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「愛の宗教」キリスト教の野蛮──求められる一神教的世界観の克服 [一神教世界]

以下は斎藤吉久メールマガジンからの転載です


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 「愛の宗教」キリスト教の野蛮──求められる一神教的世界観の克服
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 日中韓3カ国の環境相会合が昨日から北九州で始まりました。けれども、中国は四川大地震の発生を理由に閣僚の参加を見送り、出席したのは次官でした。安倍内閣の閣僚らの靖国神社参拝などが影響したといわれます。

 閣僚らの靖国神社参拝があちこちで外交関係に支障をもたらしています。というより、中国と韓国が外交を人質にして、日本政府に圧力を強めています。

 中国外務省の副報道局長は「靖国神社参拝は軍国主義や侵略の歴史を否定することだ」と非難し、韓国外務省の第1次官は「「日本政府と指導的政治家らの歴史認識、時代錯誤的な言動に対し強い遺憾の意を表明する」と述べたと伝えられます。

 しかし、彼らは鏡に映った自分の姿を見ているのではありませんか?

 中国の人民英雄記念碑は明らかに中国共産党の歴史観に基づいています。韓国の国立墓地・顕忠院は「反共」「抗日」の2つの国是をレリーフに刻んでいます。けれども靖国神社の戦没者の慰霊・追悼は特定の歴史観や思想に基づくものではありません。

 ところが、彼らにはそれが理解できないようです。

 日本人は相手を思い、相手を受け入れます。自分だけが正しいとは考えません。複数の正義があると、日本人は当たり前に考えます。けれども、一党独裁の国や我こそが正義だと考える国の人たちにはなかなか通じません。一神教さながらに、彼らにとって、正義はひとつでしかないからです。

 というわけで、平成9年3月に宗教専門紙に掲載された拙文を転載します。

 そのころ「南京虐殺」「従軍慰安婦」問題で、隣国の日本批判が高まっていました。これに対して、当時の日本政府は愚かにも謝罪を繰り返していました。

 それでは本文です。なお、一部に加筆修正があります。



「南京虐殺」「従軍慰安婦」など、「遅れてきた植民地主義国家」日本が戦前・戦中期に犯した「蛮行」が非難の対象にされて久しい。

 歴史的事実の確認こそがまず必要だが、同時に、過去を暴き、批判と謝罪を繰り返すことで、アジアの友人同士、信頼と友情を回復することができるのかどうか、よくよく考える必要がある。

 古今東西、「文明人」の「野蛮」が露呈するのが戦争であり、日本軍が特別、残忍だったなどということはあろうはずがない。そのことは「愛の宗教」キリスト教によって、たった70年で絶滅させられたオーストラリア・タスマニア島のアボリジニの悲史が証明している。

 1668年、スペイン・イエズス会(カトリック)の宣教団が護衛の軍隊を率いて、グアム島に上陸、ヨーロッパ・キリスト教徒のオセアニア植民が始まった。

 1788年、イギリス人のオーストラリア入植が始まる。イギリス・ロンドン伝道協会(プロテスタント。イギリス国教会)の伝道船がタヒチに到着したのは97年。イエズス会への対抗意識は十分だったようだ。

 狩猟採集の平和な生活を送るオーストラリア先住民アボリジニにとって、入植は「ペリー来航」の衝撃どころではなかったろう。167トンの「巨艦」に乗った新しい神は呪術師が治せない病気をたちどころに癒し、目を奪う豪華な家財道具や近代兵器を山ほど抱えていた。

 タスマニア島に囚人と兵士の入植が始まったのは1803年。イギリスはハノーヴァー朝ジョージ3世(1738─1820。グレートブリテン王としての在位1760─1820。連合王国国王としての在位1801─1820)の時代。イギリスにとって、タスマニア島は征服地ではなく、発見と植民によって獲得された国王陛下の新しい領土であった。

「愛の宗教」は必ずしも愛に溢れてはいなかった。アボリジニは二束三文で土地を奪われ、
抵抗すれば、報復の殺戮が待ち構えていた。侵略者が持ち込んだ疫病と飢えと殺戮の前に、逃げ場はなかった。

 食糧を得るために差し出された女性たちは、男ばかりの流刑囚や植民者の性欲のはけ口にされた。子供たちは、ときには誘拐され、労働力に使われたという。イギリス人はアボリジニを「オランウータンに近い何か」と考えていたらしい。

 空しい抵抗の末に、数千人いたはずのタスマニア人は1830年の「原住民掃討作戦」で300人に激減、その後、強制収容所に送られて、民族文化を完全に奪われた。76年、最後の女性トゥルガニニの死亡で、純血のタスマニア人は地上から消えた。

 彼女は故郷の森に埋葬されることを望んだが、イギリス人は認めなかった。「タスマニア人は人間と猿との間の失われた鎖を提供する」と考える科学者は遺骨を入手し、第2次大戦後まで博物館に陳列した。

 アボリジニの要求でようやく火葬され、埋葬されたのは死後約100年の1974年という。

 88年、「建国200年」に沸くオーストラリア・ブリスベンで、万国博覧会が開かれた。200年記念式典で人々の注目を引いたのは、先住民アボリジニの代表がガラス玉やビーズ細工をエリザベス女王に返還する儀式だったという。

 200年前、入植者は子供だましのようなガラス玉と引き替えに広大な土地を奪った。同じガラス玉と引き替えに父祖の地を返してほしいという意思表示である。

 イギリス国教会の首長でもある女王陛下は儀式にどのような思いで臨まれたのだろうか。奪われた土地はもう返ってはこない。絶滅したタスマニア人は蘇りはしない。西洋文明が絶対の善であるはずもなく、正義はひとつではない。

 キリスト教徒たちの蛮行は、第2次世界大戦でも繰り返された。

「翼よ、あれがパリの灯だ」の名台詞で知られるアメリカ人飛行家チャールズ・リンドバーグは、大戦中、南太平洋戦線を視察し、アメリカ軍が捕虜をとらないという方針のもとに、日本兵の降服を受け入れず、最後の1兵士に至るまで殲滅させたことを告発した。

 リンドバーグは、「救世主」イエスの言葉を引用しながら、『大戦日記』の末尾をこう結んでいる。

「『汝ら人を裁くな、裁かれざらん為なり』。この戦争はドイツ人や日本人ばかりではない、あらゆる諸国民に恥辱と荒廃とをもたらしたのだ」

 相手の過去を裁くのではなく、批判と謝罪を繰り返すのではなく、次代のために互いに何ができるかをともに考えるべきではないだろうか。

 そのために必要なのは、正義はただひとつであり、正義は我にある、という一神教的な世界観を克服することである。たとえ敵対する者にさえ、正義はあることが、認められなければならない。
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