とは表現されませんでした。

 政府・宮内庁の考えでは、祭祀は「皇室の私事」であり、ご公務として扱われません。

 しかし陛下は「天皇の務めとして,何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来」られたのでした。そしてそのことが重要なのです。

 まず国事行為があるという憲法第一主義ではなくて、「国平らかに、民安かれ」という古来の祭祀の精神に立ち、祈りの延長上に、憲法上の務めがあると陛下はお考えのようです。政府・宮内庁の理解とは異なり、皇室の伝統と憲法の規定とはけっして対立しません。

 今上陛下が皇后陛下とともに、地方を訪ね、国民と親しく交わられることを「大切なもの」とされたのは、祈りが出発点だからでしょう。

 しかし政府・宮内庁による、行動主義に立つ象徴天皇制は、天皇の高齢化という現実に対して、行動主義的ご公務のご負担軽減どころか、皇室の「伝統」に強烈な圧迫を加えたのでした。

 それが昭和の悪しき先例にもとづく、平成の祭祀簡略化でした。陛下の問いかけはこのとき始まったのでしょう。


▽3 祈りの精神

 国事行為ほかご公務を、「限りなく縮小していくことには無理があろう」と陛下はお考えです。

 実際、御在位20年を過ぎて実施された宮内庁のご負担軽減策にもかかわらず、ご公務は逆に増え続けていったことは、当メルマガの読者なら周知のことでしょう。逆に文字通り激減したのは、皇室の伝統たる祭祀のお出ましでした。

 行動主義に立ち、地方へのお出かけや国民との交わりを重視するなら、ご公務はむしろ永遠に拡大し続けるのが宿命です。A県にお出かけになって、B県にはお出ましにならないというのは、民が信じるすべての神々を祀るという祈りの精神に反します。

 選択肢としては摂政を置くという考え方もありますが、陛下は疑問を投げかけました。お言葉では「求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません」と踏み込まれました。

 陛下は、実際に象徴としての務めを十分に果たせる者がその地位にあるべきだとお考えであることは間違いないようです。

 しかしそれは直ちに「生前退位」の表明であるとはいえないでしょう。

 日本国憲法も皇室典範も想定していない「高齢化」という現実を前に、天皇の「あり方」を問題提起しておられるのだと思います。


▽4 戦後の国民主権が問われている

 陛下は続けて、御代替わりの諸儀式にも触れられました。「社会が停滞し,国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます」と語られました。

 ずいぶん衝撃的ですが、さもありなんです。

 昭和から平成への御代替わりのとき、政府は準備らしい準備をしていなかったと聞きます。泥縄的に識者の意見などが参考にされましたが、結局、国家主義華やかなりし大正から昭和への御代替わりがモデルとされました。

 祭祀に造詣の深かったといわれる高松宮宣仁親王は、とくに大嘗祭について、「大嘗宮は要らない。神嘉殿で足りる」というお考えだったようですが、昭和の先例が踏襲され、大がかりな大嘗宮が造営されました。

 英知を結集し、時間をかけて、現代に相応しい制度作りができなかったからです。

 明治の時代は、宮務法の頂点に立つ皇室典範の制定から約20年後に皇室祭祀令が裁定されたほか、皇室法の体系が順次、整備されました。

 しかし戦後は皇室典範自体が一般法となり、皇室令はすべて廃止され、もっとも重要な皇位継承でさえ抽象的な規定しかなく、原理原則を失ったまま、何十年もの時間が空費されました。政府・宮内庁が正式に御代替わりの準備を始めたのは昭和63年夏でした。

 平成になってからも同様です。朝日新聞は、陛下のお言葉を受け、翌日の社説で、「政治の側が重ねてきた不作為と怠慢」を指摘し、とくに安倍内閣の消極性を批判していますが、ものごとをけっして矮小化すべきではないと思います。

 問われているのは、個々の内閣の取り組みではなくて、明文法的基準を失った戦後70年の象徴天皇制のあり方そのものではないでしょうか。不作為と怠慢は、主権者たる国民とその代表者すべてに帰せられるべきでしょう。

 むろん天皇・皇族のお出ましをイベント・ビジネスに利用してきたメディアもまた、追及を免れることはできないでしょう。


▽5 誘導される世論

 前回、「生前退位」論議には、以下の4つの問題があると申し上げました。

(1)「退位」「譲位」と異なる「生前退位」は、いつ、誰が、なぜ言い出したのか?

(2)NHKのスクープをリークした「宮内庁関係者」の目的は何か?

(3)陛下の本当のお気持ちはどこにあるのか?

(4)「生前退位」実現には皇室典範改正など何が求められるのか?

 スクープ以後の議論がもっぱら(4)に集中している歪さも指摘しましたが、今回、謎がもうひとつ増えました。

 すなわち、(5)陛下のお言葉が発せられるようになった理由は何か、です。

 すでに指摘したように、陛下のお気持ちは「生前退位」ではないと思います。陛下のお気持ちを、「生前退位」と意図的に表現したうえで、メディアにリークした「宮内庁関係者」がいるということでしょう。

 そのことと、陛下みずから語られることになったこととは、いかなる関係にあるのでしょうか。

 メディアの議論は、お言葉以後もなお、「生前退位」に集中しています。日経の世論調査では、「生前退位」を「認めるべきだ」がじつに89%に達したと伝えられています。

 陛下のお気持ち表明にもかかわらず、これとは別に、「生前退位」の創作者によって世論は誘導され続けています。

 今上陛下が「生前退位」したとしても、陛下の問題提起は何ら解決されないのです。



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誰が「生前退位」なる新語を創作したのか ──ビデオメッセージの前に指摘したいこと [退位問題]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2016.8.8)からの転載です


 NHKなどの報道によれば、天皇陛下は今日の午後、ビデオメッセージの形で、「象徴天皇」としてのお務めについての「お気持ち」「お考え」を表明されると宮内庁が発表したと伝えられています。

 いわゆる「生前退位」という表現など、直接的にご意向を表明されることは避けられるとされ、陛下の「お気持ち」を受けて、安倍総理は政府としての受け止め方を示し、衆参両院議長もコメントを発表するようです。今上陛下に限って退位を可能にする特別立法案が政府内で浮上してきたともいわれます。

 午後になれば、陛下のご意向は明らかになり、政府の対応も具体的に動き出すのでしょうが、その前にどうしても指摘しておきたいことがあります。

 それはいつ、誰が、何の目的で、「生前退位」なる新語を造語したのかという謎です。

 少なくとも国語辞典をひもといても「生前退位」はありません。小学館の『日本国語大辞典』第2版(2001年)にも岩波の『広辞苑』第6版(2008年)にもありません。『広辞苑』には「生前行為」「生前処分」「生前葬」があるだけです。

「退位」「譲位」なら古来の皇室用語として知られています。それをあえて「生前退位」と表現するからには、それらとは別の意味を込めたい誰かが、新語として造語したものと推測されます。それは誰なのか。「退位」とは何がどう異なるのか。そこに問題の真相が隠されているのでしょう。


▽1 4つの問題

 一連の「生前退位」報道には、4つの問題があると思われます。

 1つは、ほかでもない、この「生前退位」なる新語の創作者は誰か、です。

 報道では、陛下が「憲法に定められた象徴としての務めを十分に果たせる者が天皇の位にあるべきだ」とお考えで、そのため「生前退位」のご意向を「宮内庁関係者」に示されたと伝えられていますが、私は大いに疑問を感じています。

 御即位20年の記者会見で、憲法が定める「象徴」という地位についての質問を受けた陛下は、「長い天皇の歴史に思いを致し,国民の上を思い,象徴として望ましい天皇の在り方を求めつつ,今日まで過ごしてきました」とお答えになりました。

 だとすれば、「長い天皇の歴史」にない「生前退位」なる新語を創作されるはずはありません。陛下が「生前退位」のお気持ちを示されたのではなくて、陛下のお気持ちを「生前退位」と表現した誰かがいるのです。

 2つ目は、従って、陛下の「ご意向」の中身は何か、陛下はほんとうは何をお考えなのか、です。

 報道は、「宮内庁関係者」という匿名者による二次情報に過ぎません。「ご意向」は「関係者」の都合に合わせてデフォルメされているのではないかと私は疑っています。

 陛下に直接確認できないのが皇室報道の宿命ですが、明日になれば、「お気持ち」は明らかになります。すでに「生前退位」には言及なさらないと伝えられていますが、さもありなんではないでしょうか。

 3つ目は、メディアにリークした「宮内庁関係者」は誰か、です。

 皇位継承という国家の最重要案件について、しかも政治的にきわめて微妙な問題を、公式ルートを外れて、何の目的で、外部に漏らしたのか、です。お気持ちを素直に伝達するのではなくて、ほかの目的で錦の御旗を必要とする関係者が間違いなく庁内にいるということでしょう。

 4つ目は「生前退位」の実現には何が必要で、どんな困難があり、実現ののちに何が起きるのか、です。

 しかし、これについては、もはや説明が不要なくらい情報があふれています。マスメディアはもっぱらこのテーマを追究するばかりで、他の3つにはまるで関心がないかのようにさえ私には見えます。これも不思議です。


▽2 宮内庁の造語か

 すでに書いたように、国会図書館の蔵書検索で「生前退位」を調べると、3件がヒットします。いずれもごく最近の雑誌記事で、うち2件は2013年に「生前退位」したローマ教皇ベネディクト16世に関するものです。

 しかし、たとえば「Newsweek」は原文の「retire」を「生前退位」と翻訳しています。BBCなどは「resign」と表現していますが、なぜこれを「生前退位」と和訳しなければならないのか、不明です。バチカン放送局(日本語)は「引退」と伝えています。

 聞き慣れない「生前退位」を用いるのには、何かお手本があるのでしょうか。

 国会図書館の検索エンジンによると、もっとも古いのは、「週刊現代」2005年5月21日号に載った「宮内庁『天皇生前退位』“計画”の背景」で、記事によれば、陛下がご高齢であることから、「生前退位」検討の動きが宮内庁内に浮上していると職員が証言していると伝えられています。

 この記事によると、「生前退位」は、いま話題とされているような陛下のご意向ではなくて、むしろ宮内庁の意向であり、「生前退位」は宮内庁の造語であるとも読めます。

 もしそうだとすると、NHKほかメディアの報道は、恐ろしいことに、完全に国民をミスリードしていることになります。「ご意向」と聞けば、素直な国民は従うでしょう。NHKにスクープをもたらした「宮内庁関係者」は、いったい何をしたくて、錦の御旗を掲げ、情報をリークし、世論を誘導しようとするのでしょうか。


▽3 昭和天皇晩年の実例

 国会図書館の検索エンジンには大きな欠点があり、書籍名や雑誌記事のタイトルにキーワードが含まれていないとヒットしません。そこで新聞社のデータベースで、本文に「生前退位」を含む記事を調べることにします。すると新たな事実が判明します。

 まず朝日新聞の「聞蔵」です。

 昨年までの記事で、「生前退位」に言及しているのは、13件。ほとんどはローマ教皇に関する記事です。とすれば、バチカン関連のマスコミ用語が皇室用語に転化されたのかと思いきや、どうもそうではないのです。

 該当する記事は3本で、もっとも古いのは、昭和62(1987)年12月15日の夕刊に掲載された「天皇の国事行為ご復帰、ご自身が強く望まれる」と題する、岸田英夫編集委員による解説記事です。

 86歳で開腹手術を経験された昭和天皇に関する記事ですが、岸田氏は、宮内庁書陵部の話として、古代律令時代に天皇の権能を一時的に代行する「監国」制度があったが、実際は桓武天皇の時代に一度行われただけであること、ヨーロッパには国王の外国旅行中に職務を代行する「執政」(テンポラリー・エージェント)制度があったが、国王と皇太子が並んで職務を務めることはないことを説明し、昭和天皇の晩年、皇太子殿下とともに国事行為を分担した例はきわめて珍しい、と指摘しています。

 そのうえで、「天皇の入院・手術という『歴史的事件』は、皇室典範で『生前退位』が認められていない天皇の職務を、緩やかに皇太子に移していく結果を招いたといえる」と結んでいます。

 この記事によって、昭和天皇の晩年にまで「生前退位」が遡れることが分かるだけでなく、「生前退位」しなくても職務分担の実例がごく最近、あったということは「生前退位」を認める制度改革が必ずしも必要でないことをも示しています。

 現在の議論がいかに歪か、あらためて理解されます。


▽4 園部逸夫元最高裁判事の発言

 2本目は、平成16(2004)年12月19日の朝刊に載った、田中優子法政大学教授による『女性天皇論─象徴天皇制とニッポンの未来』(中野正志朝日新聞記者)の書評です。

 田中氏は「現在の天皇制はけっして伝統的ではない近代の制度であることが詳しく検証されている」と指摘し、「明治には、それまで慣例となっていた生前退位も否定した」と例示するのでした。

 しかし、明治以前には「生前退位」はなかったはずです。「退位」と同一視するのは、現行憲法第一主義、国民主権論に基づいて、近代の制度を否定し、新たな制度を打ち立てる、特別の意図でもあるのでしょうか。

 3本目は、「週刊朝日」平成26(2014)年8月22日号に掲載された、園部逸夫元最高裁判事と岩井克己元朝日新聞編集委員との対談「どうする皇室の将来 制度改革への壁と提言」です。

 そのなかで園部氏は、

「(陛下は)現実問題として、憲法に規定のない公務を山ほどこなしておられる。……両陛下にこれまでのようなご活動をお願いするのは申し訳ない思いもあります。最近、オランダ女王の譲位やローマ法王の生前退位も話題になりました。ご長寿でいていただくためにも何か制度的な対応を考えてさしあげてはとも思いますね」

 と語っています。

 いわゆる「女性宮家」創設論のキーマンとされた園部氏が、ローマ教皇を引き合いに、「生前退位」に言及しているところに、女系継承容認=「女性宮家」創設との関連性を想像するのは私だけでしょうか。

 私は、「生前退位」は陛下のご意向とは別のところで生まれた、という確信に近いものを感じます。


▽5 「週刊新潮」の報道

 読売新聞のヨミダスでは、昨年までの記事で「生前退位」に触れたのは7本で、うち6本はローマ教皇がらみ。日経の場合はわずか3本で、うち2本はシアヌーク国王「退位」の記事です。

 読売、日経の残る1本は、いずれも平成25(2013)年6月14日朝刊の記事で、宮内庁が「週刊新潮」の報道に抗議したというのがその内容です。

 同誌は同年6月20日号に、「『雅子妃』不適格で『悠仁親王』即位への道」なる4本立ての記事を載せ、このうち「『皇太子即位の後の退位』で皇室典範改正を打診した宮内庁」では、同年2月に風岡典之宮内庁長官が安倍総理に対して皇位継承制度をめぐる制度の改正を要請したと伝えています。

 具体的には「天皇がみずからの意思で生前に退位し、譲位することができる」「皇位継承を辞退できる」という条文を皇室典範に付記することを要望し、これを受けて内閣官房では密かに検討が進められているというのです。

 記事には、皇室ジャーナリストの神田秀一氏や元宮内庁職員の山下真司氏による、「生前退位」に言及したコメントも載っています。

 これに対して、内閣官房と宮内庁は異例にも連名で、「事実無根」と厳重抗議し、訂正を求めました。内閣官房長官も宮内庁長官も会見で報道を否定しています。

「週刊新潮」の記事は、宮内庁の要請内容について、天皇・皇后両陛下、皇太子・秋篠宮両殿下が「既に納得されている」とも記述し、宮内庁サイドはこれも否定しているのですが、そのことは「生前退位」が陛下のお気持ちではなく、別のところから生まれたのではないかという疑いをますます募らせます。


▽6 『広辞苑』に「生前退位」が載る日

 NHKのスクープでは、天皇たるものは憲法上の務めを十分に果たすべきであり、それがかなわぬならば皇位を譲るべきだという陛下の「お気持ち」が「生前退位」論のスタートラインと説明されています。

 けれども、「生前退位」に言及した報道をあらためて振り返ってみると、陛下の「お気持ち」より、むしろ当局者たちの熱意の方が私には強く感じられます。「お気持ち」に名を借りて、制度改革を進めようとする関係者が、「お気持ち」を漏らしたのが真相ではないか、と私は強く疑っています。

 そういえば、「女性宮家」創設を提起した当局者の問題意識は「皇室の御活動の安定的な維持」であり、「お気持ち」とされるものの中身と似ています。

 そして案の定、なりを潜めたはずの女系継承容認論=「女性宮家」創設論が息を吹き返してきました。そこにリークした関係者の意図があるのではないでしょうか。

 今日、陛下は何を語られるでしょうか。陛下のメッセージはやがて陛下の「お気持ち」を離れて、古来の天皇制や近代の天皇制とも異なる、日本の天皇制の歴史に大きな節目をもたらす制度改革を実現させるのかも知れません。

 そして、いずれ『広辞苑』にも「生前退位」の項目が付け加えられる日が来るのでしょう。いったいどんな説明が書き込まれるのでしょうか。

タグ:退位問題
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