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批判は諸刃の剣 ──もっと聞きたい、園部参与との丁々発止 6 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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批判は諸刃の剣
──もっと聞きたい、園部参与との丁々発止 6
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 私は運動家ではありませんが、やむにやまれぬという思いから、組織も資金もないなか、「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンを、1人で始めました。現状では悪しき先例が踏襲されるに違いありません。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を心から求めます。
https://www.change.org/p/%E6%94%BF%E5%BA%9C-%E5%AE%AE%E5%86%85%E5%BA%81-%E5%BE%A1%E4%BB%A3%E6%9B%BF%E3%82%8F%E3%82%8A%E8%AB%B8%E5%84%80%E7%A4%BC%E3%82%92-%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A1%8C%E4%BA%8B-%E3%81%AB

 さて、以下、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第2章 有識者ヒアリングおよび「論点整理」を読む

第6節 もっと聞きたい、園部参与との丁々発止──提唱者を標的にしない八木秀次高崎経済大教授の反対論


▽6 批判は諸刃の剣
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 八木教授は早くもヒアリングの数カ月前、「正論」24年4月号掲載のエッセイで、園部参与を

「皇室のことを慮っていると見せながら、じつのところ歴史的存在としての皇室を否定し、別物に仕立て上げようというのである」

 と名指ししています。

 八木教授の文章には、「文藝春秋」24年2月号に掲載された拙文「宮中祭祀を『法匪(ほうひ)』から救え」が引用されています。

 拙文は同じ号に掲載されている、「昭和天皇の忠臣」とも呼ばれた永田忠興元掌典補へのインタビュー(聞き手は私)とともに、皇室の歴史と伝統にそぐわない不都合がさまざまに生じた平成の御代替わりの問題点と今後の課題について、検証を試みたものでした。

 元掌典補はインタビューで、次のように証言しています。

──敗戦後、GHQは「宗教を国家から分離すること」を目的とする過酷な神道指令を発し、日本国憲法の施行に伴って皇室令が廃止されて、宮中祭祀の法的根拠が失われたけれども、「従前の例に準じて事務を処理すること」とする宮内府長官官房文書課長の依命通牒(いめいつうちょう)によって辛うじて祭祀の伝統は引き継がれたこと、ところが、昭和40年代ごろ、職員の世代交代が起こり、皇室の伝統より憲法の規定を重んじる考え方が蔓延し、祭祀が敬遠されるようになったこと、などです。

 かつて占領期の職員は皇室伝統の祭祀を守るために必死の努力を尽くしたが、戦後20年で高級官僚たちは血の滲むような先人たちの努力を踏みにじっている、その姿が「法匪」と表現され、インタビューについての私の解説記事に、編集部は「宮中祭祀を『法匪』から救え」という見出しをつけたのでした。

 八木教授は拙文を引用し、祭祀の激変と皇位継承問題とを対比させ、

「斎藤氏は『天皇より憲法に忠成を誓う「国家公務員」たちによって、皇室の伝統が断絶させられ、天皇の祭祀が激変した』と述べているが、皇位継承の問題でも皇室の伝統よりも憲法に忠成を誓う園部氏のような『法匪』によって『世襲』の意味が大きく変えられようとしている」

 と発展させています。

 八木教授の論考のタイトルである「憲法で皇室解体を謀る『法匪』園部逸夫」は、明らかに拙文が下敷きになっています。

 拙文が著名な憲法学者から注目されるのはありがたいことですが、園部参与を、祭祀の伝統を断絶させ、天皇を非宗教的な名目上の国家機関化とし、皇位継承の大原則をも激変させようとする、天皇より現行憲法に忠実な「法匪」の中心的存在と見定めることは、適切とはいえません。

 さらにいえば、です。

 言論は自由であり、批判も自由ですが、八木教授の舌鋒鋭い批判は、諸刃の剣ともなり得ます。

「皇室の存続こそ第一」と口走る園部参与の「皇室」とはもはや歴史や伝統から切り離された存在でしかない、という参与への批判は、そのまま教授自身に向けられているように私には見えます。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります

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