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庁内人事異動者の「拝謁」がダントツ ──ご負担軽減のネックは官僚社会!? 1 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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庁内人事異動者の「拝謁」がダントツ
──ご負担軽減のネックは官僚社会!? 1
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 私は運動家ではありませんが、日本の現状と行く末を心から憂い、「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンを、1人で始めました。このままでは悪しき先例がそのまま踏襲されるでしょう。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を求めます。
https://www.change.org/p/%E6%94%BF%E5%BA%9C-%E5%AE%AE%E5%86%85%E5%BA%81-%E5%BE%A1%E4%BB%A3%E6%9B%BF%E3%82%8F%E3%82%8A%E8%AB%B8%E5%84%80%E7%A4%BC%E3%82%92-%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A1%8C%E4%BA%8B-%E3%81%AB

 さて、以下、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第3章 伝統を拒絶する官僚たちの暴走

第3節 ご負担軽減のネックは官僚社会!?──庁内人事異動者、赴任大使、叙勲の「拝謁」が減らない


 皇室制度改革と称して進められた「女性宮家」創設は、有識者ヒアリングが始まった平成24年2月の段階では、「陛下のご負担軽減」が最大の目的とされていました。

 その「ご負担」といえば、さらに3年前に始まる宮内庁のご負担軽減策では、

「まず、宮中での儀式や行事では、両陛下には、各分野で功績があった人を中心に、拝謁・お茶等の形で、年間を通じて国内外の数多くの方々とお会いになっておられますが、その回数は、年間約100回に及んでおります」

 と述べられ、「拝謁」の多さがいちばん最初に指摘されていました〈http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/kohyo/gokomu-h21-0129.html〉。

 とくに叙勲に伴う「拝謁」が多いことが宮内庁の悩みでした。

 けれども、軽減策の実施にもかかわらず、改善されませんでした。なぜなのか、それは結論からいえば、皇室制度の不備ではなくて、官僚社会の分厚いカベが立ちはだかっているからです。


▽1 庁内人事異動者の「拝謁」がダントツ

koukyo01.gif
 とくに何が多いのか、宮内庁が公表している「陛下のご日程」から「拝謁」だけを抽出してみます。

 まずご負担軽減策が採られる前の平成19年です。

1 人事異動者の拝謁(宮殿・御所) 22
2 宮内庁新規採用職員(宮殿) 1
3 新任皇宮護衛官(宮殿) 1
4 陵墓監区事務所副所長(宮殿) 1
5 宮内庁永年勤続表彰者(宮殿) 1
6 皇宮警察本部長表彰の永年勤続功労者(宮殿) 1
7 外国ご訪問につき随員等(宮殿) 2
8 皇太子殿下モンゴルご訪問首席随員(宮殿) 1

 以上は宮内庁関係の「拝謁」です。人事に関連する「拝謁」がもっとも多いことが分かります。具体的に見ると、4月2日には宮殿で1件、御所で1件と同日に「拝謁」が重なっています。7月2日、10月2日も同様です。

9 赴任大使夫妻の拝謁(宮殿) 13

 件数で人事異動者に次いで多いのが、外務省関係の赴任大使の「拝謁」です。

10 衆議院・参議院永年在職表彰議員(宮殿) 1
11 参議院正副議長(新任につき)(宮殿) 1
12 参議院副議長(宮殿) 1
13 衆議院・参議院役員等(宮殿) 1
14 全国地方裁判所長・家庭裁判所長等(宮殿) 1

(13)までは議会関連の「拝謁」です。

15 全国検事長及び検事正会同に参加する検事正等(宮殿) 1
16 全国警察本部長会議に参加する全国警察本部長等(宮殿) 1
17 自衛隊高級幹部会同に参加する統合幕僚長等(宮殿) 1

 以上は全国会議参加者の「拝謁」です。

18 春秋の勲章親授式・拝謁(宮殿) 2
19 春秋の勲章受章者(宮殿) 12
20 春秋の褒章受章者(宮殿) 2

 以上は、宮内庁が21年1月に

「春・秋の叙勲に伴っては、合わせて50回以上の勲章等受章者の拝謁が、春・秋,それぞれ7日間あるいは8日間にわたって連日行われます。拝謁等については、年間の拝謁の3分の2を占める春・秋の叙勲に伴う拝謁を中心に、拝謁手順の見直し等を通じて拝謁の回数・日程を縮減するなどして、陛下のご負担の軽減を図ってまいりたいと考えております」(「今後の御公務及び宮中祭祀の進め方について」)

 とご負担軽減のターゲットにした叙勲関連の「拝謁」です。

 たしかに連日、「拝謁」が続きます。

21 総務大臣表彰の地方公共団体税務職員(宮殿) 1
22 財務大臣表彰の申告納税制度普及発展尽力者(宮殿) 1
23 法務大臣及び財団法人矯正協会会長表彰の法務省矯正職員代表(宮殿) 1
24 農林水産祭天皇盃受賞者拝謁、業績展示等ご覧(宮殿) 1
25 厚生労働大臣表彰の第59回保健文化賞受賞者(宮殿) 1
26 厚生労働大臣表彰の身体障害者又は知的障害者の自立更
生者,更生援護功労者及び社会参加促進功労者並びに第
16回デフリンピック冬季大会等の成績優秀者(宮殿) 1
27 文部科学大臣表彰の優良公民館代表者(宮殿) 1
28 文部科学大臣表彰の教育者表彰被表彰者(宮殿) 1
29 警察庁長官表彰の全国優秀警察職員(宮殿) 1
30 日本郵政公社総裁表彰の郵政事業優績者等(宮殿) 1

 以上は、表彰者たちの年1回の「拝謁」です。これらを削減するとすれば、皇太子殿下に移譲するというような思い切った発想を採るほかはないでしょう。

31 警察大学校警部任用科学生(宮殿) 3
32 神宮及び勅祭社宮司等(宮殿) 1
33 新旧神宮大宮司(宮殿) 1

 以上が19年の「拝謁」のすべてです。これらが宮内庁の軽減策実施によって、どのように変わったのでしょうか?


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります
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「光格天皇実録」に記録された「御譲位」「改元」──「待ったなし」となった次の御代替わりだが…… [御代替わり]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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「光格天皇実録」に記録された「御譲位」「改元」
──「待ったなし」となった次の御代替わりだが……
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 報道によれば、政府は、「退位と改元の期日」を「9月」に決定・公表する方向で検討に入ったようです。

 時事通信が伝えたところでは、来年暮れに「退位」「新天皇即位」、翌年元日に「改元」というスケジュールが有力とされていて、他方、宮内庁内には、再来年3月末に「退位・新天皇即位」、4月1日に「改元」という案もあるそうです。

 いずれにしても、いよいよ御代替わりが現実となってきました。

 記事が指摘するように、「退位の儀式」をどのように行うかが検討課題とされています。他紙の報道では、「退位と改元」の期日が正式決定したのち、政府内に「皇位継承」儀式の形式および法的位置づけについて検討する委員会が設置されると伝えられています。

 今上陛下から皇太子殿下に皇位が継承されれば、皇位の御印である剣璽が渡御(とぎょ)になりますが、当メルマガ2011年9月25日号に書きましたように、前回の御代替わりでは、「践祚(せんそ)」という伝統用語が使われなくなり、平安以来の「践祚」と「即位」との区別が失われ、さらに「剣璽渡御の儀」は「剣璽等承継の儀」と非宗教的に改称されたうえ、即位後朝見の儀では伴われるべき剣璽御動座がありませんでした。

 この背景には、やれ国民主権だ、やれ政教分離だ、やれ国家神道だ、という不毛な議論があります。今回も同様の議論が政府内で再燃しているのでしょうか。そのことが国務たるべき御代替わりにモヤモヤ感をもたらしている最大の要因かと思われます。


▽1 仙洞御所から大がかりな剣璽渡御

画像は光格天皇の「桜町殿行幸図」(部分。国立公文書館デジタルアーカイブから)
桜町殿行幸図.png

 ちなみに、歴史上、最後の譲位をなさった江戸後期の光格天皇の場合はどうだったのでしょうか。『光格天皇実録』『仁孝天皇実録』(宮内省図書寮編修)から、以下、主だった綱文を抜き出してみます。

 抜粋に当たっては、『光格天皇実録』からの引用を「 」内に記し、[ ]内に『仁孝天皇実録』からの引用および私のコメントを載せます。『実録』の綱文は原文では漢字片仮名交じりですが、適宜、編集してあります。


「文化14年正月18日、この日、御譲位御受禅の御祝儀として、関東に賜物あり。」
[→『光格天皇実録』に引用される「山科忠言卿伝奏記」など、当時の一次資料では、「退位」ではなく、まして「生前退位」ではなくて、「御譲位」「御受禅」と表現されています]
「2月14日、来月22日卯刻に御譲位の儀、御治定あり。」
「3月11日、御譲位後の御幸始御祝儀のことを仰せ出さる。」
「13日、稲荷、梅宮両社において御譲位、御受禅行幸の御祈祷を修せしむ。」
「19日、御譲位行幸御受禅剣璽渡御の御内見あり。」
[→光格天皇から仁孝天皇への「御譲位」の儀式は剣璽渡御を伴っていました]
「21日、警固・固関(こげん)の儀あり。」
[→当メルマガ本年5月6日号に書きましたように、一条兼良『代始和抄』の「御譲位の事」の項には、「御譲位のときは、警固、固関、節会、宣制、剣璽渡御、新主の御所の儀式などあり。これは毎度のことなり。御譲国は天子の重事、世の変わり目たるによって、非常を戒めんために、警固、固関といふことをまづ最前におこなはるるなり」とあります]
「22日、桜町殿に行幸あらせられ、皇太子恵仁親王に譲位あらせらる。」
[22日、清涼殿において受禅あらせらる。これより先、光格天皇、桜町殿に行幸あらせられ、同殿より剣璽渡御の儀あり。この日、詔して、一条忠良をして、旧のごとく万機を関白せしむ。]
[→「桜町殿」は太上天皇の御所たる仙洞御所で、もともと徳川幕府が後水尾天皇のために造営したものでした。譲位の儀式の前に光格天皇は仙洞御所に行幸になり、仙洞御所から清涼殿へ剣璽が渡御されたのは注目されます。「日次案(ひなみあん)」には、大がかりな行幸の様子が詳細に記録されています。
 平成の御譲位ではどんな儀式になるのでしょう。上皇のお住まいを京都にという提案がありますが、もし京都から数百人の行列を組んで剣璽渡御が行われたらすごいことです]
「23日、布衣始の儀あり。」
「24日、太上天皇の尊号を受けさせらる。この日、吉書御覧あり。」
[24日、先帝に太上天皇の尊号を上らる。→尊厳宣下は「太上天皇」です。「上皇」ではありません。御譲位の2日後という点も注目されます]
「26日、御幸始あらせらる。」
[26日、御父光格上皇の御幸始により、御祝儀を献ぜらる。]
「4月28日、尊号御報書の儀。」
「5月7日、尊号御報書の勅答を受けさせらる。昼御座に出御あらせらる。」
「5月18日、御譲位後の和歌御会始を行はる。出御あらせらる。」
「8月7日、御譲位後の和歌当座御会始を行はる。小御所に出御あらせらる。」
「9月21日、仁孝天皇、即位の礼を行はる。よって禁裏に御幸あらせらる。」
[21日、紫宸殿において即位の礼を行はせらる。→3月の御譲位から半年後でした]
[文化14年11月16日、新嘗祭を行はる。出御あらせられず。→新帝の親祭はなかったということのようです。『光格天皇実録』にも記載がありませんから、同様にお出ましはなかったようです。即位の礼が行われても、まだ改元は行われていません]
[17日、豊明節会を行はる。出御あらせられず。→新帝のお出ましはありませんでした]
文化15年正月1日、四方拝、出御あらせらる。[→四方拝に太上天皇がお出ましになっているのは注目されます]
「4月22日、改元定院奏あり、弘御所に出御あらせらる。」
[→改元について上皇に奏聞が行われたようです。前年3月の御譲位から1年以上が過ぎています。
 今日の元号法(昭和54年)は「元号は、皇位の継承があった場合に限り改める」と規定するだけです。したがって厳密にいえば、皇位継承の期日と改元の期日の関係については何も定めていません。譲位の日と改元の日をずらすことも可能のように見えます。国民生活の混乱を避けたいのなら、践祚から一定の準備期間を置いて改元したらどうでしょう]
[文政元年11月17日、大嘗会御習礼あり。光格上皇、これに御幸あらせらる。→習礼とは予行練習です]
「文政元年11月21日、大嘗祭なり。よって禁裏に御幸あらせられ、悠紀殿に渡御あらせらる。」
[21日、大嘗祭を行はる。この日、光格上皇、内々、これに御幸あらせらる。→先帝が内々に、悠紀殿の儀にお出ましになったということでしょうか。即位の礼は前年9月、大嘗祭はその翌年の秋でした。明治42年の登極令で、「大嘗祭は即位の礼を訖(おわ)りたるのち、続いてこれを行ふ」とされたのです。前回の御代替わりでは10日後でした]


▽2 予算編成上、ギリギリのスケジュール

 さて、来年末もしくは来年度末に予定される「退位と改元」について、この9月に「期日」を決定・公表するのは、伝えられるように、「来夏の公表」を「前倒しした」というより、予算編成上、ギリギリの選択だということではないでしょうか。

 来年度に御代替わりが実施されるのなら、「国の行事」とするか否か、宮廷費とするか否かはともかく、30年度予算の概算要求は来月8月末まで、政府予算案は年末までに閣議決定されますから、「9月」ではむしろ遅いはずです。

 言い換えれば、御譲位の儀式をどのような形式で行い、どのように法的に位置づけるか、したがって「国の行事」とするか、皇室行事とするか、宮廷費か内廷費か、は「期日の正式決定のあと」ではなくて、その前に、政府部内で決定してしまうということでしょうか。

 御代替わり諸儀礼を「国の行事」にすべきだと考える立場からすれば、文字通り、待ったなしの状況といえます。どうか皆様、「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンにご協力ください。同憂の士のご協力を切にお願いします。
https://www.change.org/p/政府-宮内庁-御代替わり諸儀礼を-国の行事-に 〉
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前侍従長の古巣・外務省が抵抗?──御公務をなぜ「分担」しなければならないのか? 5 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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前侍従長の古巣・外務省が抵抗?
──御公務をなぜ「分担」しなければならないのか? 5
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 私は運動家ではありませんが、日本の現状と行く末を心から憂い、「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンを、1人で始めました。このままでは悪しき先例がそのまま踏襲されるでしょう。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を求めます。
https://www.change.org/p/%E6%94%BF%E5%BA%9C-%E5%AE%AE%E5%86%85%E5%BA%81-%E5%BE%A1%E4%BB%A3%E6%9B%BF%E3%82%8F%E3%82%8A%E8%AB%B8%E5%84%80%E7%A4%BC%E3%82%92-%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A1%8C%E4%BA%8B-%E3%81%AB

 さて、以下、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第3章 伝統を拒絶する官僚たちの暴走

第2節 御公務をなぜ「分担」しなければならないのか?──典範改正、制度改革は必要か?


▽5 前侍従長の古巣・外務省が抵抗?
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 具体的に見ると、軽減策が打ち出される前の19年と23年とで、方法も変わっていないことが分かります。親任外国大使のお茶や外国大使の午餐、赴任日本大使の拝謁や帰朝日本大使のお茶も、だいたい5カ国までをひとまとめにして行われていますが、軽減策がまったく採られていないように見えます。

 このため23年には、たとえば新任外国大使の「お茶」では12月12日、16日、20日と9日間に3件、行われ、外国に赴任する日本大使の「拝謁」は4月4日の次は4月7日、9月6日の次は翌日7日、9月13日の次は15日、21日の次は22日、という具合に3日と上げずに日程が組まれ、帰朝大使の「お茶」は1月17日には2回、行われているほどです。

 国連加盟国の数が1945年設立当初の51カ国から現在は約200カ国にまで増えていますから、外国大使の信任状捧呈式や「ご引見」の件数はそれだけ増えることになります。「お茶」や「午餐」を5カ国ではなくて、仮に10カ国いっしょにすれば、件数はそれだけ減るだろうし、さらに月ごとにまとめれば陛下のご負担は格段に軽減することができるでしょうが、無理なのでしょうか?

 もっとも注視すべきは、離任大使の「ご引見」です。1カ国ごとに行われるために、23年7月には次のように日程がたて込みました。

23年7月 6日 離任ハンガリー大使
7日 離任エジプト大使夫妻
11日 離任リトアニア大使夫妻
13日 離任メキシコ大使夫妻
14日 離任デンマーク大使夫妻
同日 離任オーストラリア大使
15日 離任キルギス大使夫妻
19日 離任スウェーデン大使夫妻
20日 離任ローマ法王庁大使
25日 離任コスタリカ大使夫妻

 新任外国大使の信任状捧呈式でさえ、まとめて行われています。月ごととはいわなくても、週ごとにまとめられないのでしょうか。陛下の御負担増は、何のことはない、外務省の自作自演のようにさえ見えます。

 御負担軽減をたびたび進言し、「女性宮家」創設を数年前から提唱してきた渡邉前侍従長(いまは元職)は、外務省出身で、儀典長を経験し、その後、宮内庁式部官長に転身した、いわば「公的行事のプロ」です。皇室典範改正、皇室制度改革に踏み出す前に率先垂範すべき余地がありませんか?

 渡邉前侍従長は、自著『天皇家の執事』の後書きで、概要、こう述べています。

「平成10年の天皇誕生日の記者会見で明言されたように、陛下は御公務を減らすつもりはまったくないという考えで一貫してきた。したがって、21年1月の御公務・祭祀の調整・見直しをお許しになったことは感慨無量だったが、御公務そのものを削減することはなく、まだまだお忙しいことにまったく変わりはない」

 難解な表現ですが、「御公務を削減するつもりがまったくない」のは、陛下ご自身だと主張したいのでしょうか?

 考えてもみてください。陛下の御公務を御結婚後の女性皇族に御分担いただくとして、海外の賓客や大使の接遇などを本気でお願いするつもりでしょうか?


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります
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大震災で倍増した「ご進講」「ご説明」──御公務をなぜ「分担」しなければならないのか? 4 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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大震災で倍増した「ご進講」「ご説明」
──御公務をなぜ「分担」しなければならないのか? 4
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 私は運動家ではありませんが、日本の現状と行く末を心から憂い、「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンを、1人で始めました。このままでは悪しき先例がそのまま踏襲されるでしょう。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を求めます。
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 さて、以下、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第3章 伝統を拒絶する官僚たちの暴走

第2節 御公務をなぜ「分担」しなければならないのか?──典範改正、制度改革は必要か?


▽4 大震災で倍増した「ご進講」「ご説明」

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 この表でお分かりのように、宮内庁が気にしていた外国賓客、首相・議長級のご引見は確実に減っています。都内・近郊へのお出ましも増えていません。そして、私がずっと指摘してきたように、祭祀のお出ましは文字通り半減しました。

 一方、ご進講・ご説明は逆に増えています。宮内庁の説明では、大震災の影響があるようです。

「定例の外務省総合外交政策局長によるご進講や各種行事に関するご説明などが合わせて54回ありました。これに加え、東日本大震災に関し、諸分野の関係者や専門家より33回にわたりご説明を受けられました」

 いつも申し上げるように、古来、国民の喜びのみならず、悲しみや憂い、さらに命をも共有し、国と民のためにひたすら祈られるのが天皇です。同時に、天皇には民の声を聞き、民の心を知るという王者の伝統があるといわれます。今上陛下が各分野の人々との拝謁で、一人ひとりと間近に触れ合おうとされるのはそのためでしょう。

 公正にして無私という大原則からすれば、Aさんとはお話しするけれど、Bさんとは言葉を交わさないというわけにはいきません。A県には行幸するが、B県にはお訪ねにならないということはできないのです。

 つまり、陛下の御公務は一面で、無限に拡大していく宿命を負っています。「御活動」なさる天皇論の最大の問題はここです。

 天皇の祈りはまた、危機のときにこそ発揮されます。未曾有の天災を真正面から受け止め、被害の実態を正確に知ろうとするご姿勢が、前年に比べ倍増した「ご進講・ご説明」の数字にはっきり表れています。

 しかし注目されるのは別の「御公務」です。宮内庁は内外の外交官とのご引見、拝謁が多いことに着目し、「しかるべき調整」をすることを表明していましたが、その成果はあったのかどうか、「この一年のご動静」の数字からは見えてきません。

 そこで、宮内庁のHPに掲載されている「両陛下のご日程」から、新任外国大使との「お茶」や滞日3年を超える外国大使夫妻の「午餐」などを抽出し、表にまとめてみました〈http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/gonittei01.html〉。

             19年  20年  21年  22年  23年
新任外国大使夫妻とのお
茶             8   9    9   10   12
滞日3年を超える外国大
使夫妻の午餐        5   5    4    6    4
離任外国大使夫妻のご引
見             18   21   22   21   24
外国赴任日本大使夫妻の
拝謁・ご接見        13   14   10   13   14
帰国日本大使夫妻お茶    10   5    11   4   11

 これを見ると、少なくとも数値において、陛下のご多忙は変わらないどころか、むしろますますご多忙を極めているようにさえ見えます。”


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります
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宮内庁の数字に見るご多忙ぶり ──御公務をなぜ「分担」しなければならないのか? 3 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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宮内庁の数字に見るご多忙ぶり
──御公務をなぜ「分担」しなければならないのか? 3
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 私は運動家ではありませんが、日本の現状と行く末を心から憂い、「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンを、1人で始めました。このままでは悪しき先例がそのまま踏襲されるでしょう。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を求めます。
https://www.change.org/p/%E6%94%BF%E5%BA%9C-%E5%AE%AE%E5%86%85%E5%BA%81-%E5%BE%A1%E4%BB%A3%E6%9B%BF%E3%82%8F%E3%82%8A%E8%AB%B8%E5%84%80%E7%A4%BC%E3%82%92-%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A1%8C%E4%BA%8B-%E3%81%AB

 さて、以下、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第3章 伝統を拒絶する官僚たちの暴走

第2節 御公務をなぜ「分担」しなければならないのか?──典範改正、制度改革は必要か?


▽3 宮内庁の数字に見るご多忙ぶり
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 そこであらためて、天皇陛下のご多忙ぶりを、宮内庁の公表資料に基づいて、見てみることにします。

 宮内庁は、毎年暮れ、陛下のお誕生日に合わせて、「この一年のご動静」をリポートしています。そのなかで、内閣の上奏書類等にご署名・ご押印なさった件数、内閣総理大臣の親任式、国務大臣などの認証官任命式、新任外国大使の信任状捧呈式の人数などが具体的に示されています〈http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokanso-h23e.html〉。

 以下の表は、それらの数値を、平成19年から23年までとりまとめたものです。[ ]内の数字は私が調べました。宮内庁算出の数値がリポートにないからです。



            19年   20年   21年 注1   22年   23年 注2
内閣上奏書類のご署名・
ご押印         1051   1074   883     885    957

内閣総理大臣・最高裁長
官の親任式        1    2    1      1     1

国務大臣など認証官任命
式           126   136    76     136     109

新任外国大使の信任状捧
呈式          29    37    24     32     34

外務省総合外交政策局長
のご進講・各種ご説明  [31]   30    46     47    54+33 注3

勤労奉仕団・献穀者など
の御会釈        55    52    56     54     53

宮中晩餐         2    2     1     1     [0]

公式実務訪問賓客の午餐  6    4     6     6     []

外国首相・国会議長ご引
見           [14]  [20]    10    10     4

海外国王・王族との御所
でのご昼餐・ご夕餐   [7]   [3]    2     [5]    [3]

都内・近郊へのお出まし [43]   49    [38]    45     37

地方行幸啓    1道1府8 県[17 市8町1 村]
             8府県 [13市4 町]
                  2府6県 [12市1 町]
                       9府県 [29市5 町1村]
                           12道県 [24市5 町1村]

宮中祭祀         38   34    [26]    28     21


注1:平成21年7月3日~7月17日まで、カナダ及びアメリカ合衆国公式ご訪問。この間、皇太子殿下に国事公使臨時代行を委任。

注2:平成23年11月7日~12月6日までご入院・ご療養のため、皇太子殿下に国事行為臨時代行を委任。

注3:定例の外務省総合外交政策局長によるご進講や各種行事に関するご説明などが計54回、東日本大震災に関する諸分野の関係者・専門家のご説明が33回。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります

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ご負担軽減に失敗した宮内庁 ──御公務をなぜ「分担」しなければならないのか? 2 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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ご負担軽減に失敗した宮内庁
──御公務をなぜ「分担」しなければならないのか? 2
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 私は運動家ではありませんが、日本の現状と行く末を心から憂い、「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンを、1人で始めました。このままでは悪しき先例がそのまま踏襲されるでしょう。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を求めます。
https://www.change.org/p/%E6%94%BF%E5%BA%9C-%E5%AE%AE%E5%86%85%E5%BA%81-%E5%BE%A1%E4%BB%A3%E6%9B%BF%E3%82%8F%E3%82%8A%E8%AB%B8%E5%84%80%E7%A4%BC%E3%82%92-%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A1%8C%E4%BA%8B-%E3%81%AB

 さて、以下、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第3章 伝統を拒絶する官僚たちの暴走

第2節 御公務をなぜ「分担」しなければならないのか?──典範改正、制度改革は必要か?


▽2 ご負担軽減に失敗した宮内庁
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 宮内庁は御在位20年を契機として、陛下の御公務ご負担軽減に取り組んできました。その場合の理由は「ご健康問題」でした。

 20年暮れの御不例を経て、翌21年1月には、「今後の御公務および祭祀の進め方について」の方針が発表されました〈http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/kohyo/gokomu-h21-0129.html〉。

(1)春と秋の叙勲に伴う拝謁は回数・日程を削減する
(2)首相級の外国賓客のご引見などは公賓・公式実務賓客の場合に限る
(3)新年や天皇誕生日の祝賀行事は行事内容の見直しを行う
(4)全国植樹祭などはご臨席のみで、「お言葉はなし」とする
(5)宮中祭祀の新嘗祭は「夕の儀」のみ、旬祭は5月と10月のみ親祭とする

──などとされました。

「調整・見直し」の背景には、

「昭和の時代、例えば、昭和天皇が74歳になられた昭和50年当時と比べると、外国賓客や駐日大使との御会見・御引見等については、約1・6倍、赴任大使や帰朝大使の拝謁等については、約4・6倍、都内や地方へのお出ましについては、約2・3倍と、大きく増加しており、これらに伴い、両陛下のご負担も増大しました」

 という認識がありました。

 ところが、それから3年、今度は、御公務ご負担軽減のために皇室典範改正が必要だというのです。女性皇族に婚姻後も皇室にとどまっていただき、御公務を「分担」していただく、というのです。目的も「ご健康問題」ではなく、「皇室の御活動」の維持です。

 キーマンである園部逸夫内閣官房参与は有識者ヒアリングで、陛下の御公務のご負担を減らす必要があること、そのために皇太子殿下や秋篠宮殿下以外の皇族が身分を維持したまま御分担できるようにすることを繰り返し説明していました。

 天皇陛下の御公務のご負担が大きいから、軽減が必要である、ということは容易に理解できます。けれども、陛下の御公務を、なぜ女性皇族が御結婚したあとも「分担」しなければならないのか、が分かりません。明らかに説明不足です。

 まして、政府の資料にあるように、現行制度では婚姻後、女性皇族は皇籍離脱するから、「皇室の御活動」の安定的維持、「両陛下のご負担」軽減が緊急課題だ、という論理はまったく理解不能です。

 天皇は天皇であって、天皇の国事行為・御公務と天皇皇后両陛下のご負担は別であり、まして「皇室の御活動」などとひとくくりにされるべきではありません。

 結局のところ、宮内庁は数年前から「ご負担」軽減策を具体的に進めたけれども、成果は実らなかったのです。私が一貫して指摘してきたように、祭祀が激減した一方で、御公務はかえって増えたのです。

 政府・宮内庁は、何が、どう増えたのか、なぜ減らないのか、という客観的な検証もなしに、女性皇族による御公務「ご分担」、皇室典範改正へと一足飛びに飛躍させています。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります
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論理の飛躍──御公務をなぜ「分担」しなければならないのか? 1 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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論理の飛躍
──御公務をなぜ「分担」しなければならないのか? 1
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 私は運動家ではありませんが、日本の現状と行く末を心から憂い、「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンを、1人で始めました。このままでは悪しき先例がそのまま踏襲されるでしょう。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を求めます。
https://www.change.org/p/%E6%94%BF%E5%BA%9C-%E5%AE%AE%E5%86%85%E5%BA%81-%E5%BE%A1%E4%BB%A3%E6%9B%BF%E3%82%8F%E3%82%8A%E8%AB%B8%E5%84%80%E7%A4%BC%E3%82%92-%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A1%8C%E4%BA%8B-%E3%81%AB

 さて、以下、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第3章 伝統を拒絶する官僚たちの暴走

第2節 御公務をなぜ「分担」しなければならないのか?──典範改正、制度改革は必要か?


▽1 論理の飛躍
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 平成24年2月に公表された政府の資料によると、「女性宮家」を創設する目的は「皇室の御活動」の維持であり、「両陛下のご負担」軽減でした。

「現行の皇室典範の規定では、女性の皇族が皇族以外の方と婚姻された時は皇族の身分を離れることになっていることから、今後、皇室の御活動をどのように安定的に維持し、天皇皇后両陛下のご負担をどう軽減していくかが緊急性の高い課題となっている」(「有識者ヒアリングの実施について」)〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/koushitsu/yushikisha.html

 しかし、この文章は理由と結論が論理的につながっていません。

 前半の

「現行の皇室典範の規定では、女性の皇族が皇族以外の方と婚姻された時は皇族の身分を離れることになっている」

 は現行の皇室制度の中味ですが、後半の

「今後、皇室の御活動をどのように安定的に維持し、天皇皇后両陛下のご負担をどう軽減していくかが緊急性の高い課題となっている」

 とは直接的に結びつかないはずなのに、いとも簡単に順接的につながっています。論理の飛躍です。

 政府の資料は、

「このため、各界の有識者の方々から、皇室の御活動の意義や、女性の皇族に皇族以外の方と婚姻された後も御活動を継続していただくとした場合の制度の在り方等について幅広くご意見を伺い、今後の制度検討の参考とする」

 と続きますが、これも飛躍です。

 いつのまにか「天皇の御公務」が「両陛下の御活動」に衣替えし、「皇室の御活動」にすり替わっています。”


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります
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悪いのは「占領軍」ではない──なぜ有識者に意見を求めるのか? 8 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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悪いのは「占領軍」ではない
──なぜ有識者に意見を求めるのか? 8
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 私は運動家ではありませんが、日本の現状と行く末を心から憂い、「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンを、1人で始めました。このままでは悪しき先例がそのまま踏襲されるでしょう。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を求めます。
https://www.change.org/p/%E6%94%BF%E5%BA%9C-%E5%AE%AE%E5%86%85%E5%BA%81-%E5%BE%A1%E4%BB%A3%E6%9B%BF%E3%82%8F%E3%82%8A%E8%AB%B8%E5%84%80%E7%A4%BC%E3%82%92-%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A1%8C%E4%BA%8B-%E3%81%AB

 さて、以下、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第3章 伝統を拒絶する官僚たちの暴走

第1節 なぜ有識者に意見を求めるのか?──依命通牒の「破棄」


▽8 悪いのは「占領軍」ではない
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 昭和の時代はまだしも皇室の意見が重んじられました。

 天皇第一のお務めである宮中祭祀のあり方が大きく変わったのは、昭和40年代でした。最初は毎月1日の旬祭が年2回に減らされました。入江相政侍従長の「工作」(入江日記)によるものです。

 このとき香淳皇后が猛抗議されたことが「入江日記」に記録されていますが、入江は皇后陛下の意見に耳を傾けませんでした。逆に「ねじ伏せた」ことが、日記に誇らしげに書き残されています。

 皇族の意見を聴く耳を持たなかった入江ですが、皇族方の意見に基づいているかのように装う工作は抜かりなく行いました。「入江日記」によると、皇太子殿下(今上陛下)のご発案によって、祭祀簡略化を進めようとしています。

 けれども、昭和50年代に入ると、様相は変わります。富田長官の下で、祭祀の簡略化が政教分離の名のもとに、さらに強力に、組織的に進められましたが、50年8月15日の長会室会議がそうだったように、皇族方の意見が参考にされることはなかったようです。

 御代替わりのとき、即位の礼準備委員会は参考人の意見を求めました。皇室典範有識者会議も有識者の意見を聴きました。そして皇室制度ヒアリングも、有識者の意見に耳を傾けました。しかし、皇族方の意見を聴くことはありませんでした。

 なぜなのでしょうか?

 理由の1つは、昭和50年8月15日の長官室会議で、皇室の伝統がほかならぬ側近たちによって、一方的に、密室において断絶されたこと、もうひとつは、いびつな憲法解釈・運用ということになるでしょうか?

 だとすると、いま必要なことは、

(1)昭和50年8月15日の会議で何が話し合われたのか、知られざる皇室関係史のひとコマが明らかにされること
(2)皇室の伝統と憲法の趣旨を対立的にとらえる憲法解釈・運用が正されること

 の2つだと私は考えますが、残念なことに、(1)についてはどうやら議事録さえも残されていないようです。ともあれ、「アメリカ憎し占領軍憎し」という昔ながらの理解では、皇室の歴史と伝統は、いつまで経っても回復されないでしょう。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります
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「国民主権」が根拠──なぜ有識者に意見を求めるのか? 7 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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「国民主権」が根拠
──なぜ有識者に意見を求めるのか? 7
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 私は運動家ではありませんが、日本の現状と行く末を心から憂い、「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンを、1人で始めました。このままでは悪しき先例がそのまま踏襲されるでしょう。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を求めます。
https://www.change.org/p/%E6%94%BF%E5%BA%9C-%E5%AE%AE%E5%86%85%E5%BA%81-%E5%BE%A1%E4%BB%A3%E6%9B%BF%E3%82%8F%E3%82%8A%E8%AB%B8%E5%84%80%E7%A4%BC%E3%82%92-%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A1%8C%E4%BA%8B-%E3%81%AB

 さて、以下、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第3章 伝統を拒絶する官僚たちの暴走

第1節 なぜ有識者に意見を求めるのか?──依命通牒の「破棄」


▽7 「国民主権」が根拠
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 すでに述べたように、国会図書館には、依命通牒が掲載された、昭和22年当時の『宮内府関係法令集』が所蔵されています。

 また、現行の『宮内庁関係法規集』が「平成19年11月1日現在」版から「平成24年11月1日現在」版まで、計6冊、所蔵されていますが、これらには依命通牒は掲載されていません。

 宮内庁HPに掲載されている「関係法令」も同様です〈http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/kunaicho/hourei.html〉。

 多くの人に気づかれることなく、どうやら宮内庁職員さえ知らないあいだに、いつの間にか、消えたのです。まるでミステリーです。

 依命通牒に記された、基準とすべき「従前の例」が反故にされた以上、125代にわたる皇室の長い歴史と伝統に代わって、新たな基準がなければなりません。

 根本的基準が憲法の「国民主権」「象徴天皇」にあることは明らかです。

 御代替わりにおいて、小泉内閣時代の皇室典範有識者会議において、そして「女性宮家」有識者ヒアリングにおいて、

「象徴天皇制度のもとで」

 と繰り返し強調されているのは、その意味と理解されます。

 そして政府は、「皇室の伝統」と「憲法の趣旨」とを対立的にとらえ、皇室の伝統行事のうち、伝統のままに行うことが現行憲法の趣旨に反すると考えるものは、国の行事ではなく皇室行事とされ、皇室の伝統が破られました(『平成大礼記録』宮内庁など)。

 小泉内閣の皇室典範有識者会議では、「伝統」の尊重が「基本的な視点」のひとつに置かれましたが、あくまで戦後60年の「1.5代」象徴天皇制度の伝統というべきでした。報告書の「はじめに」には、

(1)さまざまな天皇観があるから、さまざまな観点で検討した
(2)世論の動向に合わせて検討した

 と説明されていますが、皇室自身の天皇観、皇室にとっての継承制度という視点、天皇は祭り主であるという観点は、見当たりません。

 国民の名において、政府の責任で何でもできる。むろん皇族方の意見を聞く必要もないというのがヒアリングの本質かも知れません。

 実際、有識者会議は皇族方の意見に耳を傾けようとしないどころか、女系継承容認に憂慮の念を示された寛仁(ともひと)親王殿下に対して、吉川弘之座長(元東大総長)は

「どうということはない」

 とうそぶき、皇族方を守るべき立場のはずの羽毛田長官は、

「皇室の方々は発言を控えていただくのが妥当」

 と口封じに及びました。

 側近中の側近である羽毛田長官こそは皇室改革の急先鋒で、18年9月、国民が待望した悠仁(ひさひと)親王殿下のご誕生に、

「皇位継承の安定は図れない」

 と水を差しました。16年7月の参院選のマニフェストに女性天皇容認方針を掲載した民主党が21年8月の衆院選で圧勝し、政権を取ると、皇室典範改正に取り組むよう鳩山新内閣に要請する意向を表明し、秋波を送りました。

 その鳩山内閣は同年暮れ、習近平中国副主席の「ゴリ押し」特例天皇会見(正確には「ご引見」)を強行しました。日本の最高権威であり、それゆえ現実の権力政治から超然たる地位にあるべき天皇が、「ポスト胡錦涛」の権力闘争を展開していた習近平サイドに政治利用されることを、「国際親善」の名目で許したのです。

 民主党政権下で進められる皇室制度改革こそ、歴史的天皇から逸脱する、現行憲法を起点とする天皇の名目化でしょう。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります
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「3項、4項をあわせ読めば」──なぜ有識者に意見を求めるのか? 6 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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「3項、4項をあわせ読めば」
──なぜ有識者に意見を求めるのか? 6
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 私は運動家ではありませんが、わが国の現状と行く末を憂い、「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンを、1人で始めました。このままでは悪しき先例がそのまま踏襲されるでしょう。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を切に求めます。
https://www.change.org/p/%E6%94%BF%E5%BA%9C-%E5%AE%AE%E5%86%85%E5%BA%81-%E5%BE%A1%E4%BB%A3%E6%9B%BF%E3%82%8F%E3%82%8A%E8%AB%B8%E5%84%80%E7%A4%BC%E3%82%92-%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A1%8C%E4%BA%8B-%E3%81%AB

 さて、以下、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第3章 伝統を拒絶する官僚たちの暴走

第1節 なぜ有識者に意見を求めるのか?──依命通牒の「破棄」


▽6 「3項、4項をあわせ読めば」
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 宮尾答弁の中身について、もう一度、見てみます。

 まず、依命通牒は宮内府の内部的な文書だとする点ですが、事実に反するものと考えます。

 というのも、依命通牒(依命通達)とは行政官庁の命令によって補助機関が発する通達であり、昭和22年5月3日の宮内府長官官房文書課発45号、高尾亮一同課長名による依命通牒の場合は、各部局長官に対して通達されたのであって、宮内府内部の事務処理の考えを宮内府内部に向けて発したのではないからです。

 つぎに、廃止の手続きを取っていないから、いまも通牒は生きている、ということについて、ですが、ここが最大の問題です。

 もし生きている、とするのなら、昭和40、50年代に天皇の祭祀が変更された根拠は何か、ということになります。なぜ依命通牒がバインダー式だったらしい宮内庁の「法規集」から外されることになったのか、です。

 同じ平成3年4月25日の参院内閣委で、秋山收内閣法制局第二部長(のちの内閣法制局長官)は次のように答弁しています。

「皇室の行います儀式とか行事につきましては、憲法あるいはその他の法令の規定に違反しない限りは、法令上の根拠がなくても皇室がその伝統などを考慮してこれを行っても現行憲法上何ら差し支えないものでございまして、先ほどの宮内庁の御説明、お尋ねの通牒は3項、4項をあわせ読めば、現行憲法及びこれに基づく法令に違反しない範囲内において従前の例によるべしという趣旨でありますので、憲法上、特段、問題はないものと考えております」

 注目したいのは、「3項、4項をあわせ読めば」です。

 つまり、依命通牒の第3項は

「従前の規定が廃止となり、新しい規定ができていないものは、従前の例に準じて、事務を処理すること」

 で、皇室祭祀令に定められていた宮中祭祀、登極令に定められていた践祚・即位礼関連の諸行事などがこれに当たりますが、第4項では

「前項の場合において、従前の例によれないものは、当分の内の案を立てて、伺いをした上、事務を処理すること」

 とされています。

 したがって、「従前の規定が廃止」され「新しい規定ができていないもの」について、基本的には「従前の例に準じて事務を処理」されるけれども、「従前の例によれないもの」については、「従前の例に準じて事務を処理」しないことになります。

 依命通牒は廃止の手続きはとらない。したがって効力はいまも続いているが、たとえば憲法の政教分離原則などに抵触するような部分については、「従前の例」を踏襲しないと判断するということです。

 昭和50年当時の宮内庁当局者たちは、依命通牒によって踏襲されてきた皇室の伝統を、ほかならぬ依命通牒に基づいて、「廃棄」したということでしょう。

 これが、宮内庁OBが証言する「依命通牒の破棄」です。

 だとすると、問題は3点です。

(1)占領下でさえ踏襲されてきた天皇の祭祀が、「従前の例によれない」と判断された根拠は何か?
(2)天皇第一のお務めとされてきた祭祀の重大な変更を、官僚組織内部で行った理由は何か?
(3)依命通牒が「生きている」のなら、なぜ「法規集」から外したのか?

 依命通牒の「廃止の手続きは取っていない」という宮内庁次長の答弁、「3項、4項をあわせ読めば」という内閣法制局の見解を引き出したのは吉岡議員の功績ですが、祭祀の改変について追及しないのは共産党議員ならではの限界といえます。


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