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「皇室の御活動」維持が目的 ──「女性宮家」と表現しないヒアリング 1 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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「皇室の御活動」維持が目的
──「女性宮家」と表現しないヒアリング 1
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋です。一部に加筆修正があります。


第2章 有識者ヒアリングおよび「論点整理」を読む

第1節 「女性宮家」と表現しないヒアリング──皇籍離脱後も「御活動」は可能なのに


▽1 「皇室の御活動」維持が目的

koukyo01.gif
 平成24年2月、「皇室制度に関する有識者ヒアリング」、いわゆる「女性宮家」有識者ヒアリングが始まりました。

 公表された資料(「皇室制度に関する有識者ヒアリングの実施について」内閣官房皇室典範改正準備室)によれば、政府の問題意識は、

「現行の皇室典範の規定では、女性の皇族が皇族以外の方と婚姻された時は皇族の身分を離れることになっていることから、今後、皇室の御活動をどのように安定的に維持し、天皇皇后両陛下のご負担をどう軽減していくかが緊急性の高い課題となっている」(「ヒアリングを行う趣旨」)

 と説明されています〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/koushitsu/yushikisha.html〉。

 したがって、

「このため、各界の有識者の方々から、皇室の御活動の意義や、女性の皇族に皇族以外の方と婚姻された後も御活動を継続していただくとした場合の制度の在り方等について幅広くご意見を伺い、今後の制度検討の参考とする」

 というのが今回のヒアリングの目的です。

 指摘したいことが3点あります。

(1)原因と結果がつながらない非論理的な文章であること

(2)「女性宮家」という表現はどこにもないこと

(3)「今回の検討は緊急性の高い皇室の御活動の維持と女性皇族の問題に絞り、皇位継承問題とは切り離して行う」と念を押しされていること

 まず(1)ですが、女性皇族が皇籍離脱し、皇族が減少することと、両陛下の御公務ご負担問題とは別問題のはずです。両陛下の御公務と皇室の御活動もけっして同列ではありません。強引にこじつけて、大仰に皇室制度の問題と設定されているところに、問題の核心があるのでしょう。

(2)(3)についていえば、いわゆる「女性宮家」創設とは違うのか、というと、まったくそうではありません。「女性宮家」といわないところに意味があるのでしょう。皇位継承問題と無関係のはずもなく、「切り離し」は不可能です。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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ご負担軽減策以後増えた日本大使夫妻、外国要人の「お茶」 ──ご公務ご負担軽減を検討しなかった有識者会議? 5 [ご公務ご負担軽減]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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ご負担軽減策以後増えた日本大使夫妻、外国要人の「お茶」
──ご公務ご負担軽減を検討しなかった有識者会議? 5
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 前回は、ご公務ご負担策実施直前の平成19年、陛下74歳時の「お茶・茶会」を「ご日程」から拾い上げました。

 件数は33件で、平成3年の26件(有識者会議最終報告の「参考資料」)よりは増えましたが、27年の57件には及ばないことが分かりました。

 有識者会議最終報告の「参考資料」に「天皇陛下のご活動の概況および推移」が表示され、「行幸啓や茶会等の国民と接する御活動や外国ご訪問など全般に増加傾向」と説明されているのは誤りであって、正確には、「お茶・茶会」についていえば、ご負担軽減策にもかかわらず激増したというべきです。

 有識者会議最終報告は、昭和33年、昭和天皇57歳時および58年、82歳時。これと平成3年、今上陛下57歳時と27年、82歳時を比較し、昭和天皇と比べて今上天皇のご公務件数がいかに多いかを浮かび上がらせているのですが、そこがそもそも意図的に感じられます。

 ご負担軽減策にもかかわらず激増したということがはっきりすれば、会議の議論も変わっていたのではないでしょうか。


▽1 平成19年の「お茶・茶会」
御活動の概況と推移.png

 さて、今回は、例によって、対象者によって「お茶・茶会」を分類し、分析することにします。

〈1〉退官認証官 計2件(3年は4件。27年は2件)
 お茶(退職認証官)(宮殿) 2件[12月10日(月)天皇陛下。12月12日(水)天皇陛下]

 なぜ2日後にふたたび行われるのか、なぜ1日で終われないのか、私には分かりません。宮殿の大広間でも1度に集まりきれないほど、人数が多いのでしょうか。

〈2〉赴任・帰朝大使夫妻 計9件(3年は帰朝大使のみで3件。27年は帰朝大使夫妻10件、赴任大使夫妻7件の計17件)
 お茶(帰朝大使夫妻)(御所) 計9件[1月17日(水)天皇皇后両陛下(ベルギー,デンマーク兼リトアニア,スリランカ兼モルディブ,イスラエル)。1月22日(月)天皇皇后両陛下(バチカン,タンザニア,ポーランド,ジャマイカ兼バハマ兼ベリーズ)。1月29日(月)天皇皇后両陛下(フィンランド兼エストニア,ハンガリー,スーダン,ブルネイ)。2月9日(木)天皇皇后両陛下(軍縮会議日本政府代表部,エチオピア兼ジブチ,モロッコ,レバノン)。4月12日(木)天皇皇后両陛下(カナダ兼国際民間航空機関日本政府代表部,エジプト,エクアドル,チュニジア)。7月2日(月)天皇皇后両陛下(ニュージーランド兼サモア,ドミニカ共和国兼ハイチ,カンボジア,ホンジュラス)。7月18日(水)天皇皇后両陛下(ニカラグア,ノルウェー兼アイスランド,ガボン兼コンゴ共和国兼赤道ギニア兼サントメ・プリンシペ,ウルグアイ)。8月9日(木)天皇皇后両陛下(チリ,スウェーデン兼ラトビア,メキシコ,ウズベキスタン兼タジキスタン)。11月8日(木)天皇皇后両陛下(グアテマラ,マレーシア,オランダ,ミャンマー)。]

 帰朝大使夫妻の「お茶」が御所で行われるようになったのは、21年以後のご負担軽減策の結果ではないようです。

 毎週のように、4人の大使を夫人とともに御所に招くスタイルがご負担軽減策実施以後も変わらないのは、ご負担軽減策が及ばない聖域だからでしょうか。

 帰朝大使夫妻に加えて、赴任大使夫妻の「お茶」が行われるようになったのは、ご負担軽減策実施以後のようです。3年当時は赴任大使夫妻に対して、「拝謁」が宮殿で行われていました。19年も同様です。それが27年になると、「ご接見」「お茶」へと変わったようです。

 それはご負担を軽減することだったのでしょうか。毎週のように日程を組まずに、せめて月ごとにまとめられれば、ご負担は軽減されるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

〈3〉新任外国大使夫妻 計8件(3年は4件。27年は9件)
 お茶(新任外国大使夫妻)(宮殿) 計8件[1月18日(木)天皇皇后両陛下(エストニア,スーダン,スウェーデン,レソト)。5月16日(水)天皇皇后両陛下(コロンビア,ウルグアイ,トルコ,ウクライナ)。7月12日(木)天皇皇后両陛下(ペルー,アンゴラ,ラオス,ロシア)。10月11日(木)天皇皇后両陛下(ボリビア,大韓民国,ホンジュラス,ニュージーランド)。10月22日(月)天皇皇后両陛下(ガザフスタン,オーストリア,ギニア,コスタリカ)。11月28日(水)天皇皇后両陛下(ベナン,イスラエル,エジプト,ハンガリー)。12月14日(金)天皇皇后両陛下(ルクセンブルク,キューバ,ニカラグア,イエメン)。12月21日(金)天皇皇后両陛下(中華人民共和国,タジキスタン,ネパール,クウェート)。]

 新任外国大使夫妻の「お茶」は27年には宮殿から御所へ移りました。件数としてはご負担軽減策実施以後もほとんど変わりがありません。

〈4〉外国要人 計4件(3年は3件。27年は8件)
1 お茶(ニュージーランドマオリ王及び同王妃)(御所) 1件[1月22日(月)天皇皇后両陛下]
2 お茶(元アメリカ合衆国国務長官夫妻)(御所) 1件[3月26日(月)天皇皇后両陛下]
3 お茶(スウェーデン国王姉クリスティーナ殿下及び同夫君,他ご家族)(御所) 1件[4月9日(月)天皇皇后両陛下]
4 お茶(ヨルダン国ムナ王母殿下)(御所) 1件[6月1日(金)天皇皇后両陛下]

 外国要人の「お茶」もご負担軽減以後、逆に増えています。

〈5〉国内学術・芸術功労者 計8件(3年は6件。27年は8件)
1 お茶(日本芸術院第一部会員)(御所) 2件[2月22日(木)天皇皇后両陛下。11月29日(木)天皇皇后両陛下]
2 茶会(日本学士院本年度受賞者及び新会員等)(宮殿) 1件[6月11日(月)天皇皇后両陛下] 注、この日、茶会に先立ち、陛下は皇后陛下とともに、学士院会館での学士院第97回授賞式にご臨席になった
3 茶会(日本芸術院本年度受賞者及び新会員等)(宮殿) 1件[6月18日(月)天皇皇后両陛下] 注、この日、茶会に先立ち、陛下は皇后陛下とともに、芸術院会館での第63回芸術院授賞式にご臨席になった
4 お茶(新認定重要無形文化財保持者夫妻)(宮殿) 1件[9月6日(木)天皇皇后両陛下]
5 お茶(日本学士院第一部会員)(御所) 2件[10月3日(水)天皇皇后両陛下。10月10日(水)天皇皇后両陛下]
6 茶会(文化勲章受章者及び文化功労者)(宮殿) 1件[11月5日(月)天皇皇后両陛下]

 ご負担軽減策実施の前後でほとんど件数は変わりません。

 芸術院第1部会員や学士院第1部会員の「お茶」は年一度にまとめられれば、それだけご負担が減るように思われますが、できない理由があるのでしょうか。

〈6〉外国ご訪問関連 計2件(3年は3件。27年は2件)
1 茶会(外国ご訪問随員等)(宮殿) 1件[5月2日(水)天皇皇后両陛下] 注、この年5月に陛下は皇后陛下とともにヨーロッパ諸国を公式ご訪問になった。この日、「茶会」に先立ち、随員等の拝謁が行われた
2 茶会(外国ご訪問尽力者)(宮殿) 1件[6月13日(水)天皇皇后両陛下]

〈7〉その他 計0件(3年は1件。27年は計7件)

 3年には衆議院,参議院の役員の「拝謁・お茶」が宮殿でおこなわれ、27年には新旧警察庁長官や歌会始詠進歌選者の「お茶」が御所で行われましたが、19年にはいずれも行われていません。


▽2 有識者会議は議論すべきだった

 以上のことから、宮中祭祀のお出ましばかりが激減した、21年以後のご負担軽減策の不自然さがあらためて浮き彫りになると同時に、退位問題に終始した有識者会議の異様さが浮かび上がってこないでしょうか。

 ご負担軽減策にもかかわらず、なぜご公務は増えたのか、つまり、なぜ宮内庁の軽減策は失敗したのか、有識者会議は検証すべきではなかったでしょうか。

 次回は22年の「お茶・茶会」について、分析することにします。ご負担軽減策実施直後の動きを知りたいからです。

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本質論が欠けたまま誘導される ──「女性宮家」創設の本当の提案理由 6 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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本質論が欠けたまま誘導される
──「女性宮家」創設の本当の提案理由 6
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第5節 「女性宮家」創設の本当の提案理由──政府関係者はきちんと説明すべきだ


▽6 本質論が欠けたまま誘導される
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 この記事を書いていたとき、東京新聞特報部の取材を受けました。3つのことを指摘しました。

(1)いまの「女性宮家」創設論議は提案者が見えない。提案者はその中味、目的をきちんと説明すべきだ。

(2)提案者の1人らしい前侍従長(当時)は「皇室のご活動」を確保するために皇室にとどまる必要性を説明しているが、理由にならない。旧皇族に連なる方がオリンピック委員会の活動を行い、元皇族が伊勢神宮の臨時斎主を務めているケースもあるからだ。

(3)前侍従長の発想はヨーロッパ的、近代的な「行動する」皇室論であり、天皇・皇族のお務めは何か、という本質論が欠けている。であればなおのこと、提案者はきちんと提案理由を説明すべきだ〈http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2012030302000039.html〉。

 いわゆる「女性宮家」創設を、いつ、だれが、何のために言い出したのか、真相は官僚社会の闇の中に消えていきました。

「女性宮家」創設の、ほんとうの目的も内容も明らかにされず、天皇のお役目とは何か、という本質論も欠けたまま、けっして表に顔を出そうとしない、世界的に優秀な官僚たちに、私たちは誘導されていったのです。

 その結果が、メディアによる世論調査で6割を超える、圧倒的な「女性天皇」「女系天皇」支持率ではないでしょうか。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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ご負担軽減策にもかかわらず増えた「お茶・茶会」 ──ご公務ご負担軽減を検討しなかった有識者会議? 4 [ご公務ご負担軽減]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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ご負担軽減策にもかかわらず増えた「お茶・茶会」
──ご公務ご負担軽減を検討しなかった有識者会議? 4
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 有識者会議最終報告の「参考資料」に「天皇陛下のご活動の概況および推移」が表示されています。とくに増加傾向が顕著なものとして指摘されているのが、「お茶・茶会」「行幸啓におけるご活動」「外国ご訪問におけるご活動」です。

御活動の概況と推移.png


 昭和天皇の場合、昭和33年、天皇57歳時の「お茶・茶会」はわずかに3件、これが58年、82歳時には4件とわずかに増えましたが、今上陛下の場合、平成3年、57歳時の「お茶・茶会」が26件で、昭和の時代に比べてそもそも多いのに、27年、82歳時には57件に激増しました。

 いつ、どのように増えたのか、今回は平成19年、陛下74歳時の「お茶・茶会」を振り返り、考えてみます。

 宮内庁が今上陛下のご健康問題を契機に、ご負担軽減について最初に発表したのは20年2月で、御在位20年が区切りとなり、21年から軽減策が採られるようになりましたが、御在位20年の前後、「お茶・茶会」の件数はどう変化したのか、検証します。


▽1 軽減策直前の「お茶・茶会」

 まず、ご負担軽減策実施の直前、19年の「お茶・茶会」を拾い上げてみます。

1 1月17日(水) 天皇皇后両陛下 お茶(帰朝大使夫妻(ベルギー,デンマーク兼リトアニア,スリランカ兼モルディブ,イスラエル))(御所)
2 1月18日(木) 天皇皇后両陛下 お茶(新任外国大使夫妻(エストニア,スーダン,スウェーデン,レソト))(宮殿)
3 1月22日(月) 天皇皇后両陛下 お茶(帰朝大使夫妻(バチカン,タンザニア,ポーランド,ジャマイカ兼バハマ兼ベリーズ))(御所)
4 1月22日(月) 天皇皇后両陛下 お茶(ニュージーランドマオリ王及び同王妃)(御所)
5 1月29日(月) 天皇皇后両陛下 お茶(帰朝大使夫妻(フィンランド兼エストニア,ハンガリー,スーダン,ブルネイ))(御所)
6 2月9日(木) 天皇皇后両陛下 お茶(帰朝大使夫妻(軍縮会議日本政府代表部,エチオピア兼ジブチ,モロッコ,レバノン))(御所)
7 2月22日(木) 天皇皇后両陛下 お茶(日本芸術院第一部会員)(御所)
8 3月26日(月) 天皇皇后両陛下 お茶(元アメリカ合衆国国務長官夫妻)(御所)
9 4月9日(月) 天皇皇后両陛下 お茶(スウェーデン国王姉クリスティーナ殿下及び同夫君,他ご家族)(御所)
10 4月12日(木) 天皇皇后両陛下 お茶(帰朝大使夫妻(カナダ兼国際民間航空機関日本政府代表部,エジプト,エクアドル,チュニジア))(御所)
11 5月2日(水) 天皇皇后両陛下 茶会(外国ご訪問随員等)(宮殿) 注、この年5月に陛下は皇后陛下とともにヨーロッパ諸国を公式ご訪問になった。この日、茶会に先立ち、随員等の拝謁が行われた
12 5月16日(水) 天皇皇后両陛下 お茶(新任外国大使夫妻(コロンビア,ウルグアイ,トルコ,ウクライナ))(宮殿)
13 6月1日(金) 天皇皇后両陛下 お茶(ヨルダン国ムナ王母殿下)(御所)
14 6月11日(月) 天皇皇后両陛下 茶会(日本学士院本年度受賞者及び新会員等)(宮殿) 注、この日、茶会に先立ち、陛下は皇后陛下とともに、学士院会館での学士院第97回授賞式にご臨席になった
15 6月13日(水) 天皇皇后両陛下 茶会(外国ご訪問尽力者)(宮殿)
16 6月18日(月) 天皇皇后両陛下 茶会(日本芸術院本年度受賞者及び新会員等)(宮殿) 注、この日、茶会に先立ち、陛下は皇后陛下とともに、芸術院会館での第63回芸術院授賞式にご臨席になった
17 7月2日(月) 天皇皇后両陛下 お茶(帰朝大使夫妻(ニュージーランド兼サモア,ドミニカ共和国兼ハイチ,カンボジア,ホンジュラス))(御所)
18 7月12日(木) 天皇皇后両陛下 お茶(新任外国大使夫妻(ペルー,アンゴラ,ラオス,ロシア))(宮殿)
19 7月18日(水) 天皇皇后両陛下 お茶(帰朝大使夫妻(ニカラグア,ノルウェー兼アイスランド,ガボン兼コンゴ共和国兼赤道ギニア兼サントメ・プリンシペ,ウルグアイ))(御所)
20 8月9日(木) 天皇皇后両陛下 お茶(帰朝大使夫妻(チリ,スウェーデン兼ラトビア,メキシコ,ウズベキスタン兼タジキスタン))(御所)
21 9月6日(木) 天皇皇后両陛下 お茶(新認定重要無形文化財保持者夫妻)(宮殿)
22 10月3日(水) 天皇皇后両陛下 お茶(日本学士院第一部会員)(御所)
23 10月10日(水) 天皇皇后両陛下 お茶(日本学士院第一部会員)(御所)
24 10月11日(木) 天皇皇后両陛下 お茶(新任外国大使夫妻(ボリビア,大韓民国,ホンジュラス,ニュージーランド))(宮殿)
25 10月22日(月) 天皇皇后両陛下 お茶(新任外国大使夫妻(ガザフスタン,オーストリア,ギニア,コスタリカ))(宮殿)
26 11月5日(月) 天皇皇后両陛下 茶会(文化勲章受章者及び文化功労者)(宮殿)
27 11月8日(木) 天皇皇后両陛下 お茶(帰朝大使夫妻(グアテマラ,マレーシア,オランダ,ミャンマー))(御所)
28 11月28日(水) 天皇皇后両陛下 お茶(新任外国大使夫妻(ベナン,イスラエル,エジプト,ハンガリー))(宮殿)
29 11月29日(木) 天皇皇后両陛下 お茶(日本芸術院第一部会員)(御所)
30 12月10日(月) 天皇陛下 お茶(退職認証官)(宮殿)
31 12月12日(水) 天皇陛下 お茶(退職認証官)(宮殿)
32 12月14日(金) 天皇皇后両陛下 お茶(新任外国大使夫妻(ルクセンブルク,キューバ,ニカラグア,イエメン))(宮殿)
33 12月21日(金) 天皇皇后両陛下 お茶(新任外国大使夫妻(中華人民共和国,タジキスタン,ネパール,クウェート))(宮殿)


▽2 27年よりはるかに少ない件数

 以上、33件が「ご日程」から拾い上げた「お茶・茶会」です。天皇陛下お誕生日や皇后陛下お誕生日の祝賀行事の「茶会」は含まれていないので、正確な件数はさらに増えるものと思われます。

 とはいえ、平成3年の26件(有識者会議最終報告の「参考資料」)よりは多く、27年の57件(同)よりはるかに少ないことが分かります。つまり、21年から始まった宮内庁のご負担軽減策にも関わらず、「お茶・茶会」は増えたということです。

 それなら、何がどう増えていったのか、次回、分析することにします。


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もっとも先駆的な記事 ──「女性宮家」創設の本当の提案理由 5 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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もっとも先駆的な記事
──「女性宮家」創設の本当の提案理由 5
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第5節 「女性宮家」創設の本当の提案理由──政府関係者はきちんと説明すべきだ


▽5 もっとも先駆的な記事
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 平成14年に書かれた森暢平氏の記事は、タイトルに「女性宮家」が含まれていましたから、国会図書館の検索エンジンでヒットします。

 ところが、さらにこれより数年早く、「女性宮家」に言及しながら、記事のタイトルに「女性宮家」がないため、検索に引っかからない、先駆的な記事がありました。

 総合情報誌「選択」平成10年6月号に掲載された「『皇室典範』改定のすすめ──女帝や養子を可能にするために」がそれです。

「皇族女子は結婚すれば皇族の身分から離れるが、これを改め天皇家の長女紀宮(のりのみや)が結婚して宮家を立てるのはどうか。そこに男子が誕生すれば、男系男子は保たれることになる」

 いわゆる「皇統の危機」についていち早く指摘し、女性天皇容認を問題提起する、私が知るところ、もっとも先駆的な記事で、同時に皇室典範第12条を改正し、皇族女子が婚姻後も皇室にとどまれるようにする、いわゆる「女性宮家」創設をも提案していました。

 ただし、「男系」と「女系」を混同する致命的な誤りを犯しています。最良のジャーナリズムでさえ、当時はこのレベルだったのです。あるいは、そのようにニュース・ソースから思い込まされていたのかも知れません。

「選択」の記事は政府内で非公式の第1期研究会が始まって、およそ1年後のことでした。「文藝春秋」の記事はそれから4年後です。書き手や媒体を選びつつ、政府関係者が情報を小出しにリークし、世論の反応をうかがっていたことが想像されます。

 無署名のこの記事を書いたとおぼしき記者は、ほかに並ぶ者のいない、優れた皇室ジャーナリストで、じつをいうと、記者と私は、ほかならぬこの雑誌で、一時期、筆者と編集者という間柄でした。毎月のように酒を酌みつつ、企画を練り、新ネタを飛ばしたものです。共同で記事を書いたこともあります。いっしょに取材旅行をしたこともありました。

 しかしこの記事のころから女性天皇・女系継承容認に急速に傾斜し、私とは疎遠な関係になりました。当時、宮内庁筋から積極的なアプローチがあったことは知っています。実際、どこから、どんな情報を得ていたのか、詳細を直接、確認したいところですが、残念ながら、もうこの世にはいません。私のこの本は、記者にこそ読んでほしいと思いますが、それがかなわないのはまことに残念です。

 生前、男系・女系論争が白熱していたころ、久しぶりに顔を合わせる機会があり、記者が囁くように弁解していたのを覚えています。自分は編集者から与えられたテーマに沿って、取材で得られた客観的事実をリポートしているだけで、賛成も反対もない、というのです。

 しかし、誰よりも早く一次情報に食い込んだ記者は、「女系継承容認のほかに、方法はないのか?」という問題意識が希薄で、取材は女系派にとどまり、そして取り込まれ、お先棒を担がされ、代弁者を演じ、偏向したのです。

 記者は「客観性」を強調していますが、限界もそこにあります。天皇・皇室を論じるには、学んでも学びきれないほどの幅広い知識が求められます。あれほどの記者にして、取材対象を批判しうる主体性を確立できなかったのでしょう。

 管理職となり、日常の業務に追われ、幅広い取材が時間的に困難になっていたこともあるのでしょう。二兎を追うものの定めです。「生涯一記者」を貫ける環境があれば、当時の論争はもっと別のものとなっていたかも知れません。残念でなりません。

 記者をミスリードした編集者の責任も軽くはないと思います。同誌なら商業主義に走らない企画を立てられたはずです。私が編集を担当し続けていたら、と悔やまれます。

 その後、記者は異様とも思える執着心で、女帝容認論を展開していきました。いや、異常な執念を燃やしたのはむしろ、記者と肝胆相照らした歴史家であり、情報を提供した政府の官僚たちだったのでしょう。

 さて、阿比留瑠偉産経新聞記者によると、その後、15年5月から16年6月にかけて、内閣官房と内閣法制局、宮内庁による皇位継承制度の改正に向けた共同検討が実施されました。そして第2次小泉内閣(改造内閣)時代に、皇室典範有識者会議が16年12月に発足しますが、会議の最終報告書では「女性宮家」の表現は、なぜか消えました。

 ともあれ、現在の「女性宮家」創設論が女性天皇・女系継承容認と同一の議論だとするならば、さまざまな謎は解けます。森氏が書いているように、女性皇族にも皇位継承権があることになり、当然、「宮家」を立てなければなりません。

 しかし、だとすれば、そのように説明されてこそ、建設的な国民的議論は可能なはずです。渡邉允前侍従長(いまは元職)のように、当事者であるはずの宮内庁関係者が

「皇位継承問題とは別の次元の問題」

 などと強調することなどあるべきではありません。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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25年間で対象者が大幅に拡大された「お茶・茶会」 ──ご公務ご負担軽減を検討しなかった有識者会議? 3 [ご公務ご負担軽減]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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25年間で対象者が大幅に拡大された「お茶・茶会」
──ご公務ご負担軽減を検討しなかった有識者会議? 3
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 陛下のご公務ご負担について、分析を続けます。

 前回は、平成3年、今上陛下57歳時の「お茶・茶会」24件について、対象者によって、〈1〉認証官、〈2〉帰朝大使夫妻、〈3〉外国大使夫妻、〈4〉外国要人、〈5〉国内学術・芸術功労者、〈6〉外国ご訪問関連、〈7〉その他、に分類できることを指摘しました。

 今回は、平成27年、陛下82歳時の「お茶・茶会」です。有識者会議最終報告の参考資料では平成27年の「お茶・茶会」は57件ですが、宮内庁HP上に公表されている「ご日程」では53件です。

 何が増えているのでしょうか。

御活動の概況と推移.png


▽1 退官認証官と外国ご訪問関連以外は軒並み増える

〈1〉退官認証官 計2件(3年は4件)
 お茶(退職認証官)(御所) 2件[7月23日(木)天皇陛下。7月31日(金)天皇陛下。]

 退官認証官の「お茶」は、平成3年には4件ありましたが、2件に減りました。

 3年には宮殿で行われていましたが、27年にはお住まいの御所で行われるようになりました。2週続けての「お茶」ですが、広い部屋のある宮殿なら1度に済まされ、ご負担が軽減されるかも知れません。

〈2〉赴任・帰朝大使夫妻 計17件(3年は帰朝大使夫妻のみで、3件)
1 お茶(帰朝大使夫妻)(御所) 計10件[1月27日(火)天皇皇后両陛下(ミクロネシア兼マーシャル,ドミニカ共和国兼ハイチ,ミャンマー,ジンバブエ)。2月3日(火)天皇皇后両陛下(ペルー,スペイン,スーダン,イスラエル)。2月23日(月)天皇皇后両陛下(ウィーン国際機関日本政府代表部,モザンビーク,エジプト,ボツワナ)。7月2日(木)天皇皇后両陛下(パプアニューギニア兼ソロモン,バチカン,イタリア兼アルバニア兼サンマリノ兼マルタ,欧州連合日本政府代表部)。7月13日(月)天皇皇后両陛下(ベルギー,フィリピン,チリ,東ティモール)。8月6日(木)天皇皇后両陛下(ノルウェー兼アイスランド,リビア,コートジボワール兼トーゴ兼ニジェール,アルジェリア)。8月17日(月)天皇皇后両陛下(インドネシア,ウクライナ兼モルドバ,メキシコ,サウジアラビア)。8月19日(水)天皇皇后両陛下(タンザニア,ガボン兼サントメ・プリンシペ兼赤道ギニア,南アフリカ兼ナミビア兼スワジランド兼レソト,アンゴラ)。9月4日(金)天皇皇后両陛下(ナイジェリア,アラブ首長国連邦,カメルーン兼中央アフリカ兼チャ���鼻ぅ肇鵐♤法�9月7日(月)天皇皇后両陛下(ハンガリー,ジャマイカ兼ベリーズ兼バハマ,オーストラリア,ボスニア・ヘルツェゴビナ)。]

2 お茶(赴任大使夫妻)(御所) 計7件[8月5日(水)天皇皇后両陛下(マーシャル,ルワンダ,チュニジア,リトアニア)(チュニジア大使からは併せて前任地のイラクからの帰国報告をご聴取)。9月16日(水)天皇皇后両陛下(コロンビア,スロベニア,ルーマニア)。10月6日(火)天皇皇后両陛下(ギニア,スウェーデン,イラク)。11月13日(金)天皇皇后両陛下(ラトビア,オマーン,エクアドル)。11月20日(金)天皇皇后両陛下(インド,キューバ,ラオス)。12月7日(月)天皇皇后両陛下(ボリビア,ドイツ,エストニア,アイルランド)(ドイツ大使からは併せて前任地のインド兼ブータンからの帰国報告をご聴取)](御所)。12月11日(金)天皇皇后両陛下(在ジュネーブ国際機関日本政府代表部,ロシア,イスラエル)(御所)]

 平成3年時は帰朝大使夫妻のお茶は宮殿で行われていましたが、27年にはお住まいの御所で行われるようになりました。御所なら、宮殿まで移動する必要はありませんから、その分、ご負担は軽くなります。

 しかし、集まれる人数は限られるでしょう。3年も27年もだいたい4人の大使が対象とされ、27年8、9月にはわずか数日後に「お茶」が繰り返されています。宮殿で10人の大使を対象とすれば件数は減るはずです。

 また、27年には帰朝大使のみならず、赴任大使についても「お茶」が行われるようになりましたから、それだけご負担は倍加したことになります。

 3(1991)年当時、166か国だった国連加盟国数は、27(2015)年には193か国と、16%増えていますから、単純計算で、ご公務件数は2.33倍に増えることになります。ご負担軽減に逆行する状況がなぜ生まれたのでしょうか。

〈3〉新任外国大使夫妻 計9件(3年は4件)
 お茶(新任外国大使夫妻)(御所) 計9件[1月26日(月)天皇皇后両陛下(エストニア,スウェーデン,マケドニア旧ユーゴスラビア共和国)。1月30日(金)天皇皇后両陛下(欧州連合代表部,ケニア,セネガル)。6月9日(火)天皇皇后両陛下(マレーシア,ギリシャ,パナマ)。7月7日(火)天皇皇后両陛下(アルジェリア,タイ,エジプト)。7月30日(木)天皇皇后両陛下(メキシコ,サモア,サウジアラビア)。8月21日(金)天皇皇后両陛下(タンザニア,コスタリカ,ベトナム)。11月4日(水)天皇皇后両陛下(スーダン,カンボジア,デンマーク)。11月18日(水)天皇皇后両陛下(ザンビア,ルワンダ,グアテマラ)。12月2日(水)天皇皇后両陛下(ベルギー,ミャンマー,スリランカ)](御所)。]

 新任外国大使夫妻の「お茶」は、3年時は宮殿で、4件、行われていましたが、27年は御所で行われるようになり、件数も2倍以上に増えました。

 月1回に抑制すれば、6件に減らせます。

〈4〉外国要人 計8件(3年は3件)
1 お茶(ペーター・マウラー 赤十字国際委員会総裁)(御所) 1件[2月12日(木)天皇皇后両陛下]
2 お茶(ウィリアム・ジェファソン・クリントン元アメリカ合衆国大統領)(御所) 1件[3月18日(水)天皇皇后両陛下]
3 お茶(アメリカ合衆国大統領夫人)(御所) 1件[3月19日(木) 天皇皇后両陛下]
4 お茶(ジョージ・良一・アリヨシ 元ハワイ州知事夫妻)(御所) 1件[5月12日(火)天皇皇后両陛下]
5 茶会(第7回太平洋・島サミット首脳会議に出席する各国首脳夫妻等(21名))(宮殿) 1件[5月21日(木)天皇皇后両陛下]
6 茶会(第7回日本・メコン地域諸国首脳会議に出席する各国首脳等)(宮殿) 1件[7月3日(金)天皇陛下]
7 お茶(エドゥアルド・フレイ・ルイス=タグレ元チリ大統領夫妻)(御所) 1件[10月6日(火)天皇皇后両陛下]
8 お茶(ダニエル・エルナンデス・ルイペレス サラマンカ大学学長他)(御所) 1件[11月5日(木)天皇皇后両陛下]

 憲法は、外国大使・公使の接受以外、外交上の権能を天皇に認めていませんが、実際は国際親善を名目に国連機関代表者や元元首、王族などとの「お茶」が行われています。

 3年は3件でしたが、27年には2倍以上に増えました。

 首脳会議が頻繁に行われる時代となり、出席者の「茶会」が設定されることになったこと、対象者が文化人にまで拡大されたこと、などがその要因でしょうか。

〈5〉国内学術・芸術功労者 計8件(3年は6件)
1 お茶(日本学士院第一部長始め学士院第一部会員)(御所) 1件[1月29日(木)天皇皇后両陛下] 注、平成3年は7月9日に行われた
2 お茶(日本学士院第二部長始め学士院第二部会員)(御所) 1件[2月26日(木)天皇皇后両陛下] 注、平成3年は行われていない。一部だけでなく、二部にも広がった
3 お茶(日本芸術院第一部長始め芸術院第一部会員)(御所) 2件[4月22日(水)天皇皇后両陛下。10月21日(水)天皇皇后両陛下] 注、平成3年は年1回だったが、春秋2回行われるようになった
4 茶会(日本学士院賞本年度受賞者及び新会員等)(宮殿) 1件[6月1日(月)天皇皇后両陛下] 注、平成3年は「お茶」だった
5 茶会(日本芸術院賞平成26年度受賞者及び新会員等)(宮殿) 1件[6月22日(月)天皇皇后両陛下] 注、平成3年は「お茶」だった
6 茶会(文化勲章受章者及び文化功労者等)(宮殿) 1件[11月4日(水)天皇皇后両陛下] 注、平成3年は「お茶」だった
7 お茶(新認定重要無形文化財保持者夫妻)(宮殿) 1件[12月1日(火)天皇皇后両陛下]

 平成3年には学術・芸術功労者の「お茶」は6件でしたが、対象者が拡大されただけでなく、いくつかは宮殿での「茶会」に変わりました。

 芸術院第一部会員の「お茶」が2回行われているのはなぜでしょうか。

〈6〉外国ご訪問関連 計2件(3年は3件)
1 茶会(パラオご訪問尽力者)(宮殿) 1件[6月29日(月)天皇皇后両陛下] 注、陛下は27年4月、パラオを訪問され、戦没者を慰霊された
2 お茶(政策研究大学院大学学長,政策研究大学院大学特別教授及び東北大学大学院医学系研究科教授(フィリピンご訪問につき,本年6月同国大統領閣下ご来日[国賓]宮中晩餐に招かれた日比関係尽力者とのご懇談))(御所) 1件[11月4日(水)天皇皇后両陛下] 注、陛下は28年1月、皇后陛下とともにフィリピンを訪問された

 憲法は外交大使・公使の接受を除いて、天皇には外交上の権能はありませんが、外国ご訪問の機会が昭和の時代と比較して格段に増えました。

 けれども、3年は外国ご訪問の首席随員や関係国の友好親善団体役員との「お茶」がありましたが、27年には行われませんでした。

〈7〉その他 計7件(3年は1件)
1 お茶(新旧警察庁長官)(御所) 1件[3月5日(木)天皇皇后両陛下]
2 お茶(歌会始詠進歌選者)(御所) 1件[3月6日(金)天皇皇后両陛下]
3 茶会(元長官,元参与,元側近奉仕者,元御用掛,松栄会会員等)(宮殿) 1件[10月20日(火)皇后陛下お誕生日。天皇皇后両陛下]
4 茶会(ご進講者等ご関係者)(御所) 1件[10月20日(火)皇后陛下お誕生日。天皇皇后両陛下]
○ お茶(平成27年度「ねむの木賞」受賞者(4名))(御所) 1件[11月9日(月)皇后陛下]
5 茶会(燈光会会員(燈光会創立100周年に当たり))(宮殿) 1件[12月3日(木)天皇皇后両陛下] 注、燈光会は大正4年に設立された、航路標識つまり灯台に関する集まりらしい。
6 茶会(元長官,元参与,元側近奉仕者,元御用掛,松栄会会員等)(宮殿) 1件[12月23日(水)天皇陛下お誕生日。天皇皇后両陛下]
7 茶会(ご進講者等ご関係者)(御所) 1件[12月23日(水)天皇陛下お誕生日。天皇皇后両陛下]

 皇后陛下お誕生日、天皇陛下お誕生日に元職員たち、御進講関係者の「茶会」が行われることは平成3年にもあったと思われますが、宮内庁HPの「ご日程」には記載がありませんでした。

 3年は衆参両院の役員との「拝謁・お茶」が行われただけでしたが、27年には対象者が増えました。また、3年には皇后陛下のみの「お茶」はありませんでしたが、新たに設けられるようになりました。


▽2 退位問題に走らなくても軽減できるご負担

 以上、総評すると、御在位20年のあと、宮内庁はご公務ご負担軽減策を打ち出したはずですが、実際にはご公務の件数は逆に増えました。とくにここで検証した「お茶・茶会」にそのことがはっきり読み取れます。

 ただ、ご負担軽減策の効果がなかったのかどうかは、3年と27年との比較だけでは分かりません。

 陛下の「お気持ち」を受けて、有識者会議は軽減等について検討したことになっていますが、結局、退位問題に終始しました。なぜ具体的にご公務のあり方を検討しなかったのでしょうか。

「退位」以外に、ご公務を整理し直すことで、少なくとも「お茶・茶会」については軽減を図ることができるのではないかと思われます。

 それとも、陛下は「全身全霊」で、ご公務に務められたのであり、国民もこれを支持しているのだから、軽減を図るくらいなら、退位の方が望ましいという結論になるのでしょうか。私には大袈裟すぎるような気がします。

 次回は、ご負担軽減が始まったご在位20年前後の「お茶・茶会」について、分析してみたい。ご公務が拡大した時期をより明確化し、ご負担軽減策の効果の有無を検証したいからです。


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「2つの柱」は1つ ──「女性宮家」創設の本当の提案理由 4 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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「2つの柱」は1つ
──「女性宮家」創設の本当の提案理由 4
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋、転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第5節 「女性宮家」創設の本当の提案理由──政府関係者はきちんと説明すべきだ

▽4 「2つの柱」は1つ
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 森暢平氏の記事によれば、「女性宮家」とは「女性天皇」と同じなのでした。

「女性天皇を認めた場合、一般の女性皇族にも皇位継承権があり、基本的には結婚しても皇室に残ることになる。つまり、必然的に女性宮家が認められる。いわば、女性天皇と女性宮家は表裏の関係で、検討案の『2つの柱』は、突き詰めると1つと見なせる」

 つまり、何のことはありません、まさに女性天皇・女系継承容認と一体のかたちで、「女性宮家」創設論は生まれたのです。

「象徴天皇制度」を安定的に継続させるには、女性天皇・女系継承を認める必要がある。したがって女性皇族にも皇位継承権が認められ、結婚しても皇室に残る。そのため「女性宮家」が必然的に認められる、という論理です。

 確かに現行憲法が規定するように、天皇は、主権の存する国民の総意に基づいて、国と国民統合の象徴という地位にあり、内閣総理大臣や最高裁長官の任命、憲法改正や法律、政令などの公布、国会の召集など、国事行為のみを行う一国家機関であるならば、機関の安定性を確保するには、純粋な論理だけでいえば、男子でも、女子でもかまいません。

「世襲」とはただ血がつながっていればいいというのなら、男系でも女系でもかまわない。「1.5代」象徴天皇論者たちの論理は、じつに単純です。

 現行憲法を議論の出発点とするなら、女性天皇のみならず、過去の歴史にない女系継承は容認されるべきであり、したがって、過去に例のない「女性宮家」も認められるべきであるという論理の展開になります。現行憲法を最優先する、新たな「象徴天皇制度」の下での「皇統の備え」です。

 こうした考え方はいつ生まれたのでしょうか。

 森氏の記事とは別に、皇位継承論議に詳しい産経新聞の阿比留瑠偉記者によれば、平成8年に宮内庁内で皇位継承制度にかかわる基礎資料の作成が始まったことが、独自に入手した極秘文書によって分かるといいます(「女性・女系天皇、『容認』2年前に方針、政府極秘文書で判明」=「産経新聞」平成18年2月17日など)。

 翌9年4月から12年3月まで、内閣官房が加わった非公式の「特別研究会」が2期に分かれて設置され、第1期メンバーには、工藤敦夫元内閣法制局長官、古川貞二郎内閣官房副長官(当時)、大森政輔内閣法制局長官(同)らのほか、元宮内庁幹部らが名を連ねています。

 第2期研究会には、やはり小泉内閣時代に皇室典範有識者会議の委員(副座長)となり、野田内閣時代に「女性宮家」検討担当内閣官房参与を務めることになる、園部逸夫元最高裁判事が加わりました。

 研究会は12年3月にいったん閉じますが、宮内庁内では資料の作成、整理が続けられました。

 森氏の記事はちょうどこの段階で書かれています。

 かつて自民党総裁選の公開討論で、

「女性が天皇になるのは悪くない。皇室典範はいつ改正してもいい。必ずしも男子直系にはこだわらない」

 と発言した小泉内閣の時代でした。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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内閣法制局の極秘プロジェクト ──「女性宮家」創設の本当の提案理由 3 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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内閣法制局の極秘プロジェクト
──「女性宮家」創設の本当の提案理由 3
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第5節 「女性宮家」創設の本当の提案理由──政府関係者はきちんと説明すべきだ


▽3 内閣法制局の極秘プロジェクト
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 国立国会図書館のデータベースで、「女性宮家」をキーワードに検索すると、所功教授の提案からさらに遡ることができます。

 検索でヒットするのは、有識者ヒアリングが行われていたころ、30数件ありました。

 古い順に並べると、もっとも古いのが10年前、元毎日新聞記者で、CNN日本語サイト編集長だった森暢平氏が執筆した、

(1)「女性天皇容認!内閣法制局が極秘に進める。これが「皇室典範」改正草案──女帝を認め、女性宮家をつくるための検討作業」(「文藝春秋」2002年3月号)

 でした。

 次が2年後、先述した所教授のコメントが載る、

(2)「お世継ぎ問題 結婚しても皇籍離脱しない道 雅子さま救う『女性宮家』考」(「週刊朝日」2004年7月9日号)、
その次が同時期に所教授自身が書いた、

(3)「“皇室の危機”打開のために──女性宮家の創立と帝王学──女帝、是か非かを問う前にすべき工夫や方策がある」(「Voice」2004年8月号)

 と続きます。

 所教授の突出した存在感があらためて確認できますが、教授に先駆ける提案者がいたことがはっきりと分かります。

 森氏の記事を読んでみると、内閣法制局が皇室典範改正の極秘プロジェクトを進めていたのでした。その基本方針には、つぎの「2つの柱」がありました。

(1)女性天皇容認

(2)女性宮家創設容認

 平成14年4月に33歳をお迎えになる紀宮(のりのみや)清子(さやこ)内親王殿下の結婚問題を背景にして、安倍晋三内閣官房副長官ら官邸筋もからみ、早期改正が視野に入っている、と記事は指摘しています。

 それなら、内閣法制局の官僚たちが考える「女性宮家」とは何でしょうか?


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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所功教授以前の提案者 ──「女性宮家」創設の本当の提案理由 2 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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所功教授以前の提案者
──「女性宮家」創設の本当の提案理由 2
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第5節 「女性宮家」創設の本当の提案理由──政府関係者はきちんと説明すべきだ


▽2 所功教授以前の提案者
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 これまでの考察を簡単に振り返ると、私の第一の疑問は、議論の中味に統一性がない、概念が明確でない、ということです。皇位継承問題として議論としている論者がきわめて多いのですが、宮内庁関係者はそういう議論ではないと否定しています。

 これではまともな議論は不可能です。いつ、誰が、何の目的で「女性宮家」創設を言い出したのか、はっきりさせる必要があります。

 今回の議論のきっかけは、衆目の一致するところでは、平成23年11月、

「宮内庁が、皇族女子による『女性宮家』創設の検討を、『火急の案件』として野田首相に要請したことが分かった」

 と伝える読売新聞の「スクープ」です。

 しかし、当代随一の皇室ジャーナリスト、岩井克己朝日新聞記者(当時)によると、羽毛田信吾宮内庁長官は「女性宮家創設を提案したと報じられた」ことについて、「長官は強く否定している」のでした。

 岩井記者によれば、「女性宮家」創設の提案者は羽毛田長官ではなくて、渡邉允前侍従長なのでした。前侍従長は数年前から「私案」としてたびたび公言し、「週刊朝日」誌上の対談でも表明してきたと指摘されています。

 前侍従長の提案理由は「皇室の御活動」論でしたが、その後の「女性宮家」論議は、皇位継承問題に終始し、小泉内閣時代の皇室典範改正論議と同様、男系派と女系派の熱い議論がふたたび始まりました。

 というのも、最初に皇位継承問題としての「女性宮家」創設を訴える識者がいたからです。それは所功京都産業大学教授でした。

 小泉内閣時代、平成16年12月に設置された、「安定的で望ましい皇位継承」のための方策を追求する皇室典範有識者会議に招かれた所教授は、明確に「女性宮家」創設を提言しました。

 所教授の発言は、有識者会議の報告書を先取りする内容でしたが、報告書には「女性宮家」という表現はなぜか消えました。

 そして、たいへん興味深いことに、所教授はご自身が「女性宮家」創設の最初の提唱者であることを認めていません。

 じつは所教授以前に、たしかに「女性宮家」創設の提案者がいるのです。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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読者からいただいたお叱り ──「女性宮家」創設の本当の提案理由 1 [天皇・皇室]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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読者からいただいたお叱り
──「女性宮家」創設の本当の提案理由 1
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第5節 「女性宮家」創設の本当の提案理由──政府関係者はきちんと説明すべきだ


▽1 読者からいただいたお叱り
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 メルマガの読者お二人からメールをいただきました。

 お一方は、

「個人攻撃のような口調や策謀は慎むべきだ」

 というお叱りでした。

 もし渡邉允前侍従長(いまは元職)や敬愛する所功先生に対する個人攻撃のように受け取られたのでしたら、私の本意ではありません。

 いみじくも所先生が「WiLL」平成23年10月号掲載の論考の冒頭で、

「近年は、皇室を敬愛する人々の間で、激しい論争がエスカレートしている。しかし、どんなに立場が違っても、議論の内容と直接に関係のないことで相手を非難するようなことは、厳に慎むべきであろう。まして本質的に理念を共有すると思うならば、多少見解を異にしても、相手への常識的な配慮を忘れてはならない」

 と書いておられますが、まったく同感です。

 私の文章が皇室論とは別次元の、特定の個人に対する論難だと理解されたとすれば、それは私の筆力のなさであり、心から恥じるほかはありません。

 私が訴えたいのは、「女性宮家」創設をめぐる議論の異様さです。誰が、いつ、何を目的として、創設論を言い出したのか、杳(よう)として知れない。提案理由も中味も分からないから、当然のことに、議論は混迷する。甲論乙駁をよそに、事態は確実にある方向に向かって進んでいきました。

 私は、当代随一の皇室ジャーナリスト、岩井克己朝日新聞記者の記事を材料に、渡邉允前侍従長が平成23年秋ごろから、「女性宮家」創設を明確に主張していることを突き止めました。目的は「皇室のご活動」を確保するためです。

 けれども、朝日新聞のデータベースによると、提案者は所功京都産業大学教授であるという結論に達します。平成17年6月の第7回皇室典範有識者会議に有識者として招かれた先生は、これまた明確に「女性宮家」創設を訴えています。しかしこちらは、前侍従長とは異なり、「安定的で望ましい皇位継承」が目的で、両者は意味が異なります。

 つまり、中味の異なる「女性宮家」創設論が世の中に存在するわけで、これでは混乱は必至です。

 もうお一方からのメールは、「女性宮家」創設論は、もっと遡ることができるのではないか、という指摘でした。

 そうなのです。さらに何年も前から、国民の知らないところで、「女性宮家」創設は密かに進んできた。しかし、提案者たちはいっこうに名乗り出ようとせず、当然、その中味を明らかにしようともしない。それでいて、まるでアリバイ証明のように、野田政権下で有識者と称される人たちのヒアリングが始まりました。

 これでは混乱するのは必然です。皇位の継承、天皇のお務めは国の基本に関わる重要事なのに、なにやら陰謀めいた臭いさえします。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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