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「訂正」された英語教科書──「日本語強制」は史実ではない [日本語強制]

以下は斎藤吉久メールマガジンからの転載です


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 「訂正」された英語教科書──「日本語強制」は史実ではない
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 今月10日、衆院予算委員会で安倍首相が教科書検定制度の見直しに言及したと伝えられます。「近隣諸国との友好・親善に配慮する」(昭和57年8月の「歴史教科書」に関する宮沢内閣官房長官談話)とする近隣諸国条項も改められるかもしれません。

 案の定、韓国政府は警戒感を示しているようですが、制度の見直しそのことより、政治的配慮で事実が曲げられるのではなく、事実を事実として子供たちに伝えていけるように、望みたいと思います。

 そんなわけで、平成17年2月に、英語教科書の記述変更について書いた拙文を転載します。一部に加筆修正があります。掲載した宗教専門紙の編集方針に従い、歴史的仮名遣いで書かれています。



 全国で約三十万人、中学三年生のほぼ四人に一人が使用中の英語教科書の記述が、「誤解を招く」として「訂正」された。理由は英語表現などではなく、「植民地」朝鮮での「日本語強制」に関する歴史理解。誤りなら「訂正」は当然だが、この教科書は「一九九六(平成八)年検定済」からほぼ同一の記述をしてゐる。それどころか、歴史教科書ではほとんどが「強制政策」を載せてゐる。絶大な支持を得てゐるはずの英語教科書のみならず、日本の教科書に何が起きてゐるのか。


◇ どう「訂正」されたのか
◇ 「朝鮮人に強制」を「児童生徒に」

 問題の教科書は三省堂の「New Crown 3」(二〇〇一[平成十三]年検定済、二〇〇四年3版)。「Let's Read 3 Language─Life of a People」に、英国ウエールズ地方はかつて独立してゐて、ウエルシュといふ独自の言語があったが、英国に併合され、英語が公用語となった。ウエルシュを使ふと罰せられた。同様の悲劇の一つが日本の「植民地」時代の朝鮮だ──として、いはゆる「日本語強制政策」が次のやうに記述されてゐた。


▽「日本語のみ強制」

「朝鮮は三十五年間、日本の植民地だった。日本政府は朝鮮人に日本語のみを使ふやうに強制した。彼らにとって母語の使用をやめることはじつにつらいことだった(The Japanese government forced the Koreans to use only Japanese. It was really painful for them to stop using their own language.)。ふたたび公式に使へるやうになったのは、第二次世界大戦の終戦後である」

 英文はこのあと、ウエールズには三百万人がゐるが、ウエルシュが話せるのはわづか二割、消滅を危惧する声もある。言語は民族の命である──と続いてゐる。本文には沖縄への言及はないが、「かつて沖縄でもその地域の言葉を使ふと罰として使はれた」との説明つきで「方言札」の写真も載ってゐる。

 三省堂が外部から指摘を受けるやうになったのは昨年秋ごろ。「完全に『禁止』されてゐたわけではない」「朝鮮語が必修だった時期もある」「日韓併合後、一部では朝鮮語の新聞が発刊されてゐた」。父兄のほか、中学生からの指摘もあったといはれる。

 三省堂は複数の朝鮮史専門家に確認するなど、対応を検討した。一月末、同社ホームページに載った「訂正のお知らせ」によれば、原文では「誤解を招くことになりかねないと判断」された。「朝鮮人すべてに日本語だけを強制してゐた。朝鮮人は朝鮮語を公の場でまったく使へなかった」と受け止められるとすれば「事実と相違」するので、「史実を正確に踏まへた内容に変更する」ことが決断された。

 文科省の承認を得て、昨年暮れ、二頁分の「訂正テキスト」が印刷され、教科書を採択した各市町村の教育委員会などを通じて、配布されたといふ。


▽「日本語が国語に」

「訂正」では、「朝鮮は三十五年間、日本の植民地だった。朝鮮の児童生徒は学校で日本語を『国語』として学ばなければならなかった。のちに朝鮮語は選択科目となった(Korean school children had to learn Japanese as the 'national language'. Later, Korean language classes became optional. It was really painful for them.)。ふたたび公式に使へるやうになったのは、第二次世界大戦の終戦後である」と変はった。

「朝鮮人」は「児童生徒」にいひ換へられた。けれども、日本語=「国語」教育を朝鮮人の「悲劇」とする理解は不変である。ウエルシュと朝鮮語の歴史を「同様の悲劇」とする歴史解釈も基本的に変はらない。


◇ 何が歴史的事実なのか
◇ 朝鮮語使用の禁止なし

 韓国の国定中学校歴史教科書は、「日帝は内鮮一体と皇国臣民化などのスローガンを掲げ、韓国人を日本人にしてしまはうとした。そこで韓国語の使用を禁じ、日本語を使用するやう強要し……」と記してゐる。金大中『わたしの自叙伝』の本文には「朝鮮語の正規の授業がなくなった……学校内では、朝鮮語を使ふことが禁止されました」とある。


▽「内鮮共学」の実現

 ところが、自由主義史観研究会理事の杉本幹夫氏によると、事実はまるで異なる。併合後の朝鮮では学校教育で朝鮮語が必修だった。朝鮮総督府が朝鮮語の教科書を作成し、その過程で綴字法が統一され、標準語が制定された。昭和十二年には就学率は三六%に達し、同時にハングルが普及した(『「植民地朝鮮」の研究』など)。

 十三年には第三次朝鮮教育令が公布される。岡久雄『朝鮮教育行政』や『朝鮮総督府施政年報』などによると、以前は日本語を常用する内地人は小学校、常用しない朝鮮人は普通学校と学校も別だったが、内地・朝鮮双方の有識者の諮問を受けて内地人と朝鮮人との差別が撤廃された。

「植民地」だといふなら、英国の支配したインドであれ、米国統治下のフィリピンであれ、学校教育で宗主国の言語を必修とするのは当然だが、たとへばインドでは財政困難や官僚の妨害、人口増加で国民教育は遅々として進まなかった(『イギリス教育史』)のに対して、朝鮮では「内鮮共学」が実現した。

 むろん朝鮮語の使用は禁止されてゐない。

 金大中『自叙伝』には、朝鮮語は「随意科目」となった、朝鮮語の授業を廃止した小学校が多かったが、金大中少年の成績簿には朝鮮語の成績が十点となってゐる、週一度程度の朝鮮語の授業があったことをうかがはせる──とある。

 国語(日本語)が必修であるのに対して、朝鮮語は「加設科目」で、且つ「随意科目」だったが、道知事の認可を必要とする加設科目の場合、いったん加設した場合は必ず履修させることとされてゐた(『朝鮮教育行政』)。

 朝鮮人の論客には、当時、公聴会で「朝鮮語全廃」を建議する者さへゐたが、「廃止は良くない。国語普及運動が朝鮮語廃止運動と誤解されることもあるくらゐで、できない相談だ」と南次郎総督が答へてゐる(林鐘国『親日派』)。

 総督府の、とくに民衆と接触する機会の多い地方職員には、十四年まで朝鮮語学習が奨励され、補助金が支給された(『施政三十年史』など)。


▽朝鮮語学習を奨励

 杉本氏によると、「普通学校(小学校)で朝鮮語教育が停止したのは十六年だが、日本人校長の学校では授業が存続した。カリキュラムから消えても、朝鮮語が禁止されたわけではない。毎日申報といふ朝鮮語新聞は終戦まで発行されてゐる。朝鮮語禁止の事例は聞いたことがない」。

 植民地政策に批判的な宮田節子氏の『朝鮮民衆と「皇民化」政策』によると、実際、日本語を解する朝鮮人は十七年現在で二割程度に過ぎなかったといふ。「朝鮮人に日本語のみを使ふやう強制した」といふ「New Crown」の記述は、史実とはまったく異なる。


◇ 歴史教科書はどうなのか
◇ ほとんどが「日本語教育を強要」

 歴史教科書にはどう記述されてゐるのか、といへば、出版社八社中七社までが、表現はともかく、「日本語強制」に言及してゐる。

 シェア五割以上、六十七万人を超える生徒が使用してゐるといふ東京書籍は「朝鮮では、皇民化の名のもとに、日本語の使用や創氏改名を推し進めました」。

 そのほか大阪書籍は「学校では、日本語や日本の歴史を強制的に教へました」。

 教育出版は「日本は、朝鮮人を日本に同化させようとして、朝鮮人の学校で日本語を『国語』として強制し……」。

 帝国書院は「学校では、『国語』として日本語が教へられ、朝鮮語や中国語の使用が禁止されました」。

 扶桑社でさへ「大東亜共栄圏のもとでは、日本語教育や神社参拝が強要された」と記述してゐる。


▽情緒的な歴史認識

「朝鮮語使用禁止」と記述する帝国書院は明らかに間違ひだが、それにしても、編纂者たちは何を教へたいのか。教師用指導書を見てみる。

 東京書籍は授業の「展開例」として、「日本が朝鮮で行ったことについて理解させるとともに、もし自分が外国の名前に変へることを強要されたり、外国語の使用を強制されたとしたら、どのやうに感じるかを想像し、話し合ふ」ことを提案してゐる。歴史を科学的に、といふより情緒的に認識する姿勢といへる。

 大阪書籍は「授業を深めるために」の欄で、日本の朝鮮統治を「善意の悪政」とする見方を批判し、「善意」は証明できない、「一視同仁」も事実と相違する、と畳みかけてゐる。「悪」を暴き立てたいのだらうが、一方で、普通学校では一年から四年まで国語が十時間なのに対して、朝鮮語および漢文が六時間となってゐる「朝鮮人学校主要教科課程(週時間表)」を図示してゐる。「朝鮮語禁止」の誤りが逆に浮かび上がる。

 帝国書院は、「植民地支配について、日本からの見方だけでなく、韓国からの見方にも気づく」「日本が植民地で行った公民化政策の『母国語の禁止』や『創氏改名』、『天皇崇拝の強制』がいかに現地の人々を傷つけてゐるかを考へる」と、これまた倫理的な態度で終始してゐる。


▽ひと味違ふ扶桑社

 ひと味違ふのは扶桑社だ。

「日露戦争の勝利は日本を列強の一員に押し上げた。西洋列強は日本の実力を認めて相互に利用し合ふ関係をつくらうとするが、一方で白人の有色人種支配の崩壊に危機感を持った。他方、日本の快挙は植民地に希望を与へたが、近隣諸国には併合の運命が襲ひかかる。列強の一員となった近代日本が抱へ込む宿命的な矛盾に気づかせたい」と呼びかけてゐる。


◇ なぜ「強制」を教へるのか
◇ 無理のある「社会派」教科書

 本紙の調査によると、「New Crown 3」が「日本語強制政策」を取り上げたのは、「昭和五十五年検定済、五十六年初版発行」からである。

 その前の「五十三年初版」では「Lesson 12 国際語」でエスペラント語を紹介してゐたが、「五十五年検定済」は「Let's Read 最後の授業」といふ題の読み物で、有名なドーテの短編をモチーフにし、普仏戦争の結果、プロイセン領になり、フランス語が禁じられることになったアルザス・ロレーヌ地方の悲劇を紹介する。

 その上で、たくさんの国が同種の経験をしてゐるとして日本統治時代の朝鮮を例にあげ、「日本政府は朝鮮人に日本語だけを使用するやう命じた(The Japanese government told the Koreans to use Japanese only.)」と現行教科書とほとんど同じ文章を載せ、そのあとエスペラント語の話題につなげてゐる。

 歴史認識の誤りはじつに二十五年前のこのときから始まってゐる。


▽「考へさせる」教材

「New Crown」は内容が社会派的で、三年生用の「Lesson 3」では広島・長崎の原爆投下を取り上げ、キノコ雲ばかりか二種類の原子爆弾の写真まで掲載する。「Lesson 6」では公民権運動のキング牧師がテーマとなる。

 二年用では「日本は単一民族の国ではありません」と銘打って「Lesson 7」にアイヌ問題が登場し、「Lesson 9」では地雷問題が扱はれる。

 それぞれ重要な課題には違ひないが、社会科ではない。政治的な重い課題を義務教育の英語の教科書で、しかも「ゆとり教育」で授業時間が週三時間と削減されてゐる状況で、なぜ取り扱はれなければならないのか。

「六十一年検定済」から著作者代表の一人となり、「二〇〇一年検定済」では監修者となってゐる森住衛・桜美林大学教授(大阪大学名誉教授、英語教育学)は「New Crownは学習指導要領の理念をもっとも端的に具現してきた。極論すれば、理念を先取りしてきた」「New Crownの三大理念は『ことばの教育』『異文化理解教育』『人間教育』である」と確信的に主張する。

 制作側は「社会科や国語科まで扱ってゐるやうな話題が英語でも必要なのです」「『ニュークラウン』は生徒に『考へさせる』ことをめざしてゐる」「アイヌ民族を通して少数民族の問題を考へることは日本人として当然」「朝鮮に対して行ったことも日本人として一度は知っておかなければならない」と説明する。


▽特定史観押しつけ

 理想は理想として、朝鮮近代史を取り扱ふ意図は何だらう。何を「考へさせたい」のか。三省堂は「(Let's Read 3は)母語の大切さを子供たちに理解してもらふことを狙ひとしてゐる」と説明するが、教師用マニュアルは制作者の意図をより鮮明に浮かび上がらせる。

「ウエールズ以外にも、言語侵略が行はれたケースがあることを学ぶ」

「日本が侵略した韓国・朝鮮でも日本語の強制があったことを知る」

「日本の植民地支配下、とりわけ戦時体制下において、日本は『内鮮融和』を図り、『内鮮一体』のスローガンのもと、朝鮮人に対して、徹底した同化政策、『皇民化政策』を実施した。『神社参拝』『皇国臣民ノ誓詞』の斉唱、『創氏改名』等々を強要し、朝鮮人の民族としての尊厳を奪ったのである」

「New Crown」の制作者は、日本の朝鮮「植民地」支配を「侵略」と断定し、「皇民化政策」を断罪しようとしてゐることが分かる。

「日本植民地」論には諸説があり、杉本幹夫氏によると「合法的に獲得された新たな領土といふ本来の定義でいへば、朝鮮は日本の植民地だが、植民地=搾取の対象といふマルクス主義史観の定義でいへば朝鮮は植民地ではない」。

 しかし「New Crown」は特定の歴史観に立ってゐる。生徒に「考へさせる」は便法に過ぎず、一方的な歴史理解を押しつけるための道具に英語教育が利用されてゐるのではないか。


▽専門家がゐない

「New Crown 3」は検定段階で英語表記や表現の正確さ、挿絵の説明の的確性など、かなりの量の修正を求められてゐる。その修正と今回の「訂正」がいみじくも浮き彫りにしたやうに、中学英語の「語彙や文法など言語材料の制約」がある中で、高度な社会問題を表現することは容易ではない。どうしても断定口調になり、正確さに欠けることになる。まして朝鮮近現代史のやうな研究者間でも異論がある場合にはいっそう困難になる。

 それでも高邁な理想を実現したいなら、少なくとも著作者には専門家を加へるべきだが、「New Crown」の著作者二十九人に朝鮮現代史の専門家はゐない。無謀といふほかはない。

「日本語だけを強制した」とする記述が文科省の検定をパスしてゐたことも見逃せない。教科以外について文科省側の検定能力不足どころか、「昭和五十七年の近隣諸国条項以後はノーチェック」と指摘する声すらある。
  
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