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北京に乱の予感───「天皇特例会見」騒動のその後 [天皇特例会見]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


 今年最初のメルマガです。

 明けましておめでとうございます、と申し上げたいところですが、喪中につき年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げております。

 そうはいいながら、まずは新年らしい話題からお話しします。

 陛下は新年のご感想で、「昨年は厳しい経済情勢で多くの人々がさまざまな困難に直面し、苦労も多かったことと察しています。国民皆が助け合い、励まし合って困難を克服するよう願っています」と述べられました。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/gokanso/shinnen-h22.html

 陛下は国民の多くが経済不況に苦しんでいることを、永田町のどの政治家よりも、側近の官僚たちよりも、よくご存じで、国民相互の支え合いによる解決を願っておられます。

 歴代天皇は民の声を聞き、民の心を知り、民と苦楽を共有し、民の幸福のために祈ることをお務めとされました。現実の政治から超然とした位置にあり、政治的に中立なお立場で、民を知る天皇がおられることが、社会の安定の第一歩です。

 ところが民の声を実現するどころか、民主主義の原理を悪用し、数の暴力で天皇の政治的中立性を冒したのが、政府与党による天皇特例会見のゴリ押しでした。

 今回はあらためてその危険性についてお話しします。日本国内ならまだしも、北京・中南海の熾烈な権力闘争の火に油を注ぐことになったのではないか、と思うからです。耳障りのいい「友愛」精神や「国際親善」のかけ声が、私にはいっそう白々しく聞こえます。


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 北京に乱の予感───「天皇特例会見」騒動のその後
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▽日中外交をめぐる主導権争い

 特例会見の直前、民主党の小沢幹事長は総勢600人を超えるという前代未聞の大訪中団を北京に送り込みました。胡錦涛国家主席が日本の議員1人1人とにこやかに握手を交わした12月10日、習近平副主席の特例会見は決まったようです。

 北京政府のスポークスマンは、同じ日に「両国の政治的相互信頼の強化や互恵協力の拡大、両国国民の友好的な感情の増進、戦略的互恵関係の持続的な発展が推進されることを期待している」と訪日の意義を強調しました。

 一見すれば、北京政府が一致して日本の「小鳩」政権との協調関係を表明しているように見えますが、違うでしょう。民主党政権が二重構造であるように、共産党政府は一枚岩ではないからです。

 小沢幹事長は20年前から「長城計画」と称する中国共産主義青年団との交流を続けてきたそうで、今回の訪中団もその一貫のようです。胡錦涛国家主席は共青団出身で、厚遇は理解できます。

 しかし、習近平副主席は団派とは対立関係にある太子党(高級幹部の子弟)です。小沢氏の人脈からははずれています。だとすると、どのような経緯があって、小沢氏は両者を天秤にかけ、日中外交をめぐる主導権争いに陛下を引き込むような天皇会見実現のために動くことになったのか?


▽団派と太子党の闘争激化か

 結局、習近平氏にとってナンバー2への階段を確実にする大きな一歩のはずだった天皇会見は、成功しませんでした。「天皇の政治利用」についての国民の反発が広がり、小沢氏は太子党に恩を売れず、習近平氏と日本で会談すらできませんでした。記者会見で久々に見せた露骨ないらだちはそのためでしょう。

 問題は今後です。いまのところ北京は少なくとも表面上、冷静のようです。踏み込んだ論評は避けられています。しかしかえって不気味です。

 騒動のあと、希代の中国ウォッチャーである宮崎正弘さんのメルマガ(12月22日号)に、じつに興味深い情報が載りました。中国人知識層のあいだで雑誌「新青年」復刊の動きがあるというのです。
http://www.melma.com/backnumber_45206_4711553/

 創刊者の陳独秀(1879~1942)は青年期、日本に学んだ中国共産党創設の立役者の1人です。しかし中華人民共和国成立から60年、革命の先駆者たちが追い求めた「大同」(絶対平等主義)の夢はとうに破れ、国内の社会格差は世界最大ともいわれます。輝かしく伝えられる経済発展のかげで、現代の奴隷制社会と見まごうほどに、社会矛盾が限界点に達しています。

 知識人による「新青年」の復刊計画は社会変革へののろしなのかどうか? 少なくとも、親のコネで特権をむさぼっている太子党に対する政治党争の一環と見ることはできるかもしれません。なぜなら、復刊計画は、同じ第5世代ながら、太子党の習近平氏と対立する団派のポスト胡錦涛候補・李克強氏の手元に上がっているらしいからです。乱の足音が聞こえてきませんか?


▽他国の被災民に心を寄せられる

 習近平副主席をご引見になった陛下は、四川大地震の復興状況を質問され、副主席は日本からの援助などに対して謝意を述べたと伝えられます。

 日本の歴代天皇は自然災害で苦しむ国民に心を寄せられました。今上陛下は被災者1人1人と声を交わされ、励まそうとされます。天皇がそうなされるのは、国民と命を共有し、再生をはかる祭祀を日々、務められているからです。

 しかし国民を犠牲にしながら、中原に鹿を追い続けてきた中国の権力者たちは、まったく異なります。自然災害の犠牲者の数は従来、国家機密とされ、四川大地震でようやく連日報道されるようになったと聞きます。国民の命より権力の維持が優先される政治文化です。チベットやウイグルでの言語を絶する抑圧も必然的です。

 それなら、権力の階段を駆け上がるために天皇会見を利用しようとしたに違いない習近平氏が、外国の被災民にまで心を寄せる陛下のお言葉をどう受け止めたのか、私には興味があります。というのも、歴史の前例があるからです。

 昭和53(1978)年秋、来日したトウ小平副総理に、昭和天皇は「わが国はお国に数々の迷惑を掛けた。心から遺憾に思う。ひとえに私の責任だ」と語りかけ、その瞬間、トウ小平はまるで電気にかかったように立ちつくしたと伝えられます。

 まさに高い次元で国と民のために祈られる祭祀王なればこそ、です。万世一系の安定した天皇の文明と権力がめまぐるしく盛衰する易姓革命の国柄との違いです。良い悪いではなく、文化が異なるのです。天皇の祈りは習近平氏の心に届いたのかどうか。


▽中国語のできる中国研究者がいなかった

 ともすると私たちは天皇という存在が当たり前すぎて、その価値を見失いがちです。それだから、みんなで渡れば怖くない、とばかりに大勢で押しかけ、現代の皇帝の前で握手をしたぐらいで、議員たちは舞い上がるのでしょう。

 井の中の蛙といいたくなりますが、それはいまに始まったことではありません。

 敗戦後、山西独立軍を指揮し、ひきつづき共産軍と戦った城野宏によると、戦前、日中対立が激化していたとき、城野が在籍していた文官養成の最高機関たる東京帝大法学部には、じつに驚くべきことに、中国語のできる中国研究者は1人もいなかったそうです。日本人の中国観は偏り、ときに正確な知識もなしに蔑視していたのです。愚かにも中国を知らずに中国で戦争をしたということです(城野宏『祖国復興に戦った男たち』など)。

 若き日の城野は「ノートを貸してくれないか」と教室で声をかけてきた女子留学生との縁で、中国人青年たちと親密に交流するようになり、現代中国の苦悩を知るようになったといいます。城野は帝大で中国語を学ぶ第1号となり、やがて徴兵で中国大陸に渡り、昭和16年には中華民国山西省政府の顧問補佐官として民政・警察・軍隊を主管し、日本軍とともに共産軍と戦いました。

 歴史の悲劇を繰り返さないためには、観念的な「友愛」のお題目を繰り返すのではなく、中国の実像を知らなければなりません。本居宣長は『直毘霊(なおびのみたま)』(『古事記伝』全44巻の巻1)の冒頭に、「この国は天照大神がお生まれになった国で、外国に比べて優れている」と書いていますが、天皇の文明と易姓革命の国柄では何が異なるのか、現代的に読み直す必要があるでしょう。
http://www.melma.com/backnumber_158883_3724781/


▽ご代拝制度の復活を望む

 最後にひと言、申し上げます。宮内庁の金沢一郎皇室医務主管が天皇誕生日の前日、皇后陛下が年明けに予定されている宮中祭祀をお控えになる、と発表したと伝えられます。

 まず、忘れないうちに用語について指摘します。例の原武史教授と同様、新聞は「宮中祭祀への出席」などと書いていますが、「ご拝礼」の誤りでしょう。天皇の場合なら「出席」は完全な誤りです。天皇がみずから行う天皇の祭祀だからです。なぜ「拝礼」といわずに「出席」と表現するのか、理解できません。

 つぎに「年明けの祭祀」ですが、具体的には、元日の四方拝、歳旦祭、3日の元始祭、4日の奏事始、7日の昭和天皇祭と続きます。皇后陛下が拝礼なさるのは元始祭と昭和天皇祭、孝明天皇例祭ですから、これらの拝礼がないということかと思います。

 報道では、「3月の春季皇霊祭へのご出席を目標にリハビリを続けられる」とのことですから、1月30日の孝明天皇例祭祭祀のご拝礼もないのでしょう。2月1日の旬祭はもともと皇后陛下のお参りがありません。

 それならどうするのかです。以前ならご代拝の制度がありました。代わって側近に拝礼させる制度です。昭和天皇の側近の日記には、香淳皇后がお風邪を召されて、ご代拝になった、としばしば記録されています。しかし、いまはこの制度がありません。

 拙著『天皇の祈りはなぜ簡略化されたか』に書きましたように、また当メルマガの読者ならすでにご存じのように、昭和50年8月の宮内庁長官室会議で皇后、皇太子、皇太子妃のご代拝の制度が、厳格な憲法解釈・運用を根拠に、廃止されたからです。

 ご代拝の制度さえあれば、側近に拝礼させればすむことで、病に苦しむ皇太子妃殿下は「祭祀にいっさいご出席ではない」などと批判されることはなかったはずです。いまからでも遅くはありません。ご代拝制度の復活を望みたいものです。

 そうでなければ、歴代天皇が第一のお務めと信じてきた宮中祭祀はますます空洞化します。それでなくとも、平成の祭祀簡略化のただ中にあるのですから。
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静謐なる祈りに屈した力の支配───日本人の琴線に触れた天皇会見ゴリ押し [天皇特例会見]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


 先週につづき、天皇特例会見について書きます。

 先週は、政府による天皇の政治利用もさることながら、それ以上に問題なのは外国による天皇利用の方だということを指摘したつもりです。今週は天皇の祈りと政治権力について書きます。

 これに関連して、忘れないうちに申し上げますが、メルマガが配信された先週の火曜日、東京新聞の特報面の「特例会見の波紋」という記事に、私のコメントが載りました。

「1か月ルール」は、陛下のご健康問題を契機につくられたといわれます。即位後、陛下は二度の手術を経験され、それでなくともご高齢ですから、ご負担軽減は急務です。けれども実際のところ、軽減策は実現されていません。

 そのことは当メルマガで繰り返し具体的に指摘してきたことですから、読者の皆さんは耳にタコができるほどかと思いますが、東京新聞の加藤記者がコンパクトな記事にあらためてまとめあげてくれました。これはゴリ押し会見以前の問題です。

 話をもどします。

 天皇特例会見ですが、いや、「会見」とつい書いてしまうのですが、「会見」ではありません。ここにすでに誤りがあります。


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 静謐なる祈りに屈した力の支配
 ───日本人の琴線に触れた天皇会見ゴリ押し
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▽「神の新年」賢所御神楽の日に

 宮内庁の用語では、天皇陛下が来日した外国の元首とお会いになることを「ご会見」といい、首相や大使などの場合は「ご引見」と呼んでいます。

 あくまで宮内庁の用語で、従わなければならない義務があるというわけではありません。メディアは馴染みのうすい「ご引見」を避け、わかりやすさを優先して、表現を統一しているのでしょうが、このため「ご会見」と「ご引見」の扱いの違いが見失われることになります。

 天皇という、少なくとも千年以上続く日本の最高権威にとって、今回の特例会見はいわば格下の「ご引見」に過ぎません。国家の賓客ではあっても国家元首の公式訪問ではありません。それなのに、陛下のご健康を十分に配慮せず、慣例を破り、ドタバタと会見を設定する意味が分かりません。伝えられるところでは、中国側は「ご健康への配慮ならやむを得ない」といったんは納得していたというのですから、なおのことです。

 宮内庁が発表した先週のご日程を見て、ああ、やはり、と私は思いました。
http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/h21/gonittei-1-2009-4.html

 ふつうなら「平成21年12月15日(火)天皇陛下、ご引見(中華人民共和国副主席)(宮殿)」の数日前に、大使のご説明があるはずなのに、それがないからです。公式訪問とはいえ、急遽、ドタバタで設定されたご引見ですから、時間的余裕がなかったのでしょう。

 もっというと、このご引見の日は賢所御神楽の当日でした。新たな1年の祭祀が始まる神の新年と位置づけられる重要な祭りの日です。夕刻、陛下が拝礼されたあと、6時間にわたって御神楽が奏され、この間、陛下は端座して慎まれ、終了の知らせのあとようやく就寝されると聞きます。

 昨年はご不例のため、休養中の陛下に代わって、掌典次長によるご代拝となったと伝えられていましたから、今年、陛下の思いはひとしおだったのではないかと拝察されます。ご引見が直接、その陛下の祈りの時を奪ったというわけではありませんが、静謐な祈りの1日が妨げられることがないようにと願います。国と民のために祈る祭祀こそ第一のお務めと考えてきたのが歴代天皇だからです。

 そのような天皇の存在が軽々しく扱われているのは残念です。


▽祈りが届かない

 小沢幹事長は「天皇陛下の行為は、国民が選んだ内閣の助言と承認で行われるんだ、すべて。それが日本国憲法の理念であり、本旨なんだ」と記者会見で言い放っています。傲岸不遜な物言いは、比べるのもはばかられるほど、日本の皇室の謙虚さ、清らかさ、高貴さとは異質です。

 選挙で多数の得票を得、議会で多数派を制すれば、政治は思いのまま、天皇をも自由に動かせる、という考えでしょう。それが小沢氏の民主主義なのでしょう。

 憲法第3条は天皇を「めくら版」を押すだけのロボットにすることだ、と断じた高名な憲法学者がかつていたようですが、国民主権、議会制民主主義を逆手に取った天皇のロボット化が現実に起きてしまっています。

 下克上の最終段階で朝廷をも従えようと、天皇の政治不関与を「禁中並公家諸法度」で有無をいわさずに迫った徳川三代の時代を、想起するゆえんです。いや戦国乱世の時代ならまだしもです。ナチスの独裁が民主的な手法で生まれたことを思い起こす必要があります。

 権力者はつねに力による支配を追求します。それは権力の宿命です。しかし天皇の統治は祈りです。日本の文明は政治権力ではなく、天皇の祈りによって安定的に維持されてきたのです。天皇の政治的中立性の確保と同時に、政治権力者の権力の制限が求められます。

 日本の天皇は選挙で選ばれたわけではありません。しかし、国民は最大多数の政党の代表者よりも、国家の予算を動かし、現実の政策を左右する政治的実力があるわけではない天皇に、心を寄せています。見てください、小選挙区制度というカラクリから生まれた政権は100日もしないうちに支持率が急落し、あわただしく退席を余儀なくされています。しかし社会の安定は揺るぎません。

 明日23日は陛下のお誕生日です。ご不例直後の昨年は、「ご感想」の最後に、「世界的な金融危機に端を発して、現在、多くの国々が深刻な経済危機に直面しており、我が国においても、経済の悪化に伴い、多くの国民が困難な状況に置かれていることを案じています。働きたい人々が働く機会を持ち得ないという事態に心が痛みます」と、陛下は経済危機に苦しむ国民にお心を寄せられたのでした。

 この1年、国民の不安や苦しみはいっこうに改善されていません。むしろデフレが進行しています。健康を害されるまでに国の平和と民の幸せを陛下は祈られているのに、その祈りが政治家にはなかなか届かない。それどころか、逆に天皇を動かして恥じるところがないということでしょうか。

 日本人の心の奥深くにある天皇意識、日本人の琴線に触れるゴリ押し会見の設定が権力者自身の首を絞めることになったのは、あまりにも当然です。


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