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共有すべき問題意識が見えない齊藤智朗教授の発題 ──「周回遅れ」神社関係者の御代替わり論議 2 [御代替わり]

以下は「誤解だらけの天皇・皇室」メールマガジン(2018年10月8日)からの転載です

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共有すべき問題意識が見えない齊藤智朗教授の発題
──「周回遅れ」神社関係者の御代替わり論議 2
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▽4 天皇祭祀と神社祭祀の一体化

 9月3日付神社新報によると、浅山神社本庁総合研究部長心得に続いて、齊藤智朗國學院大学教授が「近代における皇室制度と御代替」と題して発題しました。

 記事によると、発表のポイントは以下の通りです。

1、明治の即位礼・大嘗祭の特徴は、「復古」と「維新」の理念のもと、「伝統」と「近代」の両立が図られるとともに、近代国家形成に向けた、全国的で国民的な性格をもって斎行されたと捉えられる

2、岩倉具視らの尽力により、皇室典範をはじめとする近代の皇室制度が整備され、とくに践祚・改元・即位礼・大嘗祭・大饗・親謁を中心とする皇位継承儀式は登極令によって確定した

3、大正・昭和と平成の御代替わりには変更点があり、登極令附式に基づいて即位礼の際に立てられる「万歳旛」の意匠が改められ、「頭八咫烏形大錦旛」は掲げられず、代わりに「菊花章大錦旛」が用いられた

4、大嘗祭の教学上の問題として、「祭神」「神社─奉幣と祭祀」の2つがあり、祭神については、先行研究によれば、井上毅が草案を書き、伊藤博文名で発表された『皇室典範義解』が公的な注釈書としての性格を持つようになった。『大正天皇実録』『昭和大礼要録』などの公的記録にも、天照大御神とともに、「天神地祇」が記され、今日も政府の見解となっているとみることができる

5、神社については、古代以来の例にかんがみ、神宮および官国幣社への班幣が大正・昭和の御代替わりで実施されたが、平成の御代替わりでは勅祭社のみに限られた

6、これらは今後のあり方をめぐって、神道神学上の重要課題の1つといえる

7、神社奉幣や祭祀には古代以来の歴史的伝統があり、御代替わりと神社祭祀を通じた一体化が表されるものと捉えられる。したがって、御代替わりにおける天皇祭祀と神社祭祀との一体化を、今後、より明確にしていくことが教学的にも重要と考えられる


▽5 近代との違いは「万歳旛」の意匠程度か

 神社本庁の上杉千郷長老が最晩年、病の床で、「斎藤君、神社人を批判しなさい」と遺言されたのを胸に、以下、あえて批判させていただきます。

 齊藤教授は宗教学、近代神道史が専攻で、著書に『井上毅と宗教──明治国家形成と世俗主義』などがあります。井上毅といえば、近代日本の典憲体制、教育勅語渙発に中心的役割を果たした人物です。

 齊藤教授がご専門とする神道史の歴史理解について、間違いはないだろうと思いますし、あるはずもないでしょうが、歴史の専門家として、来春に御代替わりが迫ったいまこのときに、神社関係者が共有すべき問題意識とは何か、少なくともこの記事からは、見えてきません。

 明治維新後、欧米列強に抗して近代国家建設を急いだ日本が、皇室典範と憲法の二本柱による典憲体制を構築したのと、未曾有の大戦と敗戦のあと、宮務法の体系を失ったまま、平成の御代替わりを迎えたのとでは、議論の前提がまるで異なります。

 齊藤教授は、近代と現代の皇位継承儀式の違いについて、もっともっと具体的に踏み込んで語られるべきではないでしょうか。少なくとも記事からは、まだまだ抽象論議にとどまっているように私にはみえます。

 たとえば、近代以前と近代、戦後の皇位継承儀礼の違いは、記事にあるような、万歳旛の意匠の違い程度のものでしょうか。次の御代替わりを来春に控え、政府の基本方針もすでに定まっているときに、その程度の言及で済むのでしょうか。

 平安期以来の践祚と即位の違いが前回の御代替わりでは失われました。日本国憲法施行とともに発せられた依命通牒によって、登極令や皇室祭祀令による祭式は守られてきたはずなのに、前回は即位礼と大嘗祭の法的位置づけは区別され、大嘗祭は国の行事ではなく、皇室行事とされました。今回も平成の悪しき先例が踏襲されます。


▽6 国民統合のための天皇の祭祀

 なぜそうなのか、端的にいえば、大嘗祭ほか天皇の祭祀が日本国憲法が禁じる国の宗教的活動と認識されているからでしょう。剣璽渡御の儀などは非宗教的に改称されました。問題の本質は政教分離問題です。憲法問題です。

 次の御代替わりでは、譲位(退位)と践祚(即位)が分離されます。賢所の儀ほか登極令が定めた祭祀について政府はまったく検討もしていません。

 改元についていえば、近代の一世一元の制の確立とともに、登極令で践祚同日改元が定められ、今回も政府はこれを踏襲しようとしていますが、「平成」以降、天皇は元号の制定過程に関われずにいます。近代との制度的違いを、教授は指摘すべきではないですか。

 齊藤教授は、大嘗祭について、祭神論と神社祭祀との関連について言及し、天皇の祭祀と神社祭祀の一体化を明確にすることを訴えていますが、私には意味がよく分かりません。

 古代律令に「およそ天皇、即位したまはむときはすべて天神地祇祭れ」(神祇令)とされ、歴代天皇が大嘗祭、宮中新嘗祭において皇祖神ほか天神地祇を祀り、万民のために祈りを捧げられたのはなぜなのでしょうか。

 いま御代替わりの天皇の祭りが国事とされず、さまざまな干渉を受けているのはなぜなのか、それを学問的に解明せずに、天皇の祭祀と民間の神社祭祀との一体化などといえば、時代錯誤と思われないでしょうか。

 釈迦に説法でしょうが、天神地祇を祀る天皇の祭祀とそれぞれの神社の祭祀は基本的に異なります。祭神だけではありません。皇室の祭祀は天皇みずから神事を行われ、神社の祭祀は仲執持たる神職が司ります。神饌も異なります。稲作民の稲と畑作民の粟をともに捧げる大嘗祭は国民統合の祭りであり、各神社の祭祀は各共同体の祭りです。各共同体の天皇観、神観はけっして1つではありません。

 教学的に求められているのは、皇室と神社の祭祀の一体化ではなくて、仏教やキリスト教をも含めた国民統合のための天皇の儀礼について、正しく理解し、多くの国民と共有することではないでしょうか。

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