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不気味な静寂──空知太神社訴訟「最高裁判決」のその後 by 北海太郎 [空知太神社訴訟]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


 今日は北海太郎さんのリポート「不気味な静寂──空知太神社訴訟『最高裁判決』のその後」と、荒木和博特定失踪者問題調査会代表のご了解を得て、調査会NEWS909(平成22年3月30日)から「初動」をお届けします。


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 1 不気味な静寂──空知太神社訴訟「最高裁判決」のその後 by 北海太郎
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 北海道砂川市が市の土地を空知太(そらちぶと)神社という村の鎮守に無償で提供していることについて、今年1月、最高裁は憲法の政教分離原則に違反すると判断しました。納得できない判決で、私が住む同じ北海道のT市でも、ある神社の宮司などは「疑問を感じずにはいられない」と怒り心頭でした。

 それから2カ月、何しろ同じような神社は道内にたくさんあるわけですから、各地で新たな動きがあるのかと思いきや、とくに目立った動きはありません。むしろ不気味な静寂が続いています。

 被告とされた行政側も、裁判を起こしたキリスト教関係者なども、いっさい動きがありません。最高裁判決は正確には札幌高裁への差し戻し判決でしたから、いずれ始まる高裁での審理の行方を眺めているという状況でしょうか。

◇1 高裁判決後、共産党市議が議会質問

 私が住むT市には、砂川市の空知太神社と同様に市が所有する土地に祀られ、宗教法人格を持たず、常駐する神職もいない、地域住民によって守り続けられてきた神社がいくつかあります。

 そのことについて誰かが不利益をこうむったということもなかったはずですが、にわかに市議会で取り上げられることになったのは、平成19年に札幌高裁が空知太神社訴訟で「違憲」判決を下したあとでした。

 半年後、開かれた一般決算審査特別委員会で、共産党議員が「市内において市有地にいくつかの神社が祀られている。政教分離の基本原則から考えると、神社に無償で貸し付けるのは、正しいあり方か?」「有償にした場合、最高で173万円、最低でも48万円、総額にすると237万円の土地使用料を徴収する事ができる。それなりの行政財産になりうるのでは?」などと質問したのです。

 これに対して市財政部長は、「これらの神社は、地域の文化や伝統行事として定着している。宗教法人格はないものの、みなし状態は好ましくない。各神社が鎮座している地域の住民や管理者等と話し合いを行い、解決して行きたい」と答弁しました。

 問題とされる各神社は総代・奉賛会といった管理者と市との間で土地の無償借り受けの契約を交わしており、また一部の神社では、固定資産税の対象となる建物もありますが、市側は非課税となる「宗教法人」とみなして、固定資産税の徴収などは行っていないようです。

 その理由は、市財政部長が答弁したように、各神社とも地域の文化や伝統行事として定着しており、ある特定の宗教を公機関が援助しているというような状況ではない、と行政側が判断してきたからでしょう。じつに自然なことであり、地域住人からの不平や不満の声などが今まで一度も無いのは当然です。

 その後、最高裁の違憲判決が出たわけですが、行政側も反対派もとくに動きはありません。

◇2 「住民と話し合いを持ちたい」

 たとえば、市の中心街にI神社があります。明治末年に建てられ、今日に至るまで地域住民の手で守られてきました。いつごろの都市計画かは定かではありませんが、複雑な経緯があり、現在では、隣接する児童公園とともに、神社それ自体が市都市建設部の所管する行政財産とされています。

 最高裁「違憲」判決のあと、市側はさすがに、「行政財産の状態は不適切であり、早急に普通財産にして他の神社と同様に扱う」と説明しています。

 「各神社とも町内会のお祭りで年一、二回使われる程度で、宗教性は無いと認識しているが、最高裁で違憲判決が下された以上、無視はできない。ただ、無償貸し付けしている土地を売却や有償契約を結ぶことは地域住民に負担を強いることとなるため、まずは地元住民と話し合いを持ちたい」というような主旨です。

 けれども、実際、協議の場が持たれたわけではありません。どのように対処してよいか判断しかねているのが現実なのでしょう。

 長い間、平穏な精神生活を維持してきた地域住民にとっては、最高裁の「違憲」判決は寝耳に水で、困惑しています。町内会の伝統行事として親しまれてきた祭りを、今後も変わることなく運営していけるか、不安なのです。有償契約・土地の売却など、いままで想像もしなかった問題に直面し、その対応策に翻弄され、最善策が見いだせないでいます。

◇3 卑劣きわまりない

 T市ですらこのような状況です。空知太神社訴訟および最高裁の「違憲」判決は、憲法が保障する信教の自由を保障するどころか、無用の混乱を招いてしまいました。

 原告の谷口栄氏は、クリスチャンの元教員で、平成15年には共産党の推薦を受けて砂川市長選挙に立候補し、現市長の菊谷勝利氏に敗れた人物です。

 今回の訴訟は、同氏が4年ごろ、市有地の無償貸し付けについて砂川市に公開質問状を提出したことに端を発しています。訴訟は、市長選に敗れた翌年に起こされました。

 同氏が所属するという日本キリスト教協議会の靖国問題委員会は、二審判決後、砂川市長に上告しないよう要求する声明を発表しています。

 以上のことから、同氏が純粋に信教の自由のために起こした訴訟とは、私にはとても思えません。神社神道や靖国神社に対する宗教的・政治的意図が明確に感じられます。その結果、純粋に地域の伝統文化を守り続けてきた素朴な地域住民を巻き込んでいます。卑劣きわまりないと感じられてなりません。

 このような策動に惑わされることなく、全国各地に鎮座し、長きに渡って守られてきた神社や伝統行事がけっして失われることがないようにと祈らずにはいられません。


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天皇学への課題 その5 by 斎藤吉久───神社に宗教性が希薄? おかしな上告理由 [空知太神社訴訟]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


 神社の境内地に市の土地を無償提供するのは政教分離違反である、とした空知太神社訴訟最高裁判決に対する批判の続きです。

 先週は、政教分離問題はキリスト教問題なのだということをお話ししました。空知太神社訴訟の原告が、一神教的発想を持つ人物であるらしいことはきわめて象徴的だと思います。「あなたには私のほかに神があってはならない」という唯一神の教えに従い、異教世界の侵略、異教徒の殺戮、異教文明の破壊が正当化された愚かな歴史が、憲法の規定を盾に、裁判闘争というかたちで繰り返されています。

 日本では古来、多神教的、多宗教的文明が築かれ、一神教世界とは異なる宗教的共存が実現されてきたのです。全国各地の神社こそ、そのシンボルですが、最高裁判決に見るように、「神社」と称する、「仏教」や「キリスト教」と対立する1つの信仰体系があるかのように誤解されています。

 それは最高裁の判事たちだけではありません。被告とされた市側も同様です。


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 天皇学への課題 その5 by 斎藤吉久
 ───神社に宗教性が希薄? おかしな上告理由
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▽1 誰にとっての宗教性か

 砂川市側は、札幌高裁が19年5月に「市が町内会に祠などの撤去を請求しないのは違憲」との判決を下したのを不服として、上告しました。その主な理由は、最高裁判決によると、(1)神社物件の宗教性は希薄である、(2)砂川市(砂川町)が神社の境内地を取得したのは宗教的目的に基づくものではない、の2点とされています。

 (2)はいわずもがなです。以前の境内地が小学校建設用地に使用されることになったあと、新たな移設用地として私有地を提供した篤志家から、その後、境内地の寄付を市が受けたのには宗教的目的があるはずもありません。篤志家の方は固定資産税などの負担の解消が寄贈の目的でした。

 しかし(1)神社物件の宗教性は希薄だとする上告理由は理解できません。

 宗教性というのは物件それ自体に備わっているわけではありません。人間の存在を前提とし、人間との関係において宗教性の有無は生じます。市にとって宗教性が希薄だ、というのなら分かりますが、一般的にいって、というのなら肯定できません。

 たとえば、最近では年末になると、公的施設にクリスマスツリーやイルミネーションが飾られているのをごく普通に見るようになりました。キリスト者にとってこれらは宗教性が濃厚のはずですが、ツリーを飾っている公的機関や非キリスト者にとってはそのかぎりではありません。

 私が住むさいたま市の市役所には、カリオンのモニュメントが堂々と置かれています。もともと時刻を知らせるキリスト教会の鐘が起源ですから、信仰者によっては宗教性は否定できないでしょう。

 同様に、空知太神社の物件それ自体が、宗教性が希薄である、ということはありません。誰にとっての宗教性なのか、主語によってまったく変わり得ます。


▽2 津地鎮祭訴訟判決の方が優っている

 30年以上前、津地鎮祭訴訟というのがありましたが、砂川市側の法理論はそのころから進歩が感じられず、逃げの姿勢のように私には見えます。

 津地鎮祭訴訟では、津市が主催し、神式で行われた市体育館の起工式(地鎮祭)が政教分離原則に反するか否かが争われ、最高裁は、宗教との関わり合いが否定できないものの、目的は世俗的であり、その効果は神道を援助・助長・促進し、他の宗教に圧迫・干渉を加えるものではないから、憲法が禁止する「宗教的活動」には当たらない、という合憲判断(多数意見)が示されました。

 つまり、「地鎮祭は宗教的な起源をもつ儀式であつたが、時代の推移とともに、その宗教的な意義が次第に稀薄化してきている。今日、一般人の意識においては、さしたる宗教的意義を認めず、慣習化した社会的儀礼として、世俗的な行事と評価しているものと考えられる。本件起工式は、神社神道固有の祭祀儀礼に則つて行われたものであるが、一般人及び津市市長以下の関係者の意識においては、これを世俗的行事と評価し、宗教的意義を認めなかつたものと考えられる」(判決文から抜粋)というのです。

 この判決では、一般人や市長ら行政関係者にとって、市が主催する地鎮祭には宗教性がない、と判断しています。誰にとってなのか、を考えている点において、空知太神社訴訟の上告理由より理論的に優っていますが、これもヘンです。一般人にとって地鎮祭の宗教的意義が認められない、などと断言はできないと思うからです。

 熱烈な神道信仰者にとっては地鎮祭などの神道儀礼が非宗教的であろうはずはありません。同様に、もしたとえば砂川市長個人が熱心な信仰者なら、鳥居や祠などに宗教性が希薄であるわけがありません。

 けれども、公機関にとって、あるいは公人たる市長にとってなら、話は変わります。行政にとっては、神道儀礼はあくまで儀礼にすぎず、神社施設は地域の文化施設だと考えられます。その意味で、「宗教性が希薄である」というのなら、理解できます。


▽3 玉串拝礼した白柳枢機卿

 憲法の政教分離原則は国家と教会(宗教団体)との分離それ自体に目的があるのではありません。国民の信教の自由を制度的に確保すること、つまり宗教的共存を実現することに目的があります。

 空知太神社訴訟の原告のように、日本の一部のキリスト者たちは異教を排撃することにことのほか熱心ですが、拙著『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか』(並木書房)に書いたように、キリスト教信仰の総本山であるバチカンの場合はもう何百年も前から、宗教的共存の道を模索しています。

 布教聖省は1659年、中国で布教する宣教団に対して、「各国民の儀礼や慣習などが信仰心や道徳に明らかに反しないかぎり、それらを変えるよう国民に働きかけたり、勧めたりしてはならない」(『歴史から何を学ぶか』カトリック中央協議会)という指針を示しています。

 ザビエルに始まるアジアでの福音宣教は、画期的な「適応」政策によって進められ、イエズス会の宣教師たちは現地語を学び、現地の習俗、習慣を取り入れ、中国皇帝による国家儀礼や孔子崇拝、祖先崇拝の儀礼に、むしろ積極的に参加しました。

 今日でも、たとえば昨年末に亡くなった白柳誠一枢機卿は、世界宗教者平和会議(WCRP)の日本委員会理事長をつとめるなど、宗教対話や諸宗教協力の活動にとりわけ熱心で、神社施設で会合があるときには、会議の前に代表者として表敬参拝し、神前に玉串をささげていました。

 むろん白柳師にとって、神社参拝はキリスト教信仰に反する異教崇拝には当たりません。あくまで表敬であり、儀礼上の行為に過ぎないからです。

 同様にして、砂川市にとって、市有地を空知太神社の境内地として無償提供してきたのは、市発祥の地に鎮まる神社の歴史的、文化的価値を重んじるからでしょう。市側はバチカンのすぐれた知恵と理論を学び、裁判で訴えるべきでした。

 宗教性が乏しいから政教分離原則に違反しない、というような上告理由は、同社に参拝し、成功を祈願したあと、地域の開拓に全力を尽くした祖先たちの信仰を軽んじる「逃げの理論」と映ります。


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1 天皇学への課題 その3 by 斎藤吉久───空知太神社訴訟は裁判のやり直しを [空知太神社訴訟]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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 1 天皇学への課題 その3 by 斎藤吉久
   ───空知太神社訴訟は裁判のやり直しを
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▽1 多数意見による「違憲」判断

 結論からいえば、空知太神社訴訟は裁判のやり直しをすべきだと私は考えます。合憲か違憲かを判断する以前の問題として、事実認識において、神社関係者も見落としている重要なポイントがあると思うからです。

 空知太神社訴訟は一審の札幌地裁、二審の札幌高裁とも「違憲」でした。いずれの判決も目的効果基準に立ち、公機関と宗教との関わりが全面禁止されているわけではないと断りながら、実質的には国家の宗教的無色中立性を求める絶対分離主義に近い判断をしているように思います。

 そして市側が上告し、最高裁が審理することになったのですが、昨春、小法廷から大法廷に回付され、もう1つの市有地内神社、富平神社に関する政教分離訴訟とあわせて憲法判断が示されることになったのでした。

 1月20日に出された判決は、裁判所のホームページでだれでも読むことができます。「違憲判決」と単純化して伝えるメディア報道もありましたが、正確には、違憲判断は14人の判事のうち9人による多数意見であり、しかも「差し戻し」判決でした。

 今井功、堀籠幸男の2人の裁判官がそれぞれ「反対意見」を述べているほか、藤田宙靖、原睦夫、近藤崇晴の4人がそれぞれ「補足意見」を、甲斐辰夫、中川了滋、古田佑紀、竹内行夫の4人が共同して「意見」を述べています。判事の判断が分かれているということが重要だと思います。それだけ判断が難しい事案だということだと思います。

 とくに同じ「反対意見」でも、今井功裁判官は「上告を棄却すべきものと考える」と多数意見以上の完全な「違憲」と判断しているのに対して、堀籠幸男裁判官はまったく逆に「憲法に違反しない」「請求は棄却すべきものと考える」と「合憲」判断を示していることが注目されます。


▽2 行政に協力した結果

 判決文の中身を見てみます。判決文(多数意見)は「原判決を破棄する。本件を札幌高等裁判所に差し戻す」とする短い「主文」が冒頭にあり、判決の「理由」が長々と続きます。そのあとに、「補足意見」「意見」「反対意見」が続きます。

 違憲・差し戻し判決の「理由」は、「第1 事案の概要」、「第2 上告人の上告理由」、「第3 職権による検討」、第4 結論」の4部構成で述べられています。

 まず「事件の概要」です。

 判決文によれば、空知太神社は、(1)明治25年ごろ、住民らが五穀豊穣を祈願して祠(ほこら)を置いた。(2)30年に住民らが北海道庁から3120坪の土地の御貸下を受け、神社を創建した。(3)同年9月には天照大神の分霊が祀られ、地元青年会が管理に当たった、というのが歴史の始まりです。

 明治のはじめ、全国の神社は、お寺と同様、上知例によって境内地が国有化されましたが、空知太神社は創建時において、すでに公有地内の神社なのでした。

 その後、空知太神社は行政によって翻弄されます。判決文によると、(4)明治36年に隣接して建設された小学校が昭和23年ごろ、校舎を増設するなど拡張計画が持ち上がり、境内地を建設用地に当てることになった。(5)計画に協力し、神社を移転させるため、住民Dが私有地を移転先として提供し、25年には同じ土地に地神宮が建てられました。


▽3 私有地から市有地に

 ところがさらに状況が変わります。(6)住民Dは固定資産税の負担を解消するため、砂川町(当時)に土地の寄付を願い出、(7)町は28年の町議会で土地を採納し、同時にこの土地を神社に無償で使用させることを議決し、寄付によって所有権を得ます。

 こうして公有地内に神社が置かれるという状況が生まれたのです。

 さらに判決文によれば、(8)45年になって、こんどは境内地とその周辺地を建設用地として、町内会館が新築されます。(9)併行して神社は改修され、会館内に祠が遷されるとともに、鳥居が建てられました。(10)市はこの会館建設などに補助金を支出しました。

 (11)現在は関係するすべての土地は市の所有で、そこに町内会館が建てられ、その一角に空知太神社の祠が設置され、建物の外壁に「神社」と表示されているほか、同じ土地に鳥居と地神宮が置かれています。

 (12)会館や神社は町内会の所有で、市は私有地を無償で提供しています。また、(13)神社は住民らによる氏子集団で管理運営され、初詣と春と秋のお祭りの祭事が行われています。(14)祭りにはA神社から神職が派遣されます。

 以上が、裁判所が認定した事実で、裁判では砂川市が市有地を神社境内地として無償使用させていることが政教分離原則に違反するかどうかなどが、争われたのでした。


▽4 問われているのは一神教信仰である

 さて、紙幅が尽きてきましたので、手身近に申し上げますが、重大な事実認識の欠落もしくは事実の軽視があると私は考えます。それは次の4点です。

 (1)100年を超える本州以南の神社では、仏教寺院も同じですが、明治維新後、上知例によって境内地が国有化されました。北海道の空知太神社の場合は創建の時点で公有地内の神社でした。3000坪を超える広大な土地の貸下を受けたのも、公的な存在であると考えられていたからです。

 (2)空知太神社は砂川市発祥の地に鎮まる、この地方では最古の神社で、明治の開拓者たちはかならずこの神社に参拝し、成功を祈願したといわれます。この地方の歴史にとってきわめて重要な神社です。

 (3)裁判では市有地内に神社があることが法的に問われたのですが、それは結果に過ぎません。そのようになったのは、神社が公的存在であるがゆえに、境内地を市に提供し、挙げ句の果てに市有地内の神社になったのです。

 (4)由緒正しい神社でありながら、戦後、宗教法人にもならず、神職もいません。それかあらぬか、一般の神社は国有境内地の払い下げを受け、国家管理を離れたのに、空知太神社はこの制度改革に洩れています。

 (5)空知太神社は境内というひとつの聖地に天照大神を祀る本社と土地の神を祀っているという地神宮の信仰とが多神教的、多宗教的に共存してきました。憲法の政教分離原則を盾に、この宗教的共存を破ったのは、一神教信仰に立つ原告らでした。拙著『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか』に書いたように、まさに政教分離問題とはキリスト教問題なのであり、本来、問われるべきなのは空知太神社ではなく、キリスト教信仰なのです。


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市有地内神社訴訟で最高裁が憲法判断か? [空知太神社訴訟]

以下は斎藤吉久メールマガジンからの転載です


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市有地内神社訴訟で最高裁が憲法判断か?
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 最高裁大法廷がどうやら来春にも、政教分離問題に関する重要な憲法判断を示すことになりそうです。

 このメルマガの読者ならご存じのように、日本の政教分離政策は異様なダブル・スタンダードが続いています。つまり、こと神道に関しては完全分離主義、厳格主義が押しつけられ、それ以外の宗教については、ゆるやかな分離主義、限定分離主義に任されています。

 たとえば、憲法89条は、宗教団体のために公金を支出したり、公有財産を利用させることの禁止を明文化していますが、実際には、東京都慰霊堂では年2回の慰霊法要が仏式で営まれ、長崎では県をあげて教会群の世界遺産登録運動が展開され、首相官邸ではイスラム行事「イフタール」が行われています。

 津地鎮祭訴訟の最高裁判決によれば、政教分離規定の本来的目的は、政教分離そのものではなく、信教の自由の制度的保障にあるとされています。国家と宗教との関わり合いをまったく許さないというのではなく、目的と効果が限度を超えない範囲では許されるという考え方です。

 したがって上記の事例は合憲であり、訴訟を起こそうというような人は聞きません。

 ところが、まさに津地鎮祭訴訟がそうであったように、こと神道・神社のこととなると完全分離主義が頭をもたげてきます。北海道砂川市の市有地内にある小さな神社が違憲かどうか、が争われた訴訟はその典型でした。


▽市発祥の地に鎮まる最古の鎮守

 この神社は砂川市空知太(そらちぶと)にある空知太神社です。札幌の北東約70キロ、北隣の滝川市との境を流れる空知川の左岸に位置し、『砂川市史』によると、市発祥の地に鎮まる、この地方では最古の神社で、明治の開拓者たちはかならずこの神社に参拝し、成功を祈願したといわれます。宗教法人ではない、神職もいない、村の鎮守です。

 この小さいながらも、じつに由緒正しい神社が訴訟問題に巻き込まれたのは、地元紙の報道によると、10年前のことでした。「市有地に神社があるのは政教分離違反」として公開質問状と抗議文が市に提出されたのが発端で、平成16年春、神社の撤去を求める住民訴訟が札幌地裁に起こされます。

 札幌地裁は18年3月、「市有地を町内会に使用させ、宗教施設を所有させているのは特定の宗教を援助・助長・促進するもので違憲」などとする判断を示し、撤去を勧めました。二審の札幌高裁も19年5月、「市が町内会に祠などの撤去を請求しないのは違憲」との判決を下しました。市側は「会館建設で宗教性が失われている」「市有地利用の目的はもっぱら世俗的」などと主張しましたが、「同神社は宗教施設」「施設での神式行事は宗教的行為」と認定されたのでした。

 判決はいずれも目的効果論に立ち、公機関の宗教との関わりが全面禁止されているわけではないと断りつつ、実質的には国家の宗教的中立性ではなく、無色中立性を求める絶対分離主義に近い厳格な判断をしたようです。


▽違憲訴訟を起こしたキリスト者

 話はずれますが、面白いのは、キリスト者の反応です。

 キリスト教専門のメディアによると、二審判決のあと、プロテスタント教会が組織する日本キリスト教協議会(NCC)の靖国問題委員会が、砂川市長に上告しないよう要求する声明を発表したのでした。

 違憲訴訟を起こした原告の1人はキリスト者で、平和遺族会の代表者といわれます。NCCの声明は靖国問題委員会から出されました。靖国神社反対運動を展開してきた人たちが、靖国神社とは直接結びつかない公有地内の村の鎮守の問題を取り上げ、訴訟に血道を上げる背景には、「公有地内の神社が合憲なら、靖国神社の境内を国有化できる。国家神道の復活が避けられない」という発想があるからのようです。

 キリスト者たちが靖国問題にこだわる理由は、戦前の「国家神道」が自分たちキリスト者の信仰を脅かしたと認識し、その苦い経験から「国家神道の亡霊」が目を覚まし、シンボルとしての靖国神社がふたたび国家と結びつくことに、強い不安と警戒感を抱いているからとされますが、その歴史理解も妥当性に欠け、ためにする論理に見えます。

 しかしそれよりも私が理解に苦しむのは、空知太神社の裁判のように、小さな祠(ほこら)だろうが、お地蔵さまだろうが、庚申塚(こうしんづか)だろうが、公有地にはいっさいの宗教施設も憲法の政教分離原則から認められず、撤去されるべきだという、いわゆる絶対分離主義が司法判断として確定することになると、キリスト教自身の首を絞める結果になるということをキリスト者自身はどう考えているのか、です。


▽今年12月に弁論、来春に判決

 たとえば、これも何度も書いてきたことですが、岩手県奥州市(旧水沢市)にはキリシタン領主・後藤寿庵の館跡があり、昭和初年度に建てられた廟堂が置かれています。いまは市有地で、地元のカトリック教会が主催する大祈願祭が行われ、市長が参列しています。長崎市には戦後、市有地内に宣教団の手で二十六聖人記念館と記念碑(レリーフ)が建てられました。その後、市に寄贈された記念碑では毎年、野外ミサが行われているようです。

 やはりカトリックの例ですが、昨年11月、長崎では188人の殉教者の列福式が、3万人の信者を集めて、盛大に行われましたが、会場となったのは県営野球場でした。しかも、式の実行委員長をつとめた高見三明・長崎大司教といえば、政教分離原則はできるだけ厳格に解釈されるべきだ、と主張する厳格主義者です。

 「厳格に」というのなら、県営施設を使うべきではありません。キリスト者の論理は支離滅裂で、まったく一貫していません。「兄弟の目にあるちりが見えながら、自分の目にある梁(はり)に気がつかない」(聖書)のです。

 もし、小さな祠だろうと何だろうと、すべて宗教施設であり、公有地内にあるならば違憲で撤去されるべきだ、という絶対分離主義の解釈・運用が正しいとするなら、影響は神社にとどまりません。公共の斎場、墓地、追悼式など、ことごとく違憲であって、認められない、ということになります。それは無宗教国家への道であり、宗教の価値を認める憲法に反します。

 そんななかで、最高裁第3小法廷(藤田宙靖[ときやす]裁判長)は今年4月、もう1つの市有地内神社に関する政教分離訴訟をふくめて、審理を大法廷に回付し、大法廷で憲法判断が示されることになったのでした。

 そして、昨日、大法廷(裁判長・竹崎博允長官)は双方の主張を聞く弁論期日を12月2日に指定しました。メディアは「判決は来春にも言い渡される見通し。政教分離に関し、憲法判断が示される可能性がある」と伝えています。

 果たして大法廷は最終的にどんな判決を示すのか。気になるのは、奇しくも期日の指定が新政権発足と重なったことです。新政権下にあって司法の独立を保ち、公正な判断を示せるかどうか。ことと次第によっては、靖国問題、皇室問題にも大きな影響を与えることになるでしょう。

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