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地球に「感謝」することはできない ──コンクラーベで思い出した白柳枢機卿の信仰 2 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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地球に「感謝」することはできない
──コンクラーベで思い出した白柳枢機卿の信仰 2
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 拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第4章 百地章日大教授の拙文批判に答える

第6節 コンクラーベで思い出した白柳枢機卿の信仰


▽2 地球に「感謝」することはできない

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 私が面識を得たのは、白柳誠一枢機卿でした。

 そのころの白柳枢機卿は、世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会理事長という、もうひとつの顔をもっていました。

「カトリックというより、立正佼成会に近い」

 と信徒たちに囁かれるほど、庭野日敬立正佼成会開祖の提唱で始まったWCRPの諸宗教協力を熱心に展開しました。

 西暦2000年を契機に、最貧国の債務を帳消しにしようという「ジュビリー2000」の国際運動を、WCRPが強力に展開したのも、白柳枢機卿の指導力があってのことだったと思います。

 白柳枢機卿について、私が興味を持ったのは、それから数年後、WCRP日本委員会内で「地球感謝の日」制定推進運動参加の是非が問われたときです。

 この運動は、1972(昭和47)年に国連環境会議が「人間環境宣言」を採択し、「環境の日」とされている6月5日を、「地球感謝の日」として制定し直し、環境保護運動を世界的に推進しようとするものです。

 日本委員会に結集する諸宗教の代表者たちの多くは、とりわけ日本の伝統宗教の代表者たちは賛同し、盛り上がったのですが、理事長の白柳枢機卿はなかなか首を縦に振りません。

 なぜ賛成しないのか、カトリックが主導した「ジュビリー2000」はわれわれも賛成したではないか、という強い不満の声も聞かれました。

 都内で関連するイベントがあったとき、直接、白柳枢機卿に質問してみました。すると、なるほど、と思われる答えが返ってきました。それは

「あなたには私をおいてほかに神があってはならない(Thou shalt have no other gods before me.)」(旧約聖書。モーセの十戒)

 とする、一神教に特有の信仰問題でした。

「キリスト教は神に感謝することはあっても、地球に感謝することはありません。感謝するというのなら、地球ではなく、地球を創ってくださった神に対して、行われます」

 地球への「感謝」は信仰的に受け入れられないということなのでした。白柳枢機卿はぶしつけな私の質問に、じつに丁寧に答えられました。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


☆ひきつづき「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンへのご協力をお願いいたします。
 このままでは悪しき先例がそのまま踏襲されるでしょう。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を求めます。
 おかげさまで賛同者が300人を超えました。
https://www.change.org/p/%E6%94%BF%E5%BA%9C-%E5%AE%AE%E5%86%85%E5%BA%81-%E5%BE%A1%E4%BB%A3%E6%9B%BF%E3%82%8F%E3%82%8A%E8%AB%B8%E5%84%80%E7%A4%BC%E3%82%92-%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A1%8C%E4%BA%8B-%E3%81%AB

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5人の日本人枢機卿 ──コンクラーベで思い出した白柳枢機卿の信仰 1 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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5人の日本人枢機卿
──コンクラーベで思い出した白柳枢機卿の信仰 1
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 拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第4章 百地章日大教授の拙文批判に答える

第6節 コンクラーベで思い出した白柳枢機卿の信仰


 百地章日大教授が月刊「正論」平成25年3月号にお書きになった拙文批判について、検証しています。この節では、先生が専門とされている政教分離について、ほんの少しだけ考えてみます。

 その前に、新しいローマ教皇が選出されましたので、そのことについて書くことにします。


▽1 5人の日本人枢機卿

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 第265代ローマ教皇ベネディクト16世の退位に伴い、教皇選挙(コンクラーベ)が行われ、平成25年3月13日、アルゼンチン人のブエノスアイレス大司教ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿が新たに教皇に選出されました。新教皇はフランシスコ1世を名乗ることとなりました。

 コンクラーベは世界から集まった、100人を超える枢機卿によって行われましたが、参加できる日本人の枢機卿は、今回はいませんでした。

 過去には5人の日本人枢機卿がいました。

 土井辰雄元東京大司教(1892〜1970年)、田口芳五郎元大阪大司教(1902〜1978年)、里脇浅次郎元長崎大司教(1904〜1990年)、白柳誠一元東京大司教(1928〜2009年)、濱尾文郎元横浜教区司教(1930〜2007年)の5人です。

 田口、里脇両大司教は、キリシタンの歴史を伝え、遠藤周作の名作『沈黙』の舞台となった長崎県外海町(いまは長崎市)の出身です。そもそもキリスト教人口が少ない日本で、同じ町から2人の高位聖職者を輩出しているのは、それだけ長い、キリスト教色の強い、この地の歴史を感じさせます。

 濱尾司教は濱尾四郎子爵の三男だそうですが、戦時中に母親が改宗した影響で、戦後、兄の実氏とともに洗礼を受けたといわれます。実氏は今上陛下が皇太子時代の東宮傳育官で、東宮侍従となってのちは現在の皇太子、秋篠宮親王殿下の教育にも携わりました。

 土井、白柳、濱尾のお三方はそれぞれコンクラーベに参加しているようです。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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複数の宗教的源流をもつ国民統合の儀礼 ──両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論 6 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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複数の宗教的源流をもつ国民統合の儀礼
──両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論 6
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 拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第4章 百地章日大教授の拙文批判に答える

第5節 両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論


▽6 複数の宗教的源流をもつ国民統合の儀礼

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 世界で約12億人以上といわれるカトリック信徒の王であるローマ教皇は、当然、カトリックの典礼を行います。イスラムの祈りを捧げることはありません。イスラムの王ではないからです。東方教会やプロテスタントの王ですらありません。

 2006(平成18)年にローマ教皇ベネディクト16世がイスタンブールのブルー・モスクに詣で、黙祷したことが世界中の共感を呼びました。イスラム世界との関係回復の試みとして注目されたのですが、イスラムの神に祈りを捧げたわけではないでしょう。一神教世界では

「あなたには、わたしをおいてほかに、神があってはならない(Thou shalt have no other gods before me.)」(旧約聖書。モーセの十戒)

 とされているからです。

 創造主の教えは絶対です。一神教世界では、国王も大統領も、唯一神に祈りを捧げます。中国、朝鮮では宇宙の最高神に祈りが捧げられました。それは支配者の祈りです。

 今日、バチカンは異教世界の信仰を認めています。ローマ教皇は既述したように、イスラム寺院で祈りを捧げています。アメリカでは、たとえば「9・11同時多発テロ」の犠牲者を追悼する政府主催のミサでは、諸宗教の祈りが捧げられました。

 しかしこれらは第2次大戦後の新しい現象です。それでも、ローマ教皇やアメリカ大統領がイスラムの神を拝することはあり得ません。

 日本だけが異なり、天皇は古代律令の時代から、皇祖神のみならず、民が信じるあらゆる神に祈りを捧げてきました。

「およそ天皇、即位したまはむときは、すべて天神地祇祭れ」(「神祇令(じんぎりょう)」の「即位条」)

 歴代天皇は古来、万民のため、万民が信じるあらゆる神々に祈ることを、第一のお務めとしたのです。特定の信仰に基づく、支配者の祈りではなく、あらゆる信仰の存在を認め、国と民をひとつにまとめ上げる国民統合の祈りです。

 それが祭祀王という意味なのでしょう。

 民が信じるすべての神に祈りを捧げるとすれば、祭式は複合的になります。稲作民の稲と畑作民の粟が供される所以でしょう。

 日本には古くから粟の民俗があったようで、『常陸国風土記』には「新粟の新嘗」のことが記録されています。

 野本寛一近畿大学名誉教授(民俗学)は『焼畑民俗文化論』のなかで、水田稲作以前の民が粟や芋を栽培していたこと、粟や麦を主食とする焼畑の村ではかつて旧暦10月10日にアワオコワやオカラク(粢[しとぎ])を畑神様に捧げていたこと、などを紹介しています。

 それぞれの民は自分たちのために、それぞれの神に祈ります。しかし天皇は国と民をひとつにまとめるため、私なきお立場で、すべての民が信じるすべての神に祈ります。御代替わりに行われる大嘗祭は、水田稲作民の米と畑作民の粟を捧げる複合儀礼であり、複数の宗教的源流をもつ国民統合の儀礼なのだと思います。

 皇居内に水田を設け、稲作を始められたのは昭和天皇ですが、今上天皇は粟の栽培に着手されました。さすが陛下だと私は思います。

 血生臭い、深刻な宗教対立を経験することなく、日本の歴史が平和的に連綿と続いてきたのは、歴代天皇が国民統合の儀礼を第一のお務めとして実践されてきたからではないか、と私は考えます。

 御代替わり当時、もし百地先生が、大嘗祭=国民統合の儀礼という理論を立てていたら、宮中祭祀一般=「皇室の私事」説に与する必要はなかったはずです。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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稲作儀礼なら国民統合儀礼とはならない ──両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論 5 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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稲作儀礼なら国民統合儀礼とはならない
──両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論 5
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 拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第4章 百地章日大教授の拙文批判に答える

第5節 両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論


▽5 稲作儀礼なら国民統合儀礼とはならない

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 内閣官房の『平成即位の礼記録』によると、即位の礼準備委員会は大嘗祭について、次のように説明しています。

「大嘗祭は、稲作農業を中心としたわが国の社会に、古くから伝承されてきた収穫儀礼に根ざしたものであり、天皇が即位の後、はじめて、大嘗祭において、新穀を皇祖および天神地祇にお供えになって、みずからお召し上がりになり、皇祖および天神地祇に対し、安寧と五穀豊穣などを感謝されるとともに、国家・国民のために安寧と五穀豊穣などを祈念される儀式である。それは、皇位の継承があったときは、かならず挙行すべきものとされ、皇室の長い伝統を受け継いだ、皇位継承に伴う一世一度の重要な儀式である」

 このため、

「趣旨・形式などからして、宗教上の儀式としての性格を有すると見られることは否定することができず、また、その態様においても、国がその内容に立ち入ることは馴染まない性格の儀式であるから、大嘗祭を国事行為として行うことは困難である」

 として、皇室の行事として位置づけられることになったのでした。

 まさに、百地理論そのままのように見えます。

 しかし、「稲作儀礼である」とともに「国家・国民のための儀式である」とする、「ともに」の部分が理解しづらいところです。

 御代替わりに国民統合の儀礼が行われるということはよく理解できます。統治者の最大の使命は国と民をまとめ上げ、社会の平和を保つことだからです。

 けれども、稲作儀礼がどうして国民統合の儀礼となり得るのでしょうか?

 ご承知のように、稲は帰化植物です。日本列島は必ずしも米作適地ではありません。日本人は昔から米を主食としてきた稲作民族だと考えるのは、科学的ではありません。コメ余り現象が起きるようになったのはつい最近のことであり、いまでも十分に米が穫れない地域は少なくありません。主たる神饌が米でないという神社はたくさんあります。

 たとえば、天孫降臨の聖地、すなわち皇祖発祥の地であり、日本の稲作発祥の地と伝えられる宮崎県高千穂は、古代の神話がそのまま息づいているところですが、広い水田などどこにも見当たらない緑深い山里であり、高千穂神社の「猪々掛(ししかけ)祭」では猪が神前に捧げられます。

 逆に、米が神饌であることをもって稲作信仰だというのなら、全国約8万社の神社はすべて稲作信仰の神社となってしまいます。縄文人の信仰は廃れて、今日には伝えられていないことになってしまいます。

 つまり、水田稲作民ではない畑作の民が古来、日本列島にはたくさんいるのです。畑作民には畑作民の暮らしがあり、神があります。それらを含めて、国と民をひとつにまとめ上げるには、稲作儀礼では不可能です。

 国中の民が信じるあらゆる神々に、それぞれの命の糧である田のもの、畑のものを捧げ、祈るからこそ、収穫儀礼は国と民を統合する儀礼となり、統治者の即位儀礼となり得るではないでしょうか?


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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稲と粟による複合儀礼 ──両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論 4 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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稲と粟による複合儀礼
──両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論 4
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第5節 両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論


▽4 稲と粟による複合儀礼

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 大嘗祭が稲作儀礼だとする「第1説」も、妥当とはいえません。いつも申し上げますように、粟(あわ)が登場するからです。

 大嘗祭については、古代から多くの記録が残されています。それらによると、悠紀(ゆき)国・主基(すき)国で収穫された米と粟の新穀を、古来の作法に従って、ピンセット型の竹折箸を用い、新帝みずから神々に捧げ、ご自身も召し上がるというのが祭祀の中心と説明されています(田中初夫『践祚(せんそ)大嘗祭 研究篇』など)。

 天皇が即位後、最初に斎行される、一世一度の新嘗祭が大嘗祭ですが、新嘗祭も大嘗祭も、米と粟による複合儀礼です。

 ある古い文献には、大嘗宮の儀で新帝が神前に供する神饌御進供で、天皇はまず米飯を3箸、つぎに粟飯を3箸、枚手(ひらで)に盛り、陪膳(はいぜん)の采女(うねめ)に返し、陪膳はこれを神食薦(かみのすごも)のうえに置く。御飯の枚手は10枚、供せられる、などと生々しく説明されています。

 こうした先人たちの研究に、百地先生も実際に直接、接していれば、粟の存在に容易に気づくはずであり、したがって稲作信仰に基づく宗教的な儀礼とは考えなかったはずです。祭祀=「皇室の私事」説に与することもなかったでしょう。

 逆に考えてみましょう。

 皇室を中心に天孫降臨神話が伝えられてきたのは、誰でも知っています。もし天孫降臨神話のような特定の信仰に基づいて、稲の新穀を皇祖天照大神に捧げ、新帝みずから召し上がるというのが「大嘗祭の本質」だとすれば、大神を祀る賢所で稲の新穀を捧げればすむことです。大嘗宮を建て(毎年11月の新嘗祭なら神嘉殿で)、皇祖神ほか天神地祇を祀り、米と粟の新穀を捧げる必要はないのではありませんか?

 そんなことは、少し考えれば分かることでしょう。

 天孫降臨神話に基づいて10月に行われる神嘗祭なら、大神を祀る賢所で、米の新穀が主として供されます。けれども大嘗祭(新嘗祭も同様)は異なります。大嘗宮(新嘗祭なら神嘉殿)に大神のみならず天神地祇が祀られ、主に米と粟の新穀が、天皇ご自身によって供されるのみならず、天皇が神前で直会なさいます。

 百地先生が説明する、

「稲穂はニニギノミコトが天照大神から授けられたもの」

 などとする特定の信仰に基づいて、

「天皇が神聖な稲穂で炊かれた御膳を神にお供えすると共に自らも召し上がられる」

 というような、特定の信仰に基づく宗教的な儀礼という理解ではまったく不十分だということになります。

 ただ、先生だけを責めることはできません。多くの人たちが大嘗祭=稲作儀礼という考えにとらわれていることも確かだからです。


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折口信夫の真床覆衾論 ──両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論 3 [女性宮家創設論]

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折口信夫の真床覆衾論
──両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論 3
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第5節 両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論


▽3 折口信夫の真床覆衾論

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 2つの説の妥当性について、少し考えてみましょう。

 まず「第2説」です。

 百地先生は真床覆衾(まどこおぶすま)論の例として、民俗学者として名高い折口信夫の「大嘗祭の本義」(『折口信夫全集第3巻』)などを挙げています。確かに『折口全集』には何編か、大嘗祭の儀礼に言及した論考や講演録が載っています。

 たとえば、昭和9(1934)年12月の「神葬研究」に掲載された「上代葬儀の精神」(『折口全集第20巻』所収)には、概要、次のようなことが書かれています。

 ──大嘗宮にお衾(ふすま)が設けられ、鏡やお召し物、靴があるのは、先帝およびご祖先の亡骸(なきがら)がそこにあると考えられているからである。死という観念のない昔は、新帝はお衾に入られたに違いない。
 いまはどうか分からないが、昔はお衾に入られて、鎮魂の歌、諸国の国ぶりの歌をお聞きになっている間に、天皇の魂がつく。廻立殿(かいりゅうでん)のお湯をお召しになると昔のことが流されて、生まれ変わったと同じことになる。

 古代人は、他界から来てこの世の姿になるには何かあるものの中に入っていなければならない。「ものがなる」ためにはじっとしている時期が必要だと考えた、というのが折口説の前提です。

 物忌みといって籠もるのは、布団のようなものをかぶってじっとしていることであり、大嘗祭の真床覆衾がそれである、と折口は考えたのです。

 大嘗宮に設けられた神座が八重畳(やえだだみ)のうえに坂枕(さかまくら)をおき、覆衾をかけた寝座であることから、折口は、天孫降臨に際して瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が真床覆衾にくるまって降りてこられたとする神話と連関させ、新帝が覆衾にくるまって天皇としての新たな生命を得る儀式がかつてあったのではないか、とあくまで想像しているのです。

 折口は、いまは行われているか分からない。いまは行われていなくても、昔は……とイマジネーションを膨らませているのです。

 じつは御代替わり当時、大嘗宮の儀で新帝が先帝の遺骸に添い寝する、というオカルト的なことが今も行われているかのような折口流の主張がなされ、宮内庁内ではこの真床覆衾論の広がりを非常に心配していたといわれます(「文藝春秋」昨年2月号掲載の永田元掌典補インタビュー。聞き手は私です)。

 しかし実際は、といえば、内閣総理大臣官房が編集・発行した『平成即位の礼記録』(平成3年)も、宮内庁がまとめた『平成大礼記録』(平成6年)も、本来、「秘儀」とされる大嘗宮の儀について、公開が避けられてきた采女(うねめ)の所作にまで言及し、詳細に記録していますが、それでも真床覆衾論的な内容はまったく見当たりません。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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宗教儀礼ではなく国民統合儀礼なら? ──両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論 2 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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宗教儀礼ではなく国民統合儀礼なら?
──両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論 2
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 拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第4章 百地章日大教授の拙文批判に答える

第5節 両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論


▽2 宗教儀礼ではなく国民統合儀礼なら?
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 石原内閣官房副長官(当時)が回想するように、政府は

「きわめて宗教色が強い」

 と考えていました。このため

「大嘗祭をそもそも行うか行わないかが大問題になりました」。

 これに対して、百地先生もまた大嘗祭=宗教的儀礼と思い込み、疑問を感じなかった。したがって独自の考察を加えることはなかったのでしょう。

 議論の出発点は同じなのです。ただ、先生自身が説明しているように、大嘗祭=「皇室の公事」として斎行できるとする憲法理論が構築されたのでした。

 大嘗祭=宗教的儀礼=「皇室の私事」ではなく、大嘗祭=宗教的儀礼だが、大嘗祭=皇位継承儀礼=「皇室の公事」に、憲法理論によって転換させたというわけです。これを先生は、「闘い」の成果として誇っているのです。

 しかし、大嘗祭は特定の信仰に基づく宗教的儀礼ではない、としたらどうでしょうか。百地先生流の力業は不要ですし、皇室伝統の宮中祭祀を「皇室の私事」と決めつけ、「1.5代」論者に塩を送るオウンゴールも防げます。

 大嘗祭の儀礼には、むしろもっと大きな意義がある、と私は考えています。
私のメルマガの読者ならすでにご存じのように、大嘗祭は宗教的儀礼というより、国民統合の国家的儀礼であると見ることができます。

 御代替わり当時、大嘗祭=国民統合の儀礼として理論化していれば、大嘗祭をドグマチックな政教分離問題から解放し、「国事」として斎行することもできたのではありませんか?

 けれども、問題意識も探究心もないとすれば、両論併記で思考を停止させてしまえば、それは不可能です。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


☆ひきつづき「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンへのご協力をお願いいたします。
 このままでは悪しき先例がそのまま踏襲されるでしょう。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を求めます。
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特定の信仰に基づく宗教的儀礼 ──両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論 1 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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特定の信仰に基づく宗教的儀礼
──両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論 1
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 拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第4章 百地章日大教授の拙文批判に答える

第5節 両論併記にとどまる百地先生の「大嘗祭」論

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 百地章日大教授(当時)の「大嘗祭」論について、続けます。

 なお、念のため申し上げますが、私は先生を個人攻撃しているのではありません。ケンカを売っているのでもありません。日本の歴史そのものと関わる皇室の伝統を守るために、感情的になるのではなく、冷静な学問研究の深まりを願っているのです。

 人生の大半を民族派の国民運動に捧げている、人生の大先輩がいつものよう穏やかに、しかし毅然として、こう語られたことがありました。

「百地先生といえども神仏にあらず。斎藤さんといえども神仏にあらず」

 仰せの通り、まったく同感です。人はみな長所もあれば、短所もある。完全無欠な人間など、この世にいるはずもありません。よほどうぬぼれの強い人間でない限り、そんなことは他人から言われるまでもありません。人はみな足りないところがある。それが人間の魅力でもある。足りないところがあれば、お互いに補えばいいのです。

 だからこそ、私は共同研究の必要性を呼びかけています。目の前のさまざまな混乱を解決し、そしてやがて来る次の御代替わりに向けて、総合的な天皇研究がいまこそ必要なときはありません。1人でできることは限られています。

 さて、大嘗祭とはいかなるものなのか、先生は大嘗祭をどうお考えなのでしょう。残念ながら、先生には大嘗祭について、「論」というほどの中味がありせん。

 大嘗祭とは何か、という学問的考察が不十分なまま、宮中祭祀一般=「皇室の私事」、大嘗祭=皇位継承の重儀=「皇室の公事」という憲法理論を憲法学者がうち立て、そのことを成果として誇っているというのです。そんなことって、あり得るのでしょうか?

 もし先生が、大嘗祭の何たるかを少しでも学問的に考察していたなら、宮中祭祀=「皇室の私事」などとする、「1.5代」象徴天皇論者に塩を送るような憲法論をうち立てる必要はなかったのではないか、と私は心から悔やんでいます。

 学問的な追究不足がオウンゴールを招いたのです。返す返すも残念です。”


▽1 特定の信仰に基づく宗教的儀礼


 具体的に見てみましょう。

 御代替わり当時、先生が政府に進言したと説明されている「憲法と大嘗祭」(『政教分離とは何か』の第10章)に、「大嘗祭の本質」についての説明があります。

 驚いたことに、本文で本格的に論じるのではなく、補注で簡単に言及しているだけです。しかも、学術書ではなく一般読者向けの歴史雑誌を参考資料として掲げ、

「大きく2つの見方があり、そのいずれかに力点が置かれているようである」

 として、2つの説を併記し、わずか10数行で説明するにとどまっています。

 つまり、ご自身ではこれ以上の学問的考察を加えていないのです。「ようである」という表現も、「そもそも行うか行わないかが大問題」(石原信雄元内閣官房副長官)になっている大嘗祭について、「憂慮」した第一線の研究者にしては、ずいぶんとのんびりしています。

「闘い」の人には、大嘗祭が斎行できるか否か、だけが関心事なのでしょうか。守るべき対象の何たるかを見極めずに、「闘い」を挑む姿勢は、私には無謀としか見えません。
先生によると、2つの説のうち、「第1説」は

「天皇が神聖な稲穂で炊かれた御膳を神にお供えすると共に自らも召し上がられる(大嘗を聞こし召す)こと、つまり神と天皇が神饌を共に食し合う(共食)するということに主眼を置く説」です。

「第2説」は

「大嘗祭において天皇は大嘗祭の中に設けられた寝所の『真床覆衾(マドコオブスマ)』にくるまれることによって天照大神と一体となり、新たに生まれかわられるということを重視するもの」

 であると説明されています。

「第1説」については、

「稲穂はニニギノミコトが天照大神から授けられたものであり、天照大神の霊威が籠もっている」

 などという、特定の宗教的な考えが背景にあると解説されています。

 いずれの説にしても、「大嘗祭の本質」は一定の宗教的な考えに基づく宗教的儀礼だということです。両論併記にとどまる百地先生もまた、そのようにお考えなのでしょうか?

 ここにそもそもの問題があると、私は思います。つまり、誤った大嘗祭理解に基づいて、誤った憲法論が組み立てられたのです。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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なぜ「皇室の私事」なのか ──オウンゴールに気づかない百地先生の「大嘗祭」論 5 [女性宮家創設論]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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なぜ「皇室の私事」なのか
──オウンゴールに気づかない百地先生の「大嘗祭」論 5
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 拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第4章 百地章日大教授の拙文批判に答える

第4節 オウンゴールに気づかない百地先生の「大嘗祭」論


▽5 なぜ「皇室の私事」なのか

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 宮内庁に蔓延っていた宮中祭祀=「皇室の私事」説は、葦津珍彦ら神社人たちに示した「公式見解」をくつがえし、御代替わりに息を吹き返しました。

 考えてもみてください。皇太子御成婚が「国事」で、皇位継承の儀礼である大嘗祭が「皇室の公事」とされるのは、明らかに不自然です。それどころか、今上陛下の御在位20年を契機に、「私事」説はさらに拡大しています。

 なぜそうなったのか、謎は解けました。観念的な左翼系学者が「皇室の私事」説を唱えるのならいざ知らず、保守系の憲法学者が「私事」論者だったのです。

 伊勢神宮での講演で前侍従長は「皆さまご承知のこと」と前置きして、祭祀=「皇室の私事」説を臆面もなく語ったのは、百地憲法論を想定してのことなのでしょう。

 御代替わりのときに、「1.5代」論に立つ官僚たちが百地理論を採用したのは、十分理解できます。百地先生は

「幸い政府もこの理論を採用」

 と誇らしげですが、官僚たちは文字通り、これ幸いと飛びついたのでしょう。

 天皇の祭祀の法的位置づけは、占領軍ではなくて、一般には保守系と目されている日本人自身によって、占領前期に完全に先祖返りしたのです。「1.5代」象徴天皇論者の宮中祭祀=「皇室の私事」とする法解釈を確定させた憲法学者として、百地先生の名前は歴史に刻まれなければなりません。

 しかしながら、なぜ天皇の祭祀=「皇室の私事」なのか、なぜ大嘗祭=「皇室の公事」なのか、なぜ大嘗祭=国事とはされないのか。百地先生は天皇の祭祀を、大嘗祭をいかなるものと考え、祭祀=「私事」説を唱えているのでしょうか?

 信じがたいことに、少なくとも著書を読むかぎり、先生は宮中祭祀の本質を掘り下げようとしていないようです。天皇の祭祀のありようについてほとんど考察せずに、宮中祭祀=「皇室の私事」説を認めたのです。

 オウンゴールの原因は何か、といえば、学問的な追究不足だと私は考えます。

 私の連載の第2回しか読まず、依命通牒「破棄」の歴史を考えようとせず、「国家神道」についての考察も未熟なまま、つまり、木を見て森を見ない、それでいて、瞬間湯沸かし器のように激しく反応し、闘犬のように吠えたてるという、国民運動家にはうってつけの性格がオウンゴールを招いたのではないか、と想像しますが、長くなりましたので、詳細は次回に譲ります。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


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 このままでは悪しき先例がそのまま踏襲されるでしょう。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を求めます。
 おかげさまで賛同者が300人を超えました。
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神社人こそ最後の防波堤だった ──オウンゴールに気づかない百地先生の「大嘗祭」論 4 [天皇・皇室]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジンからの転載です


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神社人こそ最後の防波堤だった
──オウンゴールに気づかない百地先生の「大嘗祭」論 4
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 拙著『検証「女性宮家」論議──「1・5代」天皇論に取り憑かれた側近たちの謀叛』からの抜粋を続けます。一部に加筆修正があります。


第4章 百地章日大教授の拙文批判に答える

第4節 オウンゴールに気づかない百地先生の「大嘗祭」論


▽4 神社人こそ最後の防波堤だった

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1、神道指令は天皇の神道的儀式を私事として以外、認めなかった。しかし独立後、神道指令は失効した。宮内庁当局は「憲法の認める限度」で皇室の伝統的慣例を守ろうと考えており、昭和34年の東宮御成婚の際、賢所で行われた神式儀礼は国事行為として行われた。

2、神事を専門とする掌典は占領下では公務員ではないとされ、今日もそのまま続いているが、占領中であっても、侍従の毎朝御代拝は認められたし、掌典を補佐する掌典補は公務員が奉仕してきた。神道指令失効後は、社会党内閣時代も、当然のこととされた。

3、とくに重大な臨時の祭事は、内閣の助言と承認を得て「国事」として執行されるが、憲法20条(信教の自由)を守って参加を強制するかのような誤解が生じないようにする。

4、皇室の祭儀は法的に複雑だが、ときによっては「国事」と解される儀式もあるし、ことによっては国事と相関連する公的儀式と解されるものがあり、あるいは「内廷」限りの場合もあろう。

5、風説には「内廷限りのもの」と解されるものが多いが、宮内庁当局者が「皇室の祭事は陛下の私事以外のこととしては扱えない」と放言しているのは黙過できない。富田長官以下、新任者が前任者たちの言動を誤り、不法と思うのなら新見解を明示すべきだ。

 宮内官僚などによる揉み消し工作などもあったようですが、紆余曲折の末、宮内庁は

「皇族親王殿下以下の御結婚の諸儀が国事で行われ、また公事として執り行われたことはご承知の通り。今後も国事たり得る場合もあり、公事として行われることもあると考えている」

 とする、神道人の言い分を完全に認める「公式見解」を発表したと伝えられます(「神社新報」5月23日号)。

 尊皇意識において人後に落ちぬ神社人こそ、宮中祭祀=「皇室の私事」説を阻む、最後の防波堤でした。

 百地先生のいう

「葦津珍彦先生や大石義雄教授たちの驥尾(きび)に付し」

 はおよそ正確な表現とはいえません。

 ついでながら、このときの神社本庁と宮内庁のやりとりについて、昭和59年4月17日の参院内閣委員会で取り上げられています。共産党の内藤功議員が、側近の侍従にも信教の自由はあるから、侍従による御代拝は憲法違反の疑いが濃厚だ、と指摘したのに対して、山本悟宮内庁次長は、こう答えています。

「宮中三殿は、通俗的に言えば、家にある神棚みたいなものだろうと思う。おそばにお仕えする者に、かわって毎日先祖の霊に拝礼をさせられるということは、侍従というものの職務から見ても、憲法違反であるというようなことまで、私どもとしては考えていない」

 違憲ではないというのなら、侍従による毎朝御代拝を洋装とし、拝礼場所を変える必要はないわけで、説明になっていませんが、ともかく宮内庁は、宮中祭祀は祖先崇拝である、御代拝は侍従による宗教的行為である、と理解しているわけです。であればこそ、「私事」説が生まれるのです。

 百地先生の「私事」説も同様です。

 蛇足ながら、つけ加えますが、宮中祭祀は皇祖神が祀られる賢所、歴代天皇および皇族方の御霊(みたま)が祀られる皇霊殿だけで行われるのではありません。祖先崇拝でないことは明らかです。


以上、斎藤吉久『検証「女性宮家」論議』(iBooks)から抜粋。一部に加筆修正があります


☆ひきつづき「御代替わり諸儀礼を『国の行事』に」キャンペーンへのご協力をお願いいたします。
 このままでは悪しき先例がそのまま踏襲されるでしょう。改善への一歩を踏み出すために、同憂の士を求めます。
 おかげさまで賛同者が300人を超えました。
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