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韓国メディアが描く「正しい歴史」の中味──観念が先行する日韓の摩擦 [日韓関係]

以下は斎藤吉久メールマガジンからの転載です

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 韓国メディアが描く「正しい歴史」の中味
 ──観念が先行する日韓の摩擦
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 橋下徹・日本維新の会共同代表の「慰安婦」発言が波紋を広げています。

 なぜ橋下共同代表の発言が話題を呼ぶことになったのか、なぜ市長が歴史問題について発言しなければならないのか、私としてはしっくりこないのですが、ともかくも従軍慰安婦問題が日韓の歴史問題の最大のテーマであることは間違いありません。

 ソウルでは元従軍慰安婦だったという韓国人女性たちが日本大使館前で抗議デモを行い、韓国外務省は橋下市長の発言を「女性の権利に対する尊重と、歴史認識を著しく欠いている」と批判したと伝えられます。

 さらに、中国外務省も「驚きと怒り」を表明したようです。

 それなら、彼らは何を「正しい歴史」と考えるのでしょうか?

 というわけで、平成13年5月に宗教専門紙に掲載された拙文を転載します。一部に加筆修正があります。同紙の編集方針に従い、歴史的仮名遣いで書かれています。

 それでは本文です。



 韓国のマスコミなどから「歴史の歪曲」といふ厳しい批判を突きつけられた日本の中学歴史教科書が先月、文部科学省の検定に合格したことから、韓国・中国などの反発がいよいよ強まってゐる。

 韓国の新聞・東亜日報の報道によると、韓国人の「怒り」は遠くアメリカにまで飛び火してゐる。第二次世界大戦被害賠償請求韓国人連合会など在米の韓国人団体に所属する二百人あまりの会員は先月中旬、横断幕を掲げてロサンゼルス市内をデモ行進し、日本領事館前で大いに気勢を上げたといふ。

 他方、抗議の意味で一時帰国してゐた崔相龍駐日大使は、十九日に帰任してまもなく河野洋平外相(当時)と会談し、韓昇洙外交通商部長官(外務大臣)の抗議の書簡を手渡した。韓国政府はこの書簡で、「今回の日本政府の教科書検定結果は我々の国民感情を刺激した」として「深い遺憾の意を表」してゐる。

 しかし韓国マスコミ、あるいは韓国政府はいったい何を、具体的に「歴史の歪曲」と認識し、批判してゐるのか。


◇抽象的で具体性に乏しい批判
◇「従軍慰安婦」が最大の関心事

 先月の東亜日報(ネット版)を読み返してみる。

 日本の教科書検定の結果が発表された四月三日、沈揆先、李英伊両記者連名の記事はかう伝へてゐる。

「『新しい教科書をつくる会』の教科書は……たとえば韓国併合について『列強の支持を受けて合法的になされた』という記述を、『武力を背景に韓国内の反対を押し切って併合に踏み切った』という内容に修正した。しかし従軍慰安婦について記述しないなど、加害事実の認定には消極的だった。既存の七種の歴史教科書も従軍慰安婦の記述を縮小したり緩和させ、『侵略』という表現を『進出』に変更した」

 同日の社説「日本に国際社会のリーダーとなる資格はあるのか」は、こう記述してゐる。

「一部の教科書が自国中心的に過去の過ちを合理化し美化する内容を盛り込んでいる」

「総体的に『自国自賛』史観をもとにした歪曲と問題点」

「日帝の植民地支配も加害行為などを最少化し、これらの膨張政策と侵略戦争を肯定的に書き、隣国の韓国や中国の歴史は見下げ、日本の優越性を浮き彫りにした。いわば、太平洋戦争、満州占領、中国侵略に関する記述も美化したり、日本式自賛史観に合わなければ削除するということで教科書検定を終えた」

「日本はみずから侵した歴史的な過ち、戦争犯罪、加害行為について、心から反省し、歴史に記述すべきである」

 批判の中心は「韓国併合の合法性」「従軍慰安婦」「侵略」のやうだが、「歪曲」の追及は抽象的で歴史叙述の中身や歴史検証にまで具体的に深く踏み込んだ議論とはなってゐない。

 翌四日づけ沈記者による「日本の教科書、どう変わったか」の批判はいくぶん具体的である。

「韓国への加害事実が多数削除されているか、縮小されている」

「第二次世界大戦の戦犯裁判である極東軍事裁判の正当性を否定しながら、『太平洋戦争』の代わりに『大東亜戦争』の用語を使用する一方、アジア諸国の独立を支援したと抗弁した部分もある」「日本の加害事実は扱わないように努力した。……日本軍慰安婦に関する記述を除外した」

 しかし、これが「韓国側から見ると満足できない水準」だとしても、「歴史の歪曲」と決めつける論拠として十分とはいへない。

 この日からスタートした同じ沈記者による連載「日本の教科書 どこへ向かうのか」には「自国中心主義的な史観に基づいて、過去の過ちを正当化し、美化しようとする内容が、依然として残っている」とある。

 ここでは具体的な歴史事実への言及はなく、歴史認識の妥当性を超えて、一足飛びに歴史観の批判に移ってゐる。といふより、最初から「日本悪玉論」の前提に立って、日本史および日韓関係史を見ようとしてゐる姿勢さへうかがへる。

 ついでながら「自己中心主義的史観」との批判は、前回、この欄で紹介した韓国国定歴史教科書の「反日」「民族主義」的な記述からすれば、当を得た議論といへるのかどうか。

 韓国政府が崔駐日大使を一時召還した翌十一日の社説「後手に回っている『日本教科書』外交」は、「日本の誤った歴史教科書が再修正されなければ、韓日関係は回復が難しい泥沼にはまる可能性すらある」と予測し、日韓両政府の姿勢を批判するのだが、「教科書の誤り」の具体的な中身についてはやはり言及がない。

 十三日づけ夫亨權記者の「政府の日本教科書修正全面戦争」は、金大中大統領が韓日経済協会の日本代表団と接見した際、「遺憾」の意を表明したのをきっかけにして韓国政府が「ついに全面戦争を宣告した」ことを伝へてゐるけれども、何を「歴史歪曲」と理解するのかについては、これまた説明がない。

 同日づけ「崔大使、教科書歪曲は日本政府の責任」は、崔大使が記者懇談の席で「全体の流れや精神、基底の歴史観は韓日パートナーシップの確かな後退」と指摘し、とくに「慰安婦に関する内容を削除した」ことを事例にあげて、「確かに歴史的事実に対する縮小・隠蔽・歪曲がある」と指摘したと伝へる。

「もっとも象徴的な歴史的事実に対する隠蔽は、軍隊慰安婦問題の削除だ」と崔大使は語り、「慰安婦問題は全世界に知れ渡っている確認済みの事実であり、日本の官房長官も認めたもので、かならず教科書に記載されるべきだ」と強調したといふ。

 記事によれば「慰安婦」に関する記述のあり方が韓国側の最大の関心事のやうにも見えるが、「慰安婦」の歴史をどのやうなものと認識し、教科書にどのやうに記述すべきかについては具体的な記述がない。


◇再修正を要求する韓国政府
◇「事実認識」より「価値判断」

 東亜日報に掲載された教科書批判記事でもっとも具体的で詳しいのは、社内記者の執筆した記事ではなく、韓国の通信社・聯合ニュースの配信記事である。

 四月二十四日づけの「韓国政府、日本の歴史教科書の再修正を要求する方針」がそれで、「韓国政府は歴史的事実の歪曲、縮小、脱落などが顕著な二十~三十カ所に対する再修正を、日本政府に正式に要求する方針」だと伝へてゐる。

「韓国教育部の専門家による分析作業」などに基づく再修正要求には「任那日本政府説の既成事実化、韓日併合の強制性の正当化、植民統治および太平洋戦争の正当化、従軍慰安婦に対する記述の縮小・隠蔽、などが含まれる」と説明し、同時に「皇国史観に対する根本的な問題点を指摘し、『誤った史観』の是正も韓国政府は併行して要求する方針」と説明してゐる。

 この報道の通りだとすれば、この連載記事が活字になるころには、数十項目に及ぶ「日本歴史教科書の誤り一覧」が韓国政府によって発表されてゐるのだらうが、「歪曲」「隠蔽」の指摘はどこまで具体的で客観的なものとなるだらうか。「皇国史観=誤った歴史観」といふ図式的な理解では心許ない。

 逆に韓国側は、どのやうな歴史教科書が望ましいと考へてゐるのであらうか。

 韓国の国定歴史教科書は周知の通り、とくに近現代史において、手厳しい日本批判を加へてゐる。

 たとへば中学校の国史教科書(日本語訳『入門韓国の歴史』)には、こうある。

「日帝はわれわれの物的・人的資源を略奪する一方、わが民族と民族文化を抹殺する政策を実施した。彼らは内鮮一体と皇国臣民化などのスローガンを掲げ、韓国人を日本人にして韓民族をなくしてしまおうとした。そこで韓国語の使用を禁じ、日本語を使用するよう強要し、学校で韓国の歴史についての教育を禁止した。日帝は韓国人の姓名を変え、日本式の姓と名を使うよう強要した。また各地に日本の神社を建てて参拝させ、子供たちに皇国臣民の誓詞を覚えさせた」

 日本の歴史教科書もこのやうに記述されることを、韓国側は望んでゐるといふことなのだらうか。

 ある韓国人特派員は、記者の取材に答へて、「加害者と被害者とでは目線が違ふから同じといふわけにはいかないが、ひどいことをしたことに変はりはない」として、前述した内容を含む「歴史の過ち」の明記をあくまで主張する。

 しかし「ひどいこと」といふ理解は、「歴史認識」ではなく、すでに「歴史解釈」を含んでゐる。「価値判断」の正当性を求めるなら、前提として主観を排した実証的な歴史検証が慎重に求められるはずだが、韓国の歴史教育の場合、十分といへるだらうか。


◇朝鮮戦争時も「慰安婦」はゐた!?
◇中韓朝の「反日教科書包囲網」

「美しい季節 Spring in My Hometown」といふ題の韓国映画がある。三年前の東京国際映画祭で金賞を受賞したほか、欧米の映画祭で高い評価を受けた。脚本・監督は李光模。映画は朝鮮戦争当時の米軍基地近くにある村での日常を、叙情豊かに描いてゐる。

 物語はかうだ。

 主人公の少年ソンミンの父親チェは基地に就職して羽振りがいい。一見善良さうだが、村の貧しい未亡人や娘たちを性に飢ゑた米軍兵士に紹介する女衒でもあった。

 ソンミンには仲良しの友達がゐた。名前はチャンヒ。戦争未亡人の母親とともにソンミンの家に転がり込んできた居候だ。ふたりの少年は水車小屋でよくいっしょに遊んだ。

 しかし小屋は米軍兵士が村の女たちを連れ込む秘密の場所でもあった。ある日、少年たちは見てはならないものを見てしまふ。のぞき込んでゐた小屋にチャンヒの母親が現れたのだ。衝撃のあまりチャンヒは自殺する。

 やがてソンミンは、米軍物資の横流しが露見して基地を追ひ出された父親とともに、村を出ていく。追はれるやうにリヤカーを引きながら、寂しく立ち去っていく一家。

 ソンミンの横には身重の姉。チェは自分の娘までも道具にしてゐた。最後のシーンをバックにテロップが流れる。「この映画は監督が父から聞いた実話を基にしてゐます」。ソンミンは李監督の父親であり、チェは祖父なのだ。

 社会派的ながら情感豊かな美しい作品は、「慰安婦」がけっして「日帝」時代に限定されたものではないことを浮き彫りにしてゐる。

 もちろんチェの女衒行為が当時、広く一般的だったのか、あるいは公的機関が関はった組織的な売春制度といふべきものだったのかどうか、はこれだけでは分からない。しかしチェの行為はしばしば聞かれる「日帝」時代の悲しい物語と不思議に一致する。

 もし朝鮮戦争当時、米軍や韓国政府が組織的に関与する公的な「慰安婦」事業が展開されてゐたとした場合、今日の韓国人は「過去の過ち」としてこれを断罪し、韓国のみならずアメリカの歴史教科書に明記することを強硬に求めるのだらうか。

 そもそも歴史教科書とは何を記述すべきなのか。歴史教育とは何を教へるべきものなのか。神ならぬ生身の人間が織りなす現実を、「善玉悪玉論」的に単純化し、「加害者の悪行」を一方的に断罪し追及することが「歴史」なのか。

 一衣帯水と表現される日韓の近代史は悲哀に満ちてゐる。新たな友好関係を築くには、なぜ悲史が生じたのか、冷静かつ建設的な歴史検証こそが求められてゐる。

 しかし現実には逆に北朝鮮、中国まで巻き込んだ政治臭の強い「反日教科書包囲網」といふべきものさへ目前に構築され、いよいよ日韓関係は抜き差しならないものとなりつつある。

 東亜日報によると、韓国と北朝鮮の国会は先月四日、キューバで開かれた国際議会連盟(IPU)の場で、日本の教科書問題に対して共同で対処することに合意し、中国とも連携していくことを記者会見で明らかにしてゐるのである。


◇日本が大好きな韓国人
◇「尾崎豊」が大ヒット

 ところが、一方で、これとはまるで異なる現象も起きてゐる。

♪アイ・ラ~ブ・ユー~

「ソウルのどこへ行っても、この曲が流れてゐた」

 韓国の有名企業に勤めた経験もある、韓国通で知られる友人が感慨深げに語る。

 日本人シンガーソングライター尾崎豊のバラードを韓国の人気歌手ポジションが韓国語で歌ふCDは、ヒットチャートのトップを数週間にわたって独走した。

 それは今年二月から三月にかけて、ちょうど教科書摩擦が韓国で沸騰し始めたころのことである。日本の大衆文化が解禁になって最初の大ヒットがこの「アイ・ラブ・ユー」だといふ。

 音楽ばかりではない。食の世界にも、日本文化は着々と浸透してゐる。

 十年ほど前からあるにはあった豚カツ屋やうどん屋が、昨年あたりから急にソウルの街に蔓延するやうになった。日本風の名前の店もある。「のり巻き」専門店や「回転寿司」もある。

「のり巻き」とはいっても、酢飯の苦手な韓国人に合はせて、寿司酢の代はりにごま油を用ゐ、韓国海苔で巻く。中の具は牛肉のそぼろや韓国ソーセージなどで、韓国風にアレンジしてある。

「見た目は日本だけど食べると韓国。日本にすり寄りながら、きっちり韓国を自己主張してゐる。食べるたびに換骨奪胎といふ四文字熟語が頭に浮かぶ」と友人は笑ふ。

「韓国人は食に関して保守的で、家庭ではほとんど洋食を食べない。せいぜいカレーライスどまり。日本人と違って、韓国人は外国文化を自分流に加工するのが下手だから、日本食の浸透は注目される」

 去年、初夏のソウルを散策してゐた友人が驚いたのは、若者で賑はふソウル一の繁華街明洞(ミョンドン)のアクセサリーを扱ふ店に日本の雪駄や下駄に似たサンダルが並んでゐることだった。

 韓国人がしばしば用ゐる日本人の蔑称「チョッパリ」は「豚の足」の意味で、下駄を履く日本人の足先が豚のひづめに似て、二つに割れてゐるところに由来する。韓国には古来、鼻緒の付いた履き物はない。ところが、その「チョッパリ」が韓国の若者の間で流行してゐるといふ。

「韓国人の日本好き」はいまに始まったことではない。「お金持ちの間では一九六〇年代から、衣食住全般にわたって日本製品をそろへることがステータスだった。七〇年代には日本からのお土産にネスカフェやクリープを持っていくと喜ばれた。この間も映画のロケで飴をなめてゐたら、おばちゃんたちが群がってきた」

 それほど日本が好きなのだ。

「戦後の韓国人は日本統治時代の遺物にふれることを意識的に避けてきた。言及すれば、日本文化を否定しつつ愛用してゐる矛盾が一気に吹き出すからだ。けれどもいつまでも拒否してばかりはゐられない。八八年のソウル五輪で自信もついた。廬泰愚大統領時代には実質的に日本語が解禁され、金蓮子など韓国人歌手が日本で大活躍するやうにもなった。九八年には日本大衆文化の解禁で、政府レベルでの本音と建て前の使ひ分けが終はった。去年は日本の侍映画が解禁され、黒沢明の『影武者』の広告が市内バスのボディーを覆った。侍といへば軍国主義と同義だったから、隔世の感がある」

 だとすると、歴史教科書をめぐる強硬姿勢は何なのか。「アイ・ラブ・ユー」との落差をどう理解したらいいのか。

「国内向けの年中行事です。日頃は論調がバラバラの新聞各紙も歴史問題では一致する。国を挙げての娯楽なんです。でも一般庶民はけっこう醒めてゐる。日本人は真面目で批判をまともに受け止めすぎる」

 友人はむしろ日本側の過剰反応にくぎを差す。
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