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イギリスの伝統主義との違い ──「祈りの存在」の伝統とは何か? 8 [女性宮家創設]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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イギリスの伝統主義との違い
──「祈りの存在」の伝統とは何か? 8
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 さて、以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋です。一部に加筆修正があります。


第2章 有識者ヒアリングおよび「論点整理」を読む

第2節 「祈りの存在」の伝統とは何か?──知的探求がうかがえない櫻井よしこさんの反対論


▽8 イギリスの伝統主義との違い
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 櫻井よしこさんが掲げる伝統主義は、戦後の日本社会において、絶対的に支持されているわけではありません。それは70年前の日本の敗戦と深く関わります。

 数年前、日経新聞電子版に、イギリス生まれのデービッド・アトキンソン小西美術工藝社会長兼社長による「なぜ英国の文化財は美しいのか」という一文が載りました。同社は文化財などの修理・施工を手がけて300年の歴史を誇りますが、アトキンソンさんは2010年に会長に就任しました。

 アトキンソンさんが日英の文化財政策を比較し、まず指摘するのは、文化財(建造物)の指定物件の数に圧倒的違いがあることです。

 イギリスでは、2010年6月時点で37万4千件が文化財登録されていますが、一定の敷地内に複数の建物がありますから、それらを含めると全体で50万件弱になると報告されています。日本でいう「国宝」級は1万件弱、「重要文化財」級は2万件を超えます。

 これに対して、日本では2010年6月現在で、建造物の国宝・重要文化財はあわせて2380件に過ぎません。イギリスの50万件とあまりにも違う。日本の指定の幅は狭い、とアトキンソンさんは指摘しています。

 補助金の規模も同様で、建造物の修理に充てられる国家予算は、イギリスが年間500億円なのに対して、日本は80億円に過ぎません。イギリスでもっとも指定対象になりやすいキリスト教会の数は1万4500件ですが、日本では神社だけでも8万社あるというのに、です。イギリスの500億円の国庫補助は、日本に置き換えれば1100億円規模に相当するそうです。

 イギリスでは1700年以前に建てられた建造物なら、すべてが登録文化財とされるとアトキンソンさんは指摘しますが、日本ではそうはなりません。

 最大のネックは何かといえば、それは、とりわけ神社・神道に対して、憲法の規定をことさら厳格に解釈・運用する政教分離政策であり、その背景には、ヨーロッパのキリスト教諸国に追随し、国力を高め、やがて世界の列強と戦火を交え、一敗地に塗れた日本の近代の歴史があります。

 日本が国策を誤り、世界規模で悲惨な戦争を引き起こし、国を存亡の縁に陥れた、その中心に天皇および神道の伝統主義があると考えられ、いわゆる戦争責任を問われています。この近代史理解を超えなければ、伝統主義の復権はあり得ません。

 天皇の祭祀が占領期以来、「皇室の私事」と法的に位置づけられたままなのは、近代の歴史を清算できていないからです。「1.5代」象徴天皇論が宮内庁トップにまで蔓延るのも道理です。日本の近代を問い直さなければなりません。

 櫻井さんのヒアリングのように、天皇の祭祀を表面的になぞり、単に伝統主義を振りかざすだけでは、祭祀を改変させ、皇室の伝統をゆがめようとする、「1.5代」天皇論に取り憑かれた側近たちを説得することは困難です。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります

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祭祀を国事行為と定義する前に ──「祈りの存在」の伝統とは何か? 3 [女性宮家創設]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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祭祀を国事行為と定義する前に
──「祈りの存在」の伝統とは何か? 3
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 さて、以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋です。一部に加筆修正があります。


第2章 有識者ヒアリングおよび「論点整理」を読む

第2節 「祈りの存在」の伝統とは何か?──知的探求がうかがえない櫻井よしこさんの反対論


▽3 祭祀を国事行為と定義する前に
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 宮中祭祀の伝統からの逸脱は、用語だけではありません。概念それ自体が揺らいでいます。祭祀の概念の揺らぎは、歴史的天皇像の揺らぎにほかなりません。

 いわゆる「女性宮家」創設に関する皇室制度有識者ヒアリングでも、そのことが露呈しました。

 ほかの有識者とは大きく異なり、天皇の祭祀について言及したのは、ジャーナリストの櫻井よしこさんでした〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/koushitsu/yushikisha.html〉。

 しかし、残念なことに、幼稚とは言わないまでも、追究がきわめて浅いのです。政府の要請に応じ、有識者の1人として、天皇について語るほど、日本を代表するジャーナリストの宮中祭祀論とはこの程度なのでしょうか?

 24年4月10日の第3回ヒアリングで、櫻井さんは、東日本大震災発生から5日後の陛下のお言葉〈http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/okotoba/tohokujishin-h230316-mov.html〉を挙げ、皇室が「祈る存在」であることを正しく指摘しています。順徳天皇の「禁秘抄」にも触れ、歴代天皇が祭祀を最重要視し、祈りによって国民を統合してきた、と説明しています。

 けれども、それだけなのです。

 他方、同じ日に意見発表した百地章日大教授とは異なり、祭祀を私的行為(私事)と見なすことを

「間違い」

 とも述べ、ご負担軽減のため祭祀を簡略することは「順序がまったく逆」であり、

「祭祀を御公務と定義し直すことが重要」

 とも主張しています。

 しかしながら、祭祀を御公務=国事行為と位置づけるべきだ、という主張なら、判断は慎重を要するでしょう。

 第1に、現行憲法では、国事行為は内閣の助言と承認に基づいて行われ、内閣が責任を負うこととされています。権力政治と一線を画されるべき天皇の聖域が、権力政治に翻弄される危惧が生じるからです。

 戦後70年の歴史を見れば、その危惧は現実です。昭和40年代以降、祭祀は簡略化され、平成の御代替わりには皇室伝統の諸行事が改変されました。民主党政権下では、陛下の御公務であるご引見が与党の政治的圧力を受け、ごり押し的に設定されました。

 第2に、「祭祀を御公務に定義し直す」ということになると、憲法第7条に定める国事行為の「十 儀式を行ふこと」の「儀式」に、祭祀を定め直すことになるのでしょうか?

 けれども、それだと「一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること」「二 国会を召集すること」「三 衆議院を解散すること」などの、はるか下位に、天皇第一のお務めが位置づけられることになりませんか。伝統重視といいつつ、かえって伝統を軽視する、矛盾を冒すことにならないでしょうか?

 憲法が定める国事行為と定め直すことより、憲法に天皇をどう位置づけるのか、むしろ憲法そのものを定め直す必要がありませんか。天皇主権国家体制が崩壊し、国民主権主義によって民主化され、構築されたとする戦後体制の枠組みのなかで、天皇の祭祀を法的に正しく位置づけることはどうしても困難さがつきまといます。

 伝統主義に基づく櫻井さんの主張はおおむね同意できますが、古来、天皇はなぜ祈りの存在とされてきたのか、天皇の祈りによって国民が統合されるとはいかなる意味なのか、について、櫻井さんの説明は見当たりません。

 そのため、いま目の前に起きている、伝統からの逸脱に対する十分な防波堤になり得ていないのです。

 祭祀を国事行為とするか否か、を議論する前に、必要な議論があります。単に伝統だというだけでは、現代人は納得しないでしょう。その何よりの証明が、櫻井さんのヒアリングでした。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります



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皇室典範有識者会議で創設を唱えたご本人 ──最初の提案者であることを否定する研究者 2 [女性宮家創設]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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皇室典範有識者会議で創設を唱えたご本人
──最初の提案者であることを否定する研究者 2
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第4節 最初の提案者であることを否定する研究者──所功教授の雑誌論考を手がかりに


▽2 皇室典範有識者会議で創設を唱えたご本人
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 所功先生の論考が理解しがたい2点目は、「女性宮家」の概念です。

 先述したように、最初の提唱者も、その中味も、よく分からないのが「女性宮家」です。ところが、所先生にとっては、その概念はきわめて鮮明です。

 所先生の「正論」掲載記事には、こう説明されています。

「この『女性宮家』案は、8年前『皇室典範有識者会議』で検討し、その報告書に『皇族女子は、婚姻後も皇室にとどまり、その配偶者も皇族の身分を有することとする必要がある』としている」

 つまり、先生は、「女性宮家」とは皇族女子が婚姻後も皇室にとどまることを意味するとお考えのようです。けれども、小泉内閣時代に「安定的で望ましい皇位継承」のための方策を追求した同会議が「女性宮家」について検討した形跡はありますが、報告書には「女性宮家」という表現はありません。

 所先生は、女性皇族が婚姻後も皇室にとどまることが、「女性宮家」創設と同義であるとお考えなのかも知れません。しかし、宮家にとどまりつつ、いわゆる婿養子を迎えるという方策も、発想的にはあり得ますから、「宮家」創設は必ずしも皇族身分継続の要件ではありません。

 皇室にとどまることと、宮家の創設とは必ずしも同じではありません。史上、存在してきた「宮家」がそのようなものでないことは、歴史家の先生なら十分にご承知のはずです。

 にもかかわらず、なぜ、

「有識者会議で検討された」

「報告書に載っている」

 と主張しなければならないのでしょうか?

 じつは、皇室典範有識者会議で「女性宮家」創設を唱えたのは、所先生その人だったのです。同会議は識者からのヒアリングを行っていますが、先生は平成17年6月8日、会議に招かれ、こう述べています。

「皇族の総数が現在かなり極端に少なくなってきております。しかも、今後、少子化が進み更に減少するおそれがあります。このような皇族の減少を何とかして食い止めるためには、まず女性皇族が結婚後も宮家を立てられることにより、皇族身分にとどまられることができるようにする必要があります」〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/dai7/7siryou3.html

 まさに皇室典範有識者会議の報告書を先取りする発言です。報告書は「宮家を立てて」が脱落しただけです。ただ、厳密には「女性宮家」という先生の発言はありません。

 けれども、先生が当日配布した資料には、

「女系継承の容認と女性宮家の創立」

 と明記され、

「現在極端に少ない皇族の総数を増やすためには、女子皇族も結婚により女性宮家を創立できるように改め、その子女も皇族とする必要があろう」

 などと記されています〈http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/dai7/7gijisidai.html〉。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります

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皇位継承と「女性宮家」創設はあくまで「別の次元」──ねじ曲げられた前侍従長の「私見」 5 [女性宮家創設]

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皇位継承と「女性宮家」創設はあくまで「別の次元」
──ねじ曲げられた渡邉允前侍従長の「私見」 5
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第3節 ねじ曲げられた前侍従長の「私見」──岩井克己朝日新聞記者の「内親王家」創設論

▽5 皇位継承と「女性宮家」創設はあくまで「別の次元」
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 長くなりますが、引用します。

「現在、それ(皇位継承をめぐる問題)とは別の次元の問題として、急いで検討しなければならない課題があります。

 それは、現行の皇室典範で、『皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる』(第12条)と規定されている問題です。

 紀宮(のりのみや)さまが黒田慶樹さんと結婚なさった時、皇族の身分を離れて黒田清子(さやこ)さまとなられたように、現在の皇室典範では、内親王さま、女王さま方が結婚なさると、皇室を離れられることになっています。もし、現行の皇室典範をそのままにして、やがて、すべての女性皇族が結婚なさるとなると、皇室には悠仁さまお一人しか残らないということになってしまいます。

 皇室は国民との関係で成り立つものです。天皇皇后両陛下を中心に、何人かの皇族の方が、両陛下をお助けする形で手分けして国民との接点を持たれ、国民のために働いてもらう必要があります。そうでなければ、皇室が国民とは遠く離れた存在となってしまうことが恐れられます。

 そこで、たとえば、内親王さまが結婚されても、新しい宮家を立てて皇室に残られることが可能になるように、皇室典範の手直しをする必要があると思います。それに付随して、いろいろな問題がありますが、まず仕組みを変えなければ、将来どうにもならない状況になってしまいます。秋篠宮家のご長女の眞子さまが今年(平成23年)10月に成年になられたことを考えると、これは一日も早く解決すべき課題ではないでしょうか」

 以上のように「女性宮家」創設の緊急性を訴えたあと、最後に

「繰り返しになりますが、この問題は皇位継承の問題とは切り離して考えるべきで、皇室典範の皇位継承に関する規定はそのままにしておけばよいのです」

 と念を押し、皇位継承問題は「将来の世代」に委ねることを、渡邉允前侍従長(いまは元職)は勧めています。

 すでに書いたように、「内親王さまが結婚されても、新しい宮家を立てて皇室に残られることが可能になる」ようにすることは、平成17年11月の皇室典範有識者会議の報告書にも盛り込まれていますが、この場合は、

「将来にわたって安定的な皇位の継承を可能にするための制度を早急に構築すること」

 が目的でしたが、渡邉前侍従長の「私見」では

「それとは別の次元の問題」

 と明言されています。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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原文はそうなっていない──ねじ曲げられた前侍従長の「私見」 4 [女性宮家創設]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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原文はそうなっていない
──ねじ曲げられた前侍従長の「私見」 4
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第3節 ねじ曲げられた前侍従長の「私見」──岩井克己朝日新聞記者の「内親王家」創設論


▽4 原文はそうなっていない
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 何より渡邉前侍従長自身、岩井記者による「週刊朝日」のインタビューで、次のように否定しています。

岩井「(女性皇族に結婚後も皇族として残っていただくという案を)長年、陛下にお仕えした前侍従長の渡邉さんがおっしゃるということは、陛下もそうしたお気持ちということなのでしょうか」

渡邉「これは、あくまでも私の個人的な考えです」

「個人的な考え」なればこそ、岩井記者は1年後の記事で「私見」と表現したはずです。「陛下のお気持ち」であろうはずはありません。

 岩井記者の記事は首尾一貫していません。

 これに限らず、岩井記者の資料の読みは、じつに独得です。

 以前、原武史明治学院大学教授が唱える宮中祭祀廃止論を検討したとき、岩井記者が『卜部亮吾侍従日記』(朝日新聞社、平成19年)の解説に

「天皇、皇后に忍び寄る衰え、その『老い』との戦いも記録されている」

 と記し、昭和50年2月の、ある事件以降の祭祀簡略化について解説していることについて、資料の誤読ではないか、と指摘したことがあります。

 岩井記者によれば、祈年祭とよばれる祭典が行われたとき、賢所でタタラを踏まれるような所作をなさったことが、殿内でお倒れになったかのように側近らから受け取られ、昭和天皇の「老い」の現れとみなされて、その後の祭祀簡略化の口実にされた、というように説明されたのですが、実際には、事件の数年前から、すでに祭祀簡略化は始まっていたのでした。明らかに資料の誤読です。

 今回も同様の現象が見られます。

 岩井記者の記事では、渡邉前侍従長が、皇位継承問題について将来の世代への期待を語り、「そのうえで」女性宮家創設案をあらためて提起していることになっています。つまり、皇位継承問題と女性宮家創設案が直線的につながっているように説明されているのですが、前侍従長の原文はそうはなっていないのです。

 岩井記者には皇位継承問題と女性宮家創設は同次元の、連続した問題ですが、前侍従長にとっては「別の次元の問題」なのです。

 前侍従長の著書『天皇家の執事』文庫版の「皇室の将来を考える──文庫版のための後書き」は、先述したように、皇位継承問題を取りあげたあと、

「現在、それとは別の次元の問題として」

 とはっきりと前置きしたうえで、

「急いで検討しなければならない課題」

 として「女性宮家」創設案に話を進めているのです。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります

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矛盾する岩井克己朝日新聞記者の記事──ねじ曲げられた前侍従長の「私見」 3 [女性宮家創設]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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矛盾する岩井克己朝日新聞記者の記事
──ねじ曲げられた前侍従長の「私見」 3
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第3節 ねじ曲げられた前侍従長の「私見」──岩井克己朝日新聞記者の「内親王家」創設論


▽3 矛盾する岩井克己朝日新聞記者の記事
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 岩井記者の記事は、渡邉允前侍従長(いまでは元職)の文章を引用しつつ、その「私見」について。次のように説明しています。

「私が侍従長としてお仕えしていた期間のほとんどは、皇位継承をめぐる問題がつねに緊迫した課題として存在し続けていました。天皇陛下は、10年以上にわたって、この問題で深刻に悩み続けられました」

「それが現在では、現行の皇室典範の下で、皇太子さま、秋篠宮さま、秋篠宮家の悠仁さまが、次の次の世代まで皇位を継承なさることで落ち着いた状況になっています。私はこの段階では、それでいいのだと思います」

「いずれにせよ我々の世代は、皇位継承の問題について、一端、国論が分裂する事態を招いて、国民皆が納得する結論を得ることに失敗したわけです。従って、この問題は、将来の世代の人たちに、それぞれの時代の状況に応じて対応してもらうことに期待する以外にあり得ないと思っています」

 以上の引用のあと、岩井記者は、

「そのうえで、皇室典範の男系男子主義の規定はそのままにして、眞子さま、佳子さま、愛子さまら内親王方が結婚しても新宮家を創設して皇室に残ってもらう『女性宮家』案をあらためて提起している」

 と説明しています。この記事を読むと、前侍従長の「女性宮家」創設提案は皇位継承問題と直結しているように見えます。

 しかも、岩井記者は、「女性宮家」創設案は前侍従長が数年前から「私案」としてたびたび公言してきたことで、「週刊朝日」誌上の対談(渡邉前侍従長インタビュー「渡邉允前侍従長に聞いた天皇陛下喜寿の胸の内」=同誌平成22年12月31日号)でも表明されてきたと指摘しています。

 さらに岩井記者は、

「長くもっとも身近に仕えてきた人だけに、両陛下のお気持ちを忖度しての発言だろう。今回、浮上している女性宮家問題も、こうした脈絡で見るべきだろう」

 と付け加えていますが、どうでしょうか?

 もしそうだとしたら、前侍従長らが推し進めた祭祀簡略化も「陛下のお気持ちを忖度」したうえでのことになりますが、即位以来、祭り主の伝統を重んじてこられた陛下にとって、それはあり得ないでしょう。

 私にはむしろ陛下と側近との意見の相違の方が強く感じられます。

「女性宮家」創設論議についていえば、創設の検討を「陛下のご意向」とすることを羽毛田長官が「強く否定」している、とする岩井記者自身の記事とも矛盾します。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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自著の文庫本の「後書き」で「女性宮家」創設を明言──ねじ曲げられた渡邉允前侍従長の「私見」 2 [女性宮家創設]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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自著の文庫本の「後書き」で「女性宮家」創設を明言
──ねじ曲げられた渡邉允前侍従長の「私見」 2
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第3節 ねじ曲げられた前侍従長の「私見」──岩井克己朝日新聞記者の「内親王家」創設論

▽2 文庫本の「後書き」で明言
 つぎに「女性宮家創設案」について、と話を進めるべきところですが、たいへん興味深いことに、岩井記者は

「一方の皇位継承の問題については……」

 と文章を続け、悠仁親王が即位しているころ、女性皇族が次々に皇籍離脱していけば宮家は消滅している恐れがある、と持論を展開しています。

 読売新聞の「スクープ」も「AERA」の記事も、皇族女子が婚姻後も皇族身分を維持する主目的は、御公務を担う「人手不足」の解消にありました。ところが、岩井記者の記事ではそうではなく、ずばり皇位継承問題だとされています。

 たしかに考えてみれば、御公務の「人手不足」解消が目的であるなら、先述したように、御公務の抜本的見直しをせよ、と主張すれば足りるわけで、「女性宮家」創設は必ずしも必要ではありません。

 それはともかく、岩井記者の記事によれば、羽毛田信吾宮内庁長官は歴代首相に対して、所管事項を説明する際、女性皇族の皇籍離脱と宮家消失の恐れについて、「危機感を訴えてきた」のでした。

「今年(平成23年)、野田内閣発足に伴い、10月5日に野田首相に所管事項を説明し、この時に女性宮家創設を提案したと報じられた。また一部で『これは天皇陛下の意向』とも取り沙汰されている。いずれも羽毛田長官は強く否定している」

 つまり、岩井記者によれば、読売の「スクープ」は誤報で、羽毛田長官は野田首相に「女性宮家」創設の検討を要請してはいないということになります。長官の執念は、むしろ「安定的な皇位継承制度の実現」に対して向けられているようです。「陛下のご意向」と伝えた「AERA」も誤報ということになります。

 もっといえば、「女性宮家」創設論議に関するマスメディアの報道はまるで誤報だらけということです。

 ともあれ、岩井記者の記事はさらに、こう続きます。

「関係者の話を総合すると、羽毛田長官が『眞子さまが結婚して皇室を離れてからでは、佳子さまと姉妹で扱いが違うことになる』と『緊急性』を説明したところ、野田首相は『なるほど』と納得したというやりとりがあったようだ」

 岩井記者はそのあと、渡邉前侍従長(退任後は侍従職御用掛、平成24年から宮内庁参与。いまは元侍従長)の「私見」を紹介しています。

 前侍従長といえば、宮中祭祀簡略化を何度も陛下に進言した人物ですが、そのことを記録する著書『天皇家の執事』の文庫版の「後書き」の後半に、「皇位継承をめぐる問題」と「女性宮家」創設の提案が明確に述べられています。

「後書き」が書かれたのは平成23年10月で、文庫本の出版は12月、読売の「スクープ」と時期的に重なります。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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「女性宮家」創設の提案者は渡邉允前侍従長──ねじ曲げられた前侍従長の「私見」 1 [女性宮家創設]

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「女性宮家」創設の提案者は渡邉允前侍従長
──ねじ曲げられた前侍従長の「私見」 1
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第3節 ねじ曲げられた前侍従長の「私見」──岩井克己朝日新聞記者の「内親王家」創設論

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 いわゆる「女性宮家」創設論議の直接のきっかけを作った読売新聞は平成24年元日、

「政府は、当主となる皇族女子の夫にも皇族の身分を付与する方向で、調整に入った」

 と伝えました。

 キーワードは「皇族の身分」ですが、忘れてならないのは、その概念が、近代、そして現代と、大きく揺らぎ、皇族とは何かという本質論が失われていることです。

 東北大学の小嶋和司教授(故人。憲法学)によれば、明治の皇室典範は「皇族」身分の条件を明記せず、さらには臣籍出身の后妃も「皇族」とし、このために皇位継承資格者としての「皇族」と待遇身分としての「皇族」とを混同させ、「皇族」の本質をぼやけさせてしまいました(「『女帝』論議」=『小嶋和司憲法論集2 憲法と政治機構』)。

 その背景にあるのは、「王朝の支配」という観念の希薄さだと小嶋教授は指摘していますが、過去の歴史にない女系継承容認に道をひらく「女性宮家」創設の動きは、観念の希薄さどころか、一線を越えた、むしろ「王朝の支配」に対する挑戦といえるのでしょう。

 女性の場合、近代以降、皇室に嫁ぐことによって皇族の一員としての待遇を受けられることになったのですが、もし今回の改正が実現すれば、男性の場合も同様となり、いわば

「すべて国民はひとしく皇族になれる権利を有する」

 ということになります。

 誰でも皇族になれるのなら、もはや「皇族」とはいいがたく、平たい言葉でいえば「ありがたみ」もなくなり、かえって「象徴」の機能も果たせなくなるのではありませんか? 「王朝の支配」どころではありません。


▽1 提案者は渡邉允前侍従長

 ところが、不思議にも、「女性宮家」創設を求める声は、皇室の尊厳を守るべき立場の、陛下のお側近くから、もっとも強く聞こえてきます。

 たとえば「週刊朝日」平成23年12月30日号に掲載された、当代随一の皇室ジャーナリストと目される、岩井克己朝日新聞編集委員(当時)による「女性宮家」創設提案の記事に、そのことが端的にうかがえます。

 この号は、表紙には

「天皇、皇后両陛下も嘆く『皇室の危機』 内親王家創設を提案する」

 と大書され、本文は岩井記者による4ページの記事に加え、宮内庁関係者や皇室ジャーナリスト計5人による

「天皇家の不安と雅子さま」

 と題する誌上座談会4ページを載せ、さながら皇室特集号の様相です。

 岩井記者の記事のタイトルは「『内親王家』創設を提案する」ですが、記事を読むと「提案」しているのは、じつは岩井記者本人ではなく、平成の宮中祭祀簡略化の中心人物である渡邉允前侍従長(いまは元職)だということが分かります。陰の主役のご登場です。

 このひと月前に読売が「スクープ」した「宮内庁が『女性宮家』創設を要請」の主語は、羽毛田長官ではなくて、じつは渡邉前侍従長だったのです。となると、側近中の側近が「王朝の支配」に挑戦しようとしているということでしょうか。耳を疑わざるを得ません。

 記事の冒頭、岩井記者は、皇室がさまざまな困難に苛(さいな)まれているなか、平成23年末、浮上したのが「天皇定年制」と「女性宮家創設案」だと指摘します。

「天皇定年制」については、岩井記者は、秋篠宮殿下のご発言の真意を探ったあと、そもそも終身天皇制のもとで定年制の制度化はあり得ず、当面、摂政や国事行為の臨時代行も考えられない。したがって、

「宮内庁は、天皇の公務つまり『公的行為』や祭祀・私的活動などの抜本的見直しに、早急に着手すべきだ」

 と訴えています。

 御公務の抜本的見直しは必要で、宮内庁はすでに何年も前から具体策を講じています。けれども、実際には、御公務の日数は逆に増え、祭祀のお出ましばかりが激減したという経緯があります。

 なぜそうなのか、が順序としてはまず検証されるべきでしょうが、岩井記者の記事には言及がありません。いきなり「内親王家」創設へ飛ぶのです。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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新嘗祭は「女人禁制」ではない──妄想が書かせた「AERA」の「女性宮家」創設論 4 [女性宮家創設]

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新嘗祭は「女人禁制」ではない
──妄想が書かせた「AERA」の「女性宮家」創設論 4
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第2節 妄想が書かせた「AERA」の創設論──「陛下の意思」をかたる思惑はどこに?


▽5 新嘗祭は「女人禁制」ではない

 蛇足ですが、1点だけ付け加えます。宮中祭祀に関することです。

「AERA」の記事は、

「ちなみに『女性天皇』になると問題とされることのひとつに、宮中祭祀がある」

 と指摘し、

「新嘗祭は女人禁制なのだ」

 と説明していますが、完全な間違いです。

 たしかに「皇室第一の重儀」とされる新嘗祭(にいなめさい)に、皇后、皇太子妃とも本来、お出ましがありませんが、神事には内掌典と呼ばれる女官(にょかん)が奉仕しています。明らかに「女人禁制」ではありません。

 歴史に存在する最後の女帝・後桜町天皇の場合は、明和元(1764)年11月8日に大嘗祭をお務めになり、同7年11月13日の新嘗祭に出御(しゅつぎょ)されたことが、明確に複数の記録に残されています(『後桜町天皇実録』)。

「AERA」の両記者は、根拠もなしに、いったい何を言いたかったのでしょうか? 

 記事には

「世界的には、女性の王位継承が認められる傾向にある」

 とのくだりもありますが、皇位継承論をヨーロッパの男女同権論議と混同させていませんか。日本社会の後進性と曲解していませんか?

 考えてもみてください。

 聖書は創造主が男のあばら骨から助け手としての女をつくったと記していますが、日本の国生み神話では男女二柱の神による共同作業で国土がつくられています。イギリスで最初の女性君主マティルダは12世紀の人ですが、推古天皇の治世はそれより600年もさかのぼります。

 近代日本の女性解放運動といえば、一般には、ヨーロッパの影響を受け、平塚雷鳥(らいてう)らを先駆者として始まったといわれますが、じつはそうではなくて、神社人たちが、平塚らよりも早く、長期的に、しかも国境を越えて世界的に展開していた歴史があることなど、「AERA」の記者たちには、おそらく想像もつかないことでしょう。

 神社界では、戦時中は出征した宮司に代わって夫人が宮司代務者をつとめ、戦後設立された、全国約8万社の神社を包括する宗教法人神社本庁は当初から、女性神職を正式に認めました。

 日本の方がはるかに「進んでいる」のです。歴史教科書風の先入観や偏見を捨てることがジャーナリズムの第一歩であることを、肝に銘じなければなりません。

 古代から女性天皇は認められ、歴史に存在しますが、女系継承は否認され、女性天皇は独身を貫かれました。つまり、妻であり、母であるという女性天皇は歴史上、存在しません。それはなぜなのか、を「AERA」は探求すべきです。そこにこそ、仏教的、あるいはキリスト教的な「女人禁制」の差別主義とは似ても似つかぬ、天皇統治の神髄が秘められているはずです。

 最後に、もうひと言、補足します。

「AERA」の記事は、アンチ雅子妃殿下の感情が一部に根強いことをあらためて感じさせます。けれども、朝日新聞の「御懐妊兆候」スクープ報道が流産という悲しむべき結果を招き、妃殿下のご病気の引き金となったことを、国民はけっして忘れてはいません。

 正確な知識を踏まえず、客観的な事実に基づかない妄想が、さらなる妄想を呼び、大誤報問題に発展するのは、「慰安婦」報道問題に限りません。違うでしょうか。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります

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天皇個人のご意思が大御心ではない──妄想が書かせた「AERA」の創設論 4 [女性宮家創設]

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天皇個人のご意思が大御心ではない
──妄想が書かせた「AERA」の創設論 4
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 以下は、拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの転載です。一部に加筆修正があります。


第1章 いつ、だれが、何のために言い出したのか?

第2節 妄想が書かせた「AERA」の創設論──「陛下の意思」をかたる思惑はどこに?

▽4 天皇個人のご意思が大御心ではない
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 さて、いわゆる雅子妃問題に関して、ですが、「AERA」は、妃殿下の状態が平成23年9月以降、悪化していて、羽毛田長官が野田首相に「女性宮家」創設の検討を要請したのが、その「一連の渦中」だったことに注目しています。

 そして、長官が首相と面会したことについて、

「両陛下が、雅子さまをあきらめ、眞子さまらに将来を託したとしても、無理もないかも知れない」

 と飛躍させています。

 つまり、長官=陛下の代弁者という論理です。陛下は妃殿下ら女性皇族に御公務の担い手となることを求めていて、そのため女性宮家の創設を、「火急の件」として希望されている、という推論ですが、妄想というべきではないでしょうか?

 天皇は公正かつ無私なる祭り主です。すべての民をわが赤子(せきし)と思い、祈られるのが天皇です。天皇には、民の声に耳を傾け、民の心を知る、という王者の伝統がある、といわれます。

 であればこそ、陛下は被災地にお出かけになり、被災者1人1人に親しくお言葉をおかけになるのでしょう。その結果、慰問は増え、ますますご多忙になるのです。

 しかし、やり過ぎがあるとすれば、お諫め申し上げるのが側近の務めのはずです。

 以前、原武史明治学院大学教授の「宮中祭祀廃止論」を批判したときに申し上げたように、天皇は現実社会の救い主ではありません。天皇は祭り主であって、天皇の祈りを実現するのは私たち国民の仕事です。

 ここを間違えるべきではありません。

 御公務の担い手が不足しているから「女性宮家」を創設する、という論理で、過去の歴史にない、いわゆる女系天皇への道をひらくことが、天皇のご意思だなどと、どうしていえるでしょうか?

 天皇のご意思、すなわち大御心(おおみこころ)とは、肉体を持った特定の天皇個人のご意思ではありません。歴史的存在としての天皇の意思が本来の大御心です。したがって天皇個人のご意思をあげつらうべきではありません。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります

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